金曜日の朝、五時四十五分
2017年4月。金曜日の朝六時――より少し前、高山洋平の気分は、いつものとおり、あまりよいものではなかった。
これよりも一時間ほど前、高山洋平は、いつものとおり、ぼんやりと目を覚まし、いつものとおり、いつものベッドから起き上がっていた。
そうしてその後、いつものとおり、ぼんやりとしたままパンを食べ、いつものとおり、ぼんやりとしたまま歯を磨き、いつものとおり、ぼんやりとした足取りで職場へと向かった。うん。ここまで高山洋平の気分を悪くする要素は特にない。いつものとおりの金曜日の朝だ。
それから高山洋平は、いつものとおり、ぼんやりとした頭のまま、職場入口に置いてある自動販売機で90円の缶コーヒーを買った。ちらっと配送用のトラックが見えた。違和感を覚えた。少し、気分を悪くする要素があった――ような気がした。
その後、ぼんやりとした頭のまま営業所長に挨拶をして、ぼんやりとした頭のまま机に荷物を置き、ぼんやりとした頭のまま本日の集荷配送予定表を確認し、ぼんやりとした頭のまま先ほど買った缶コーヒーと安物のタバコを持って外に出た――遠くに配送用のトラックが見えた。一瞬『赤い』と思ったが、そのままタバコに火を点けた。
タバコを一口吸ってから、缶コーヒーのフタをプシッと開けた。『赤い』と云う単語が頭の中でフワフワしている。少しは頭のぼんやりが減って来たようだ。
高山洋平の会社のトラックに『赤い』要素はない。いや、会社のロゴマークの一部に赤が使われてはいるが、あんな風にトラックの壁面をたてに流れるような使われ方はしていない。ロゴとは違う別の『赤い』なにかだろう。さっきよりも少し、気分を悪くする要素がはっきり見えた――ような気がした。
コーヒーを一口飲んでから、またタバコを一口すった。喫煙スペースとされている小さな白い枠を出て、配送トラックのある駐車エリアへと向かう――気分が落ち込んで行くのがはっきりと分かった。また、今度は急いで、タバコを一口吸った。頭のぼんやりは、そのほとんどがどこかに行ってしまっている。缶コーヒーの残りを一気に流し込むと、持っていたタバコを地面に捨てた。多分、パートの三波さんからあとで嫌味を言われるだろう。
一台の配送トラックの壁面に、赤い線が一本、上から下へと、いまも伸びているのが見える。
『赤い』とふたたび高山洋平は思い、屋根の上から、誰かの左手が飛び出しているのを見付けた。まだ残っている頭のぼんやりが、それが何か理解しようとする彼の邪魔をした。
そうして十五秒後、高山洋平は突然にその場から走り出すと、年配のドライバーとボウリング談義に花を咲かせている営業所長のところまで行き、「あ、赤くて、や、屋根の上に、ひ、人の手が……」と言った。
営業所長の投げた架空のボウリングボールは、架空のスネークアイを、七番→十番の順で、架空に見事に倒していた。