I'm sorry(Part4)
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『なんの根拠も確信もないまま?――』と、新津修一は想った。昼過ぎから小張千春の姿が消えない。行方を知っていそうな署員に聞いてみても誰も行き先を知らないと言う。本庁の刑事が来ていたのは知っているが、ひょっとして例の『言葉で人を操る殺人者』とやらを追い掛けて行ったのだろうか?……こちらの心配も知らずに勝手ばかりをする。そんな風に、
「飛び出してしまうから――」こちらも勝手に手伝うことしか出来ないではないか……。交通課に行き、巡回中の署員に連絡を入れ、小張を見掛けたら自分まで報告するよう伝えた。
「なんで、ここまでやって来れたのか――」昔気質の自分には正直よく分からないが、
「不思議なくらいだ――」こちらの心配を、彼女は分かってくれているのだろうか?
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「したがって、今は瀬戸際じゃないか?」と、今井登が訊いた。例の男の能力は自分が一番身を持って教えられている。小張さんには何やら策があるようだが、詳しい内容はまったく教えて貰っていない……たった三人で対抗出来るのだろうか?
そんな今井の気持ちを知ってか知らずか、高嶺ユカには何故だか奇妙な安心感があった。三人で来たのは操られる人間を最小限にするためだろうし、こんな突飛な事件に所轄の警官を借り出すわけにもいかない。それに――、
「彼らには必ず、一矢報いてやりましょう」と、言った時の小張の表情が異様にうれしそうに見え、それが、こちらに来る前に司馬から聞いた、『あいつが嬉しそうにしていたら、たいてい上手く行く』と云う言葉と、奇妙に同期しているからでもあった。
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「いきなりですが、すみません――」と、最初に『シグナレス』へと辿り着いたのは山崎和雄だった。最後の客も公園へと消え、店には逢山美里と彼女の姪の木花咲希、それに咲希の友人の佐倉八千代だけが残っていた。山崎は、彼女たちに事の次第を手短に話すと、問題の絵を持って店の裏に隠れていること、自分が良いと言うまではけっして出て来てはいけないことを伝えた。
「ちっとも進歩していないな――」と、彼はひとりごちた。が、今度こそは……と自分に言い聞かせもしていた。
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「少し、待っててくれ――」と、次に『シグナレス』に到着したのは、例の男と『佐久間』と呼ばれる女を乗せたタクシーだった。男は、女をタクシーに残すと、ひとり店内へと向かった。店の店主に金を渡して絵を受け取ってくるだけだ。運転手を遣うことも考えたが……それでは何故だか女に悪いような気がした。
「ちょっと時間がかかりそうだ――」ここはやはり……自分の手で持って来るべきだろう。
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「多分、言い忘れてたんですけどね――」と、最後に『シグナレス』に来たのは――と云うか、一番最初に到着していたにも関わらず、近くの藪から店内を監視していたのは――小張千春率いる『チーム石神井』の三名だった。
何故、彼女たちが店に入っていないのかと云うと、小張の持つスマートフォンには、ネットで購入したと云う超小型発信機の受信アプリが入っていたからである。
何故、そのアプリが入っていると店には入らず近くの藪から店内を監視することになるのかと言うと、その超小型発信機が、例の一千万円 (正確には九百万円)が入ったバッグの隙間に入れられていたからである。
何故、その一千万円 (正確には九百万円)が入ったバッグの隙間にそんなネットで購入したと云う超小型発信機が入れられていたのかと云うと、一昨日、男に操られていた時の今井登が、そこに潜ませたからである。
何故、男に操られていた時の今井登が、そんな作者に都合の良い行動を取ってくれていたかと言うと、共感能力を増幅させて人を操る最大の欠点は、操られる側の人間は、その命令さえ守っていれば、それ以外のことをしても許される……と云うところにあった。
ビルからは飛び降りたが、トラックの上を選んだ。自分に向けて引き金を引いたが、急所は外した。お金は受け取って来たが、発信機は潜ませた。――所詮、『共感』は『共感』でしかないからだ。
で、そう。その超小型発信機が教えてくれるとおり、山崎和雄から遅れること十数分。男と女を乗せたタクシーが店の前に止まった。……どうやら、店に向かうのは男だけのようだ。
「何処まで行ったって――」と、宝塚観賞用に買ったと云うオペラグラスを覗き込みながら小張が言った。「――きみを見ている」
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