君と僕の相関関係図
今井登は少々困っていた。
それと言うのも、例のカタログ――おキレイだったり筋骨たくましかったりするお兄さま方の写真で埋め尽くされたカタログ――その出元であろう相手との接触には成功したものの、その相手が頑として何も話そうとはしないからであるし、それに加えて、その相手が、先ほどから値踏みするような目でチラチラと自分の方を見ているからでもあった。
「ですから、正直に話して頂ければ、組対への連絡も保安課への連絡も遅らせるって言ってるじゃないですか」と、高嶺が言った。この若い女性刑事はどうも物事を正直に話過ぎるところがあるようだ。
「ですから一体、何の話をされているんです?」本日七回目となる同じセリフで男は答えた。「あちらの刑事さんとのほうが、話も通りやすいと思うんですけどね」そう言って部屋の隅に立つ今井へと視線を送っている。
高嶺ユカは正直ガッカリしていた。
それと言うのも、石神井の人からの献策で、例のカタログの出元であろう男性を某高級中華料理店の個室に誘き出せはしたものの、その相手が頑として何も話そうとはしないからであるし、それに加えて、高級男娼組織の幹部が来ると言うので『どんなナイスミドルが来るのかしら?』と期待を込めて臨んだのに、やって来たのはどこにでもいるような太った中年のオッサンだったからでもある。これでは、写メを送った石神井の人もさぞガッカリしていることであろう。
ブブッ。
と、噂をすれば影でもあろう。レイジースーザン(中華料理店のあのくるくる廻るテーブルね)の上に置いておいた高嶺のスマートフォンが振動した。石神井の人からの返信メールだったが、一読して思わず吹き出しそうになった。
「なにか?」と、テーブル向こうの相手が語気を強めて訊いた。「変わったことでも?」
流石はヤの付くご商売の方である。いつもの高嶺なら、この急に変わった声色と目付きだけで腰が引けてしまうところだろうが――いや、笑ってあげては彼がかわいそうだ。
「すみません」と、声を――笑い声を押し殺しながら高嶺は答えた。「ちょっとだけ、待って下さいね」そう言って、メールの転送ボタンを押す。
ピロン。
と、スーツの胸ポケットに入れておいた今井のスマートフォンが鳴った。つい今しがた高嶺が送った転送メールだが、一読して思わず彼は吹き出してしまった。
その笑いに反応するように、ヤの付くご商売の中年男性がそのたるんだ顔でキッと今井を睨み付けた。なかなかに迫力のある御尊顔ではあるが――いや、笑ってあげては彼がかわいそうだ。
「高嶺さん」部屋の隅から今井が言った。「どうぞ、見せてあげて」
「良いんですか?」今井の方を振り返りながら高嶺が訊いた。「違法性とかは――?」
「各種SNSで公開設定にされている写真ばかりだそうですし――」と、吹き出したときに口元についた自分のつばをハンカチで拭き取りながら今井は言う。「矢印の意味は……そちらの方しか分からないでしょうし」――ダメだ。どうしても笑い出しそうな自分がいる。
「一体、何の話をされているんです?」と、本日八回目となる同じセリフを、今度は初めて語気を強めて、男が言った。
「こんなのが、」と、スマートフォンの画面を男に見せながら高嶺は答えた。「……送られて来たんですけど」――いや、笑ってないですよ。
*
正直なところ、インターネット――と云うかSNS普及の功罪については、話さないのが一番であろう。
と云うのも、それは話し始めればキリがなくなる案件でもあるし、そのインターネット――と云うかSNSの特性のせいで、いつ、どこで、どんな炎上の仕方をするか分かったものではないからである。
が、まあ、しかし、今回との絡みで一つだけ上げさせて頂くとすれば、インターネット――と云うかSNSが十分に普及してくれたおかげで、それらが『バカ検出器』としての役割を果たしてくれていることについては、十分な感謝を表明しても良いだろうと考える――特に警察関係者は。
と云うのも、犯罪者の方々が『SNSを使う犯罪関係者はバカだ』と云うことに気付くのが遅れれば遅れるほど、今井たち警察の仕事も色々と楽になるからである。
*
「こ、これを、どこで……?」と、ヤの付くご職業の方が訊いた。
「どこでも何も」と、今井が答えた。「写真はすべて、あなたがアップしたものなんでしょう?」
高嶺が男に見せた画像――石神井方面から送られて来た画像には、この男の、様々な男性たちとのバカンスなりアバンチュールなり密会なりスキンシップなりを活写した写真が所狭しと並べられていて、その間を、赤だの青だの黒だの黄色だのの矢印が行ったり来たりしている。
「矢印の意味はこちらの推測ですが」と、高嶺。「見る人が見れば、大炎上しちゃうんじゃないですか?」