放課後(その2)
「だから、私たちとしては、是非、木花さんにも参加してもらいたいの」と、和泉が言った。言い方をすこし変えはしたのだろうが、言っている内容には先ほどからまったく変化はない。
この言葉を受けて咲希は、「だから、」と、つられて言い返しそうになったが、それでは結局、堂々めぐりにしかならないだろうと考え、尻すぼみ気味にその口をつぐんだ。
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さて。女子として一度でも学校生活を送ったことのある方ならご同意いただけるかと思うが、この手の女子生徒同士による交渉とも脅迫ともつかない話し合いは、結局のところ、どちらかが根負けするまで延々と続けられるのが相場である――まあ、男も似たようなもんだけど。
なので、その会話のすべてをここに書きつづるつもりはまったくないのだが、ただ、ここで皆さんにご注意しておいていただきたいのは、問題の我らがヒロイン佐倉八千代が、これらのやり取りを図書室の「外側から聞いていた」と云う点である。
もちろん、聞こえた内容――左がどうとかオシなんとかがどうとか――を彼女がどれだけ理解していたかはさておくけれど。
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「しつこい人たちよね」と、誰にも聞こえない小さな声で八千代は言った。「木花さんも振り切って帰れば良いのに」
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確かに。木花咲希の背は高い。平均的な中学二年生である和泉ら三人と比べても頭半分ほど飛び抜けており、私服の時などは男子に間違われることも少なくない。彼女がその気になりさえすれば、和泉たちを振り切って図書室を抜け出すことも十分に可能であっただろうが、問題は和泉に取られたスケッチブックである。
逃げるに逃げ出せない咲希を横目に和泉がスケッチブックをめくり始めた。
咲希は「ちょっと!」と、彼女に見るのを止めるよう注意を促したが、敢えてその言葉に逆らうように和泉は、更にスケッチブックをめくり続け、「ふーん」とか「なるほどね」と言っては、咲希の神経を逆撫でした。
そうして、「これ……」と、あるページを見ながら和泉が言った。「――さんじゃない?」
そうして、他の二人にもそれを見るよう促すと、それを渡された二人も、
「ふーん」
「そっくりですね」
と、少し皮肉気味に言った。
「足は洗ったって聞いてましたけど」
「ご趣味が変わったようで」
「どうりで授業中」
「ふーーん」
「へえーー」
「ねえーー」
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さて。繰り返しになるが、この手の女子生徒同士による交渉とも脅迫ともつかない話し合いは、兎にも角にも、ダラダラダラダラダラダラダラダラ……と、延々と続くのが相場である。あるのだが、正直なところ、作者であるところのこの私は、この手のやり取りが大嫌いである。
なので、大変勝手ではあるが、この彼女たちの会話劇・心理劇については、この辺で描写を止めさせて頂こうと思う――だってマトモに書いたら、このあともダラダラダラダラダラダラダラダラ……と、イケずか意地悪かよう分からん会話が続くだけなんやさかい、ほんま、女は面――まあ、男も似たようなものか。閑話休題。
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「三人で寄ってたかって……」と、八千代は思ったが、それでも彼女も女子の端くれであり、こう云う場面にいきなり踏み込めば、それが更なる困難を引き起こすであろうことぐらいは予想がつく。
「ああ、もう、」自分の不甲斐なさと、和泉ら三人の悪口――言葉の意味はよく分からないが、きっと特定の社会集団内で使用されているジャーゴンであろう――に腹を立てながら彼女は、「聞いちゃいられない」と、室内から目を背け耳をふさぐと、「さっさとスケッチブックを返せば良いのに」と、ひとり言ちた――次の瞬間。
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パシ。と、なにかが咲希の左胸に当たり、それから床に落ちた。和泉が左わきに抱えこんでいた咲希のスケッチブックだった。
最初咲希は、この現象を、和泉による今の話し合い――のようなものを、次の段階へ移そうとするための意思表示かと思った。しかし、当の和泉を見ると、彼女が一番驚き狼狽していることが分かった――きっと彼女は自分が何をしたのかもよく分かっていないのだろう。
そこで咲希は、これをチャンスと悟ると、床に落ちたスケッチブックを拾い上げ、呆然としている和泉ら三人の横を素早くすり抜け、出口へと向かって行った。