I'm sorry(Part2)
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『また悪い虫が騒ぎだした?』電話の向こうで友が訊いた。
その異様に嬉しそうな声に応えて、
「我ながら呆れてる――」と、山崎和雄は答えた。今から、急いで、喫茶店に向かわなければならない。
『割に合わないことだってのは――』と、ふたたび友は訊く。自分に惚れた女をフッて、自分の記憶の女を探す?しかもフッた相手は恩人の娘さんだというのだから、我が友ながらアホだとしか言いようがない――が、まるでその質問を予期していたかのように、
「最初から、分かってるんだけどね――」と、山崎和雄は答えた。笑っていた。嬉しそうだった。それ以上は、何も言えなかった。
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「したがって、ここが正念場です――」と、『シグナレス』へと向かう道中、小張千春が言った。今日の彼女は、古いツイードのジャケットに青の蝶ネクタイを合わせている。
「彼らには必ず、一泡ふかせてやりましょう」そう言って彼女は――円陣を組むことは今井登と高嶺ユカから丁重に断られていたので、その代わりに――胸のサスペンダーを、パチン。と鳴らした。
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「見栄や情けにせかされて邪魔されて――」と、河井保紀文学部教授はつぶやいた。自分の若い頃は、そう云うことにもよく流されたものだから、あの男も、もう少しは打算的なのかと想っていたが、
「すなわち、ろくでなしは――」そう言って彼は、自分の過去の過ちやら失敗やらを想い出し……いやいや、過去を振り返るには、私もアイツも、まだまだ若過ぎる。
「笑って済まされるのなら――」と、そんな父の研究室の窓辺に座りながら、河井保美は言った。
「まだ、救いもあるんだけど――」あのひとの嘘と演技を許してあげられるほどに自分が……いやいや、流石に今回は、惚れた相手が悪過ぎただけなのかも知れない。
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「したがって、いっつも土壇場ですよ――」と、自分はいつでも一言多い……と想いながら、安原和美は言った。きっと電話口の担当者も困惑しているだろう。正直、こんな年寄りばかりの弁当屋を警察署の購買部が選んでくれるとは思え……えっ?本当ですか?!思わず叫びそうになった。パートのみんながこっちを振り返った。今日は一段と西日が強い。彼女たち全員に後光が差しているように見える。ありがとうございます。何度もお礼を言った。署長のプッシュもあったそうだが、結局は自分たちの実力とのことだった。電話を切る。みんなの方を振り返る。みんなの手が止まっている。――なにやってんだよ!仕事は残ってんだよ!さあ、さっさと働きな!
「あのしたり顔の太陽が沈まないうちに!」――やることやるんだよ!
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