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閑話休題。

     *


 火曜日の朝、午前五時四十五分。

 広い天窓から差し込む光が淡い陽だまりを作り、そのほぼ真ん中に佐倉八千代は立っていた。

 まとめ上げていた赤い髪を肩まで下ろし、履きなれていない長いスカートと、薄手のブラウスを着て――と云うよりは軽く纏って、左手は天窓を指差し、右手は揺れる陽だまりの境界線をゆるやかに追っているようだった。


 そんな陽だまりから少し離れた場所に、そこに立てたキャンパスの影に隠れるように、木花咲希は立っていた。

 右手には使い込まれたパレットと、左手には大きな絵筆を握り、ジッと八千代を見詰めている――陰に隠れてよく見えないが、まるで男性のような服装をしているように、八千代には想われた。


 昼下がりのやわらかな風が吹き込み、白いレースのカーテンが軽く舞い上がる――と同時に、おだやかな陽の光が咲希の体を照らし出した。

 咲希は、背の高い彼女によく似合う、男物のフロックコートに、グレーのクラバットとズボン、それに黒の革靴を履いて、短い髪を、八千代の好きな映画俳優が、八千代の好きな映画の中でやっていた感じにオールバックにしていた。


『本当に、男のひとみたい』と八千代は想った。

 すると、もともと高かった咲希の背が更に伸び、八千代の好きな映画俳優と同じぐらいの高さになり、それに合せるように、八千代の手足も伸び、八千代の好きな映画で、八千代の好きな映画俳優の相手役を努めていた映画女優と同じぐらいの背の高さになった。


 すると、それに驚いた咲希は絵筆を置くと、八千代の好きな映画俳優が八千代の好きな映画の八千代の一番好きなシーンでヒロインに向けていたのと同じ表情になって、ゆっくりと云うか急ぎ足でと云うか――その辺りのディティールについては、何年も前に見た映画なので八千代の方もすっかり忘れていたのだけれど――彼女の方に近付くと、そっと八千代の肩に手を掛け……。


     *


 さて。

 既にお気付きのとおり、これは火曜日の朝、午前五時四十五分に佐倉八千代が見た夢の一場面である――であるのだが、不思議と云うか当然と云うか、この後遅刻ギリギリの時間になってやっと起床した彼女の記憶の中に、この夢の場面は入っていなかった。

 と云うか、この前後に見たその他の夢についても、何も彼女は覚えていなかった。

 そうして、それらの夢を忘れる代わりに、彼女が憶えていた唯一の夢は、『ベッドサイズのチーズケーキに寝っ転がって昼寝をしている』と云う夢だけだったのである。


 何故こんなことが起こるのか?

 それは、現在佐倉家に絶賛居候中のボーダーコリーのアスラが、八千代の顔をぺろぺろと云うかべたべたと云うかべちゃべちゃと舐めて彼女を起こしたのが丁度、『ベッドサイズのチーズケーキ』を八千代が見ていた時だったからである。


 そう。脳神経科学系の研究報告等にもあるように、どうも人は、『起床直前の30秒ほどに見た夢を覚えているのが常であり、それよりも前の夢は忘れてしまう』ように出来ているようなのである。


『想い出されることのない夢』――どうも、私たちの夢 (と記憶?)の大半は、そちら側に分類され、隠されているようなのである。


 え?――それで私が何を言いたいのかって?

 ああ、それはつまり、このあと八千代は、咲希と学校で会った際、異様に胸がドキドキしてしまうのだが、その理由について全く理解も説明も出来ないことになる――と云うのが言いたかっただけなのである。


 えっ?――なんでそんな話をここでするのかって?

 ああ、それは単に、記憶と夢に関する話をちょっと入れ込んでおきたかっただけで、本編とは……どこかで絡む?のかなあ?


 えっ?――二人が『そういう関係』になることはあるのかって?

 ああ、その点については『絶対にあり得ない』と想って頂いて間違いないかと思います。


 えっ?――なんで言い切れるのかって?

 ああ、それは、この二人の間にあるのがあくまで友情だからですし、一つのお話の中に二つも三つもラブストーリーを入れ込めるほどこの作者は器用じゃないからですね――正直、不器用なカップルを一組書くだけでもかなりいっぱいいっぱいなんですよね、はい。

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