キャラメルスチーマーウィズブライトモカメープルシロップウィズモーストエクストラビジョンワンダフルクリーム・ラ・ホイップ
『おかしい……』と、今井登は思っていた。
いや、舌を噛み切って死んだマンション管理人のことではない。
自分の管理するマンションの住人が飛び降り自殺をした上にその部屋が同性愛の買春専用に利用されていたことがマスコミでも面白おかしく伝えられているのだ。責任感の強い人間なら、自責の念に耐え切れず、ついつい舌を噛み切ってしまうこともあるだろうし、実際、彼の遺書には、ハッキリと、彼の文字で、そのような内容のことが書かれてもいる。
またそれは、マンションの自室で違法な睡眠薬を多量摂取して死んだ女実業家のことでもない。
仕事で成功し、華々しい交友関係を持ち、一生遊んで暮らしていけるだけの資産も楽しみも持っていたとしても、五十路を前にした独り身の女性が、ある日、突然、何かの拍子に、必要以上の睡眠薬を飲んでしまいたい衝動に駆られてしまうことだってあるだろう。――まあ、年上好きの自分には『もったいない』としか思えないが。
またそれは、拳銃自殺に失敗した後、病院からの飛び降り自殺に成功した若い元花嫁のことでもない。
大変な資産家の家に生まれて何不自由なく生きて来た上に……と、これは前にも考えたことだから割愛するとして――いずれにせよ、『ファイトクラブ』の真似に失敗したから、今度は伊丹十三の真似……いや、この考えは不穏当だな――よし、横に置いておこう。
またそれは、
『本日ご連絡頂いた三件について。
お手数かとは思いますが、こちらについても、今井さんに匂いを嗅いで貰うよう段取りの方をお願い致します。』
と、高嶺に指示して来た石神井のあの人のことでもない。
前回の二件――飛び降り自殺と花婿の射殺――で自分が主張してしまったことを考えれば……まあ、「あの人なら」との前提付きだが、当然の流れでもあるだろう――実際のところ、あの人の読み通り、例の女性の匂いは『女実業家のマンション』からしか匂わなかったからだ。
「今井さん?」と、手にコーヒーカップを二つ持って高嶺が戻って来た。
「どうしたんですか?神妙な顔して」
「いや……ちょっと事件の整理をね」
「はい。お待たせのミルクラテです」
「うん?……」自分が頼んだのは豆乳ラテだったはずだが――「ああ、ありがとう」と、何食わぬ顔で礼が言える程度には彼女のこう云う部分にもどうにかこうにか慣れて来た。
そう。
『おかしい……』と今井登が想ったのは、残り二つの現場――マンションの管理人室と元花嫁の病室――から、自分の嫌いな匂いがしていたからだった。
こちらは、例の女の匂いに近い感じを受けるものの、明らかに別の、多分、男の匂いだろうが……これも「あの人」に連絡しないといけないだろうなあ。
「今井さん?」と、自身の『キャラメルスチーマーウィズブライトモカメープルシロップウィズモーストエクストラビジョンワンダフルクリーム・ラ・ホイップ』のグランデサイズを飲みながら高嶺が訊いた。「そんなにショックだったんですか?」
「なにがですか?」
「石神井の方が『キモイ』って書いて来たこと」
そう。
もうひとつ『おかしい……』と今井登が想ったのは、この相棒と「あの人」が異様に意気投合して自分をからかって?イジメて?来ているところだった……自分としては、読者の手前もあり、出来るだけクールなイメージで進めて行きたいのだけれど、と。