表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/86

卵とチーズとトマトスープ

 台所を見たら、昨夜作ったトマトスープが残っていた。これで済ませてしまっても良いかとは思ったけれど、昼食を抜いたので――朝ごはんは食べたわよね?それだけだと心もとない気もする。

『改めてごはんを炊くほどでもないなあ……』と思っていたら、開き戸の奥に大豆の水煮缶が置いてあった。確か、冷蔵庫には昨夜残した玉ねぎと先週のカレールウが残っているはずだから――なんだかそれでいけそうな気がする。


 トマトスープの入った鍋を中火で温めながら、玉ねぎを小さめの角切り――まあ、みじん切りで良いわね。ストレス解消も兼ねて。

 玉ねぎが切れたら鍋に入れる。その次に大豆の水煮缶を――ええい、女は度胸!ぜーんぶドバドバッと入れちゃおう――鍋に入れると少なく見えるのよね…………まあ、足りなかったら朝食用の食パンがあるか。どうせ明日は署に行かないといけないし。


 と、調理のほうのひと段落が付いたので、小張千晴は、鍋の前で玉ねぎに火が通るのを待ちながら、問題の事件について、今までに高嶺から届いている報告を頭の中で整理してみることにした。


     *


1.問題のマンションで今井さんが嗅いだのと同じ匂いが、予想したとおり、問題のホテルでもした。

2.その匂いについて今井さんは『若い女性の匂いだ』と主張しているが、高嶺さんも含め、他の人にはその匂いは分からない。

3.高嶺さん曰く『今井さんのこれって、ちょっとキモくないですか?』とのことだが……うーん?キモくても使えるものは使うのが刑事ってもんだと思いますよ。

4.問題のホテルの『若い女性の匂い』がしたソファからは硝煙反応は出ていないし、弾道解析の結果から、新郎を撃ったのは新婦本人で間違いはなさそうだ。もちろん、新婦本人を撃ったのも……口に咥えてたんだからね。


     *


 と、ここまで整理したところで、鍋が良い感じに沸騰して来た。一旦火を止め、カレーのルウを2……3個で良いか。辛かったら水を足せば良いのだから――よし、続き。


     *


5.マンションのベランダには争われた形跡はなかった――と云うか、亡くなった高田さん以外の人がベランダに入った形跡もなかった。

6.亡くなった高田さんは、その日も若い男性をあのマンションに――まあ、その、買春目的で呼んでいた。

7.高嶺さん曰く『高級男娼組織の幹部がただの太ったおじさんって何か違いません?』とのことだが……うん。それには私も、どこか残念な気持ちを抱いている。

8.事件当日のマンションに派遣された男性とは連絡が取れなくなっている。

9.件の組織は男娼専門で、事務員その他も含め、若い女性の従業員はひとりもいない――元若い女性なら二名いる。


     *


 おっと、火を入れ直すのを忘れていた。生卵と……粉チーズも一応出しておこう。――よし、続き。


      *


10.……いや、続きは特にない?かしら?こんなものよね?

11.つまり、二つの現場に同じ『若い女性』がいたとしても、ベランダから高田さんを突き落とすこともしていなければ、新郎新婦を撃ち殺すこともしていない。

12.しかし、今井さんは、その『若い女性の匂い』からイヤな感じを受けている。……うん。事件の概要を見ただけですが、わたしにもその感じは分かるような気がします。


     *

 

 火を止める。

 出来上がったカレーもどきを改めて見る。

 なるほど、結構なボリュームである。


『これに卵とチーズを入れるの?』と、小張千春は一瞬躊躇した。『カロリーってなんだったっけ?』と。

 しかし、鍋の中のカレーもどきが伝えようとしているメッセージは明快で、それを敢えて日本語に訳せば『卵とチーズでさらにおいしくなりますよ』と、云うものだった。

 そうして、小張千春は、そのメッセージをありのままに受け入れると、「ま、気にしなくていっか」と誰に言い聞かせるでもなくつぶやき、それから「『腹が減っては戦は出来ぬ』って司馬さんもよく言ってましたし」と、すべてを昔の相棒のせいにしようとした――これだけの量を完食出来るのも若いうちだけだしね。


 さて。

 と、まあ、まだまだ若くて代謝も良い彼女のことなのでカロリーの方はそれほど気にしなくても良いとは思うが、それよりもなによりも、若い嫁入り前の娘として彼女が気にすべきだったことは、隠し味と称して大量に入れた、しかしカレールウの匂いですっかり忘れられていた、刻みニンニクの方であった。

 何故なら、そのニンニクのことを彼女が想い出すのは、明日の朝、出勤直前のことだからである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ