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あの空とあの川、あの橋の描かれた絵

「じゃあ、絵は売るけど、お金は返すの?」と、図書室の椅子に座りながら八千代が訊いた。

 すると既に椅子に腰掛けていた咲希が、「全額ではないんでしょうけど、そこは話次第で――」と、お弁当箱のナプキンを解きながら言った。「さすがの叔母さんも動揺?と云うか感動しちゃって」

「一千万ですものね」

「いくら『お金の問題じゃない』って言っても、それほど貰いたがってくれてるってことだもんね」

「それで、今は大学に?」

「うん。先のひとに頼んでみるんだって……それ大学芋?」と、咲希。八千代のお弁当に大好物を見付けたらしい。

「よかったら食べる?」と、八千代。実はちょっと苦手なのだ。

「いいの?」と咲希。「じゃあ、お返しに好きなの取って」と、八千代に自分の弁当箱を差し出すが、茶色ばかりで少し恥ずかしい。

「それで?」と、遠慮がちにフライドポテトを取りながら八千代が訊く。「相手のひとってどんなひと?」

「大学の若い先生で山崎さんって言って……から揚げも食べない?」

「そこまでもらっちゃ悪いわ」

「そう?……で、優しそうな、大人しそうなひとだったし、お金の工面も大変そうだったし……大学の先生ってみんな結構苦労してるんですってね。だから他の絵に出来ないか訊いてみて、大根の絵……はいらないかな?でも、話せば分かってくれそうな人だったし、許して貰えるんじゃないかなあ?……なに?」――途中から八千代の様子がおかしい。

「あ、あのね……」と、八千代。「やっぱりもらって良い?から揚げ」


     *


「それは出来ません」と、硬い口調で山崎和雄は言った。「たとえ口約束だけだったとしても、先約は先約です」

「そこをどうにか――」と、逢山美里は答えた。「ほかの絵に変えて貰えませんか?」

 南仁賀志大学英文学研究室の特に狭い部屋の更に狭い応接スペースで、多分、他の研究員の人たちにも二人の声は漏れ聞こえているだろう――出されたコーヒーはとうに冷めている。

「そう言われても、わたしは、あの絵だから欲しいんです」と、いつもの彼からは想像出来ないほど頑なな、他の研究員たちも驚くような口調で山崎は続けた。「あの空とあの川、あの橋の描かれた絵だから欲しいんです」

 そう言う山崎の口調に美里は、うれしさを感じる反面、彼が、絵そのものよりもそこに反映される自分自身の想いを見ているのだと云うことに気付き、これ以上のことは自分からは何も言えないのだ――と、うつむいたまま何も言えなくなってしまった。目に涙がたまっていくのが分かった。

 すると、その様子を見ていた山崎が、やはり彼本来の心根のやさしさは消せないのだろう、「それでは、こうしませんか?」と、語り掛けるような口調で美里に言った。「今日また、その女性が来られると云う時間に、私もうかがいますよ」

 美里が顔をあげた。山崎はやさしく微笑んでいたが、しっかりとした意思だけはその目に残している。「ぼくが直接、その女性とお話しますよ」


     *

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