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放課後(その1)

 ジリリリリリリリ。と、終礼のチャイムが鳴り、と同時に、各クラスの扉から中学生たちが飛び出して来た。口々にさようならの挨拶や放課後の過ごし方について話したり叫んだり喚いたり嘆いたりしている。

     *

「ちょっとヤッチ!」橋本茉菜が声を上げた。「コーラスの練習は?!」

 呼び止められた女生徒・佐倉八千代は、今朝はじめて袖を通したばかりの新しい制服――以前の紺のブレザーは急にサイズが合わなくなったのだ――の居心地の悪さに少し戸惑いながら、「ごめんなさあい!」と、こちらも声を上げながら返した。「今日はいそぐの!」すでに心ここにあらずと云った様子である。

 そうして、そんな八千代の様子を見詰めながら茉菜は、『ひとり分のアルトをどのように埋めるべきか?』と、少しの間考えを巡らせていたが、算段が付いたのだろう、「分かったー」と、また先ほどと同じように声を上げ、「明日はちゃんと来てよねー」と、手を振りながら八千代を見送った。ピアノ伴奏の坂本くんがいまだ変声期前なのだった。

     *

「あ、え、い、う、え、お、あ、お」


 学校玄関の方から演劇同好会の叫び声――失礼、発声練習が聞こえて来る。

 その叫びを聞きながら八千代は、真っ赤な長い三つ編みを体の前に持って来ると、二階から一段飛ばしに階段を駆け下りようかと考えていたが、上階の方から体育のミケランジェロの声が聞こえて来たので、やはり一段ずつ歩いて下りることにした。


「か、け、き、く、け、こ、か、こ」


 そう。歩いて下りることにしたのだし、今日の彼女はとても急いでいるはずなのだった。


「さ、せ、し、す、せ、そ、さ、そ」


 が、しかし、何故だかハッキリとはしないが、彼女は、二階からの階段を中ほどまで下りたところで、不意に立ち止まると、後ろを振り返り、下りて来たばかりの階段を、またゆっくりと、二階の踊り場まで戻って行った。


「た、て、 ち、つ、て、と、た、と」


 そうして、これも何故だかハッキリとはしないまま、廊下の西側奥、家庭科準備室と図書室が並んでいる方をのぞいてみようという気持ちになった。


「な、ね、に、ぬ、ね、の、な、の」


 演劇同好会の叫び声、もとい、発声練習をする声は次第に後ろへと遠のいて行った。


     *

「ねえ、いいでしょ?」と、図書室の中から誰かの話す声が聞こえた。「頼むわ、木花さん」

 他に人のいない図書室の、更にその奥の方で木花さん――木花咲希は、三人の女生徒に囲まれていた。互いに距離を取り、柔らかい物腰で話をしているように見えはするものの、咲希は壁を背に立たされているし、出口のほうは三人の女生徒で塞がれた格好になっている。

「でも……、」と、咲希が言った。「絵を描くだけなら、美術部で十分でしょ?」

 すると、三人のリーダー格であろう和泉宏子がこれに答えて、「だからこそ、意味があると思うの」と言った。

 すると、残る二人も、それに続ける形で、「先ずは私たちだけで準備を始めて、」「徐々に部員を増やして行くの」と言った。

 そこで更に、この二人の言葉を受けた和泉が、咲希の方へ半歩ほどにじり寄り、「そこで、初代の部長を木花さんに引き受けて欲しいの」と言った。「木花さんだって、まんざらではないでしょ?」

 そう言われて咲希は、ちょっとの間、その切れ長の目で和泉の顔をジッと見ていたが、その視線に気付いた和泉が自分から目を逸らしたのを合図に、「光栄ですけど、」と言うと、机に置きっ放しにしてあった学校カバンに手を伸ばし、「私、そういうの苦手ですから」と、冷たい口調で答えた。「どうぞ、皆さんだけで進めて下さい」

 この言い方が癇に障ったのだろうか、和泉は、机の上に置かれていた咲希のスケッチブックに手を伸ばすと、「そんな、つれないこと言わないでよ」と、そのスケッチブックを自分の方へと引き寄せた。

 あっ。と咲希は小さな声を上げたが、その声に被せるように、他の女生徒が、「一応、体育のミケランジェロにも話だけはしたのよ」と言った。

 すると和泉が、

「でも、私たち、ほら、先生たちからの信頼が薄いでしょ?」

 と、言い、また別の女生徒が、

「それに引き換え、サキちゃんなら先生たちの信頼も厚いじゃない?」

 と、畳み掛けるように言った。

 この時、スケッチブックを取り戻すことばかりに意識を取られていた木花咲希であったが、この女生徒の「サキちゃん」と呼ぶ声に過敏に反応すると、その表情と態度を明らかに悪い方向へと変えた。

 が、それに対応しなければならない和泉以下三人はこのことには全く気付いていなかった。

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