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カズちゃん弁当

     *


 小張千春二十四才は悩んでいた。が、それは今日のお昼ごはんをどうするかという悩みではなく――木曜のお昼は『カズちゃん弁当』の魚フライ弁当にすることに決めている――先週の金曜日 (正確には木曜日)から起きている一連の事件について、その犯人が同一犯……と云うか『同じ犯行手段あるいは能力を持つ複数犯』と云うところまでは目星が付いたのだが、そこから先をどう進めて行けば良いか完全に手詰まりだったからである。


     *


 本来、誰かが何かをすれば、そこに何らかの痕跡が残る。

 人を刺す。刺した傷痕から使われた凶器や刺した人間の利き腕や力の強弱や背の高さ、場合によっては職業だって割り出せることもある。

 ホテルの部屋に入る。靴の跡が残っていれば、入った人間の身長・体重・経済状況――場合によっては結婚歴や離婚歴の有無すら分かるだろう。

 しかし、相手をベランダから突き落とすことも銃の引き金を引くこともクスリの瓶を準備することも、当の本人がしていなければ、彼ら彼女らの痕跡がそこに残ることはない。

 いや、もっと単純な話として――それはさておき、お腹空いたなあ。お弁当買いに行こう――そう。もっと単純な話として、人がどこかに行けば、それをどこかで誰かがあるいは何かが見ているはずだ。

 もちろん、今回の場合は直接の目撃者はマンションから飛び降りたり3Dプリンタ銃を口に咥えて発砲したり違法睡眠薬を大量に摂取してお亡くなりになったりしているのだから彼ら彼女らの証言は得られないにしても――いや、3Dプリンタ銃の彼女は一言「ひなさんは?」とだけ証言している。「若い女性の匂いがした」と云う今井さんの匂い能力――ネーミング考えてあげた方が良いのかしら?『今井の鼻』とか?いや、やめておこう――その能力との平仄も合うことになるが、それにしても、昼間の病院や銀行で誰ひとりとしてそれらしい男あるいは女を目撃していないと云うのも解せない。しかも、防犯カメラ等の映像もまったく残されていない――と云うか、問題の時間帯の部分が丁度消えていたりカメラの角度が変わっていたりするし、それとタイミングを合せるように清掃員が廊下や部屋の掃除に入っていたりもする――その扉の一つ向こう側に死体があることにも気付かずに。

 これではまるで、彼あるいは彼女を見た人たちがすすんで、自身の記憶や彼らの証拠を消しているみたいではないか――やっと『カズちゃん弁当』に着いた。

「だって、これから飛び降りようって人が、部屋の拭き掃除なんかすると思います?」と、小張千春二十四才は訊いた。


     *


 安原和美七十才は困っていた。が、それは、早くに夫を亡くし、彼の残した弁当屋をこの細腕に引継ぎ、女手一つで、優秀とは言い難い息子と、器量良しとは言い難い娘――これは旦那に似たのよ――を立派に育て上げ、息子は何とかかんとかとか云うエンジニアになり、娘は関西のお寺のお坊さんの所へ嫁いで行った……と云う我が人生についてではなかった。

 店を継いでくれる人はいないが、それでもパートのクミちゃん五十三才やヨシミさん六十二才たちと和気あいあい気楽に商売を続けさせて頂いているし、常連・一見関係なく、お客さんもみんな気持ちの良い人たちばかりだ。

 特に、二年ほど前からうちに来てくれるようになったお嬢さん――多分、警察署で事務の手伝いでもしているのだろう。とても警察官には見えない――は、まあ、時々突拍子もないことを言い出すこともあるが、いつも気さくに声を掛けてくれるし、先日なんかは警察署の購買部に口を聞いてくれると言ってくれた――まあ、「期待しないで待っておくよ」と言ったけどさ、いまどき気遣いの行き届いた良い娘さんじゃないか……って、あれ?何の話だったっけ?そうそう困っていることだったよね。

 それがさあ、そのお嬢さんなんだけど、まあ、多分、お巡りさんたちの話を聞きかじったりするからなんだろうけどさ、時々、「凶器をどうやって隠したと思います?」とか「怨恨の線は薄いと思いませんか?」とか訊いてくるんだよね。

 まあ、こっちも適当に返すんだけどさ、昼飯時にこれやられると困っちゃうんだよね。うしろにお客さんがつかえている時もあるしさ。今日なんかあれだよ?

「これから飛び降りようって人が、部屋の拭き掃除なんかすると思います?」

 だからね。クミちゃんとヨシミさんとで大笑いだよ。そんな気の利く仏さんがいるわけないじゃないか。そうだろ?

 え?それで何と答えたかって?

 そりゃ、あんた、そんなのは受け流すに決まってんじゃない。「ごめんね。お嬢ちゃん」って。

「色々大変なのは分かるけどさ、うしろにお客さんつかえてるんだよね。ちょっとどいてもらえる?」

 そしたら、まあ、根が正直なんだろうね。あの子も「すみません」って言って、そっちの端の方へ避けてって……で、またしばらく考え込んでいる様子だったけど、急に「ああっ」って言ったかと思うと、「おばさん、あの、ありがとうございます。おかげで分かりました」って言ってさっさと帰っちゃったよ。

 なにが分かったのか知らないけどさ、まあ、あんなんだから、警察の方しくじったらうちで雇ってあげても良いけどね。地味だけどキレイな顔してるし、マジメだから、うちの看板娘になるかも知れないしね。


     *


 と、安原和美は言ったが、この話を横で聞いていたクミちゃん五十三才が、「看板娘は十年早いですよ」と、麻婆茄子を炒めながら言い、それに続くようにヨシミさん六十二才が、「ありゃ、色気出すのに二十年かかるよ」と、鶏のから揚げを詰めながら言った。

 すると、そんな彼女たち現役看板娘の言を受けた安原和美は、「それもそうだねえ」と、言って立ち上がると、「じゃあ、うちはまだまだこのトリオで頑張るとして、」と言いながら持ち場へと戻って行った。「あの子には警察の方を頑張ってもらいますか」


     *

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