3. それぞれの痛み
加納 結奈、35歳、会社員。
「今日も混んでるなぁ…」
ホームに入ってきたスキマのない通勤電車を見て、毎日のことながら思わずため息が出る。通勤時間が長い上に、このところ仕事が忙しくて、家と会社の往復が続いている。
今週末は絶対にマッサージ入れる!と意気込んで、スマホ片手にいつもの電車に乗り込んだ。
少し離れたところに、背の高い男の人がいた。
スーツとシャツとネクタイの組み合わせがオシャレで、浩介を思い出させた。
チクリ…胸が痛んだ。
もう3年も前のことなのに、まだ引きずってるんだろうか。そんなことはない、と言いたいところだけど、傷つく怖さと、ひとりの気楽さで、あれから誰とも恋愛できずにいた。
松島 大樹、37歳、お笑い芸人。
最近はひとりのオファーも多いし、もう芸人というよりタレント寄りかもしれない。
「ヒロさんは、この現象についてどう思われますか?」
いつの間にか、ヒロさんと呼ばれることが多くなった。もう、ニックネームみたいなものだし、それで覚えてもらっているところもあるから、あえて何も言わないけれど。
最初に俺をヒロさんと呼んだのは、美咲だった。
「ねぇ、ヒロさん」
そう呼ぶ声と、呼びかける時の大きな瞳が、まだハッキリと記憶に残っている。
いつか、忘れる日が来るのだろうか…。ぼんやりと昔のことを考えながら、スタジオの出番を待っていた。