後日談(その7)
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カチャリ。と、取調室の扉が開いて、警視庁捜査一課所属の司馬吉仲が中に入って来た。テーブルには男がひとり。口には猿ぐつわを噛まされ、両手は手錠でテーブルに繋がれている。司馬は、男の顔を覗き込むと、彼の前に座り、自分の左手にも手錠を掛けると、男と同じように、自らをテーブルに繋いだ。それから、部屋の隅に立っていた二人の刑事に、部屋から出るよう合図すると、取調室の扉が締まり切るのを待ってから、テーブルの男・コムラサキカオルの猿ぐつわを外してやった。
「いいのか?」と、男が訊いた。
「いいんだよ」と、司馬は答えた。
「お前を操るかも?」
「お前には操られねえよ」
「なぜ言い切れる?」
「俺がそう想ってるからだよ」
「自信あり気だな?」
「あるバカから言われたんでね」
「なにを言われた?」
「ひとつ、俺は性格がすこぶる悪い」
「なるほど」
「ひとつ、お前は人を操ることに疲れている」
「……なるほど」
「ひとつ、お前の能力は――理由はよく分からないが――かなり弱められている」
「…………なるほど」と、男は、司馬から目をそらしながら応えた。
「何故、そう考えた?」と、男が訊いた。
「考えたのは、俺じゃねえよ」と、司馬は答えた。
「『あるバカ』か?」
「癪には触るが、仕事は出来るバカだ」
「なるほど……で?」
「そのバカでも分からない事があるらしい」
「なぜ捕まったか?」
「なぜ倒れていたか?なぜ能力が消……弱まっていたか?」
「自分でも分からん」――途中からの記憶が消えている。
「赤毛の女の子か?」――石神井のバカはあの子を疑っている。
「それも、分からん」――彼女はただ、私の前に立っただけだ……よほど気に喰わなかったんだろう。
「そうか。なら良いさ」――彼女の周りで、『悪いこと』は何も起きていない……不自然なほどにな。
それから司馬は、ふたたび男に猿ぐつわを噛ませると、「助かったよ」と言った――石神井のバカは色々言うだろうが、俺的にはこれで十分だ。そうして彼は、左手に掛けていた手錠を外すと、扉から外へ出ようとしたところで、フッと想い出したように、男の方を振り返ると、「あの姉さんについては……」と、言った。「――出来るだけのことはしてみるよ」
カチャリ。と、取調室の扉が閉まった。――男は、少しだけ、微笑んでいるようであった。
(終わり……?)
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