Daisy,Daisy
「ひなさん、ひなさん」女が訊いた。
「わたしたち、これからどうしたらいいの?」
女の手には、小さな、15cmほどの拳銃が握られていて、真っ白なドレスのところどころには、赤い花のようなものがついている。
「ひなさん、ひなさん」ふたたび、女が訊いた。
「わたし、ほんとは狂っているの?」
防音が十分に行き届いたホテルの室内には、外からの雑音はもちろん、二人以外に声を出せるものはいなかった――少なくとも、ここ10分ほどは。
「ひなさん、ひなさん」女が言った。
「わたし、これほどまでに愛して、しかも憎んでいるの、あなたのこと」
女は十代の後半でもあろうか、真っ白な、結婚式の花嫁を思わせるようなドレスを着て、その真っ白なドレスのところどころについた赤い血の色は、むかし見たカンナの花を想い出させていた。
「ひなさん、ひなさん」ふたたび、女が言った。
「わたし、こんなにちぐはぐなのに、あなたも、けっきょく、わたしのものではないのに」
女が呼びかける部屋の奥には、白と青の、一人掛け用のソファが置いてあって、その上には、結婚式の花婿を思わせるような、グレーのモーニングコートを着た女性が座っていた。
「ひなさん、ひなさん」女が言った。
「わたし、こんな、ことまでして」拳銃が手に張り付いて離れようとしない。
「ひなさん、ひなさん」女が言った。
「わたし、私たち、もし別れたら」にぎった手はつよく硬直したまま動こうとしない。
「ひなさん、ひなさん」女が言った。
「わたし、こころ、割れちゃうの」女の左目から、なみだが流れた。
『なんて汚らしいのかしら』と、ソファの女性は思ったが、そんなことは口にも顔にも出さず、その代わりに、花婿を撃ち殺したばかりの花嫁に対して、慰めのつもりで、
「あなたは、いい子よ」と、言った。
「とっても、とっても、いい子。」
「ひなさん、ひなさん」
女が言った。
「だから、いいこと教えてあげる」
女性が言った。
「ひなさん、ひなさん」
女が言った。
「わたし、ほんとは『ひな』ではないの」
女性が言った。
「ひなさん、ひなさん」
女が言った。
「わたしの、こころ、」
女が言った。
「ひなさん、ひなさん」
女が言った。
「わたしの、こころ、」
女が言った。
「ひなさん、ひなさん」
女が言った。
「いい?」
と、女の言葉をさえぎるように、聞き分けのない子をさとすよに、そしてなにより、自分自身に言い聞かせるよに、女性が、言った。
「もう、とっくに、裂けているんでしょ?」
*
カチャリ。
部屋の扉が開いて、女が出て来た。先ほどまでの男装はやめていまは、豊かな髪を肩まで下ろし、長袖丈の黒のワンピースを着ている。閉まりかけてる扉の奥で、部屋のテレビがこう言った。「人は気付かず、自分を罰することもある」
そうして女性は、扉のノブを、持っていたハンカチで丁寧に拭き取ると、ワンピースの隠しポケットから使い捨てタイプのスマートフォンを取り出し、簡単なメールを一本送った。それから、ゆっくりと、下り階段の方へと歩いて行くと、「気付かなければ、罰にはならない」と、つぶやいた。