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『そういうカタログ』(その2)

 と言ったところで。

 小張のデータ調査にももう少し時間が掛かりそうなので、ここで少し話を整理しておこう。

 先ずは、昨日4月21日金曜日の朝に某運送会社のトラック上で見付かった死体の身元だが、こちらについては、


     *


・本名:高田保夫 (男性)

・年齢:54才

・職業:M&Aアドバイザー

・経歴:都内の某有名私立大学卒業。その後、金融関係の職を転々とする。

    有名なところではアメリカの某投資銀行の日本代表なども勤めており、

    現在は自身で立ち上げたM&A専門のコンサルティング会社の社長兼会長

    を勤めている――勤めていた。

 

    *


 と云うところまで分かっている。

 また私生活においては、内縁の夫・大和田友則 (32才)の語るところによると、真正の同性愛者であり、男癖も悪かったようで、彼との結婚後も浮気や男漁りを止められなかった――とのことだ。

     *


 次に死亡原因だが、こちらは高いところからの飛び降りと、それによる内臓破裂……からの出血多量死――でほぼ間違いないようで、その他に外傷等は見られていない。

 多分、先般今井と高嶺が訪れたマンションの七階ベランダ――と云うことは大体20mほどの高さだが――から飛び降りたものの、運悪くと言うか幸運にもと言うか、丁度真下に停めてあった運送会社のトラックの屋根に激突、それがクッションとなり一命は取り留めかけたものの、これも幸運にもと言うか不運にもと言うか、誰にも気付かれることなく、トラックは営業所まで戻り、そこでひとり息絶えた――と云うところだろう。


     *


 最後に、トラックに落ちていた死体の身元と、彼が借りていたマンション(『そのため』だけの部屋)について、どのように警察が知り得たかだが……。

 先ず身元については、死体が有名人であったこと――彼は十年ほど前の世界的金融危機の際、悪い意味で大変よく顔が知られた人物だった――それに加えて、前述の内縁の夫が、その内縁の夫 (……表現間違ってないよね?)の行方不明者届を出していたので、思いのほか簡単に判明することが出来た。

 次に、彼が借りていたマンション=飛び降りた場所については、ここでも小張が何やかやと知恵を出したようなのだが、簡単に書くと、次のようなやり方で彼女は場所を割り出したのである。


     *


 屋根に男が落ちて来た際、その衝撃でトラック内の内張りが剥げたり、天井にたまっていたゴミやホコリが一気に下のほうへ落ちて行ったはずだ。

 すると、その剥げた内張りやゴミやホコリは、荷台の床、若しくは、荷台に残っていた=配達がまだ完了していない荷物の上に降り積もるはずだ。

 死体の状況から判断して、男が落ちた時間は、運送会社の配達終了時間である21時に近かったと思っておかしくないだろう。つまり、配達がまだ完了していない荷物――その下の床に剥げた内張りやゴミやホコリが積もっていない荷物――の数は少数と考えて差支えないだろう。

 であれば、運送会社の持っている集荷配達表の記録とトラック荷台の床に残されたホコリの跡を比べ合わせれば、屋根に男が落ちて来た際、トラックがどこに駐車していたか割り出すことは可能であり――実際に割り出したワケである。


     *


 え?ドライブレコーダーは機能していなかったのかって?

 それはね、明智くん。『問題が起きるまでは問題への対策はしない』と云う典型的日本企業の例に漏れず、こちらの営業所も、今回起きた問題を奇貨として、ドライブレコーダーに積むSDカードの容量を上げたりとか、ドライブレコーダー未搭載の車輛については早急にドライブレコーダーを搭載することにしたようなのだよ。いやあ、さすがは老舗運送会社の営業所長である。(注:これは皮肉です)


     *


「それにしても妙だと思いませんか?」と、今井が言った。

「え?」と、高嶺。「なにがですか?」

 どうも心ここに在らずと云うような声の彼女だが、それもそのはずで、彼女も、つい今しがた小張から届いた『そういうカタログ』に心を奪われていたからである。

 高嶺が何に夢中なのか?それは今井にも十分分かっていたが、そこはそれ、《男と女の間には深くて暗い川がある》し、《鬼神は敬してこれを遠のく》べきなのである。

「えーっと、」と、こちらに注意を向けるよう、出来れば今すぐファイルを閉じてもらうよう、それとなく促しながら今井が先ほどの質問を繰り返す。「妙じゃありませんか?」

「なにがですか?」と、こちらに顔を向ける素振りすら見せず高嶺が訊いた。

『この……』と、今井はつい大きな声を上げてしまいそうになったが、そこはそれ、三人の姉を持つ末っ子の長男坊の今井である。女性陣への応対に怒りは禁物だ。適当に流そう。

「ですから、」と、心を落ち着かせながら――高嶺のパソコン画面を見ないよう注意しながら、今井は続ける。「これから死のうとする人間が、わざわざトラックの屋根に飛び降りますかね?」

 そう。その疑問に気付くからこそ、彼らにこの案件はまわって来たのである。

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