第1話
「波人!」
「ん?どうした?」
ビックリした。急に詩が僕の教室に来た。そういえば詩と話すのも久しぶりだ。
「なんか話すの久しぶりだね!」
詩も同じことを思っていたらしい。
「クラス違うし合唱団以外にあんまり接点無いからね。」
「そういえばね。なんか意外だな……合唱団だと朝練で毎日会ってたからそんな感じがしないや!」
意外と自然に詩と話せていることにほっとした。
実際辞めてから話していなかったからな。まだ彼女は辞めたことを納得していないと思う。
でも詩も気をつかってくれてるのかもしれない。
そんなことを思っていたら、
「…って違う!ただおしゃべりしに来たんじゃなくて!」
どうやらなにか僕に話があったみたいだ。やっぱりかと僕は少し身構えた。
「合唱団に戻ってきなさい!」
やっぱり来たか………確かに未練たらたらである。
しかしもうコンクールまでは1ヶ月もない。
今さら戻ったところで迷惑をかけるだけだ。というかそもそも歌えない。
だからこそ僕は合唱団を辞めたのだから戻るわけがなかった。
「僕はもう辞めたんだよ。もうこんなに声が低いし、みんなにも迷惑をかけちゃうだろ?」
「そんなんで誰も波人を追い出さないよ。そんなことより6年生1人だと大変なんだもん。どっかの誰かさんがやめたせいで。」
「それは……申し訳ないと思ってるけどさ、もうそろそろコンクールだろ?いまさらだよ。」
「今さらってまだ1ヶ月はあるよ?波人なら大丈夫だよ!」
もう1ヶ月の間違いでは?
「そんなこと言ったって僕はもう………」
「波人はコンクールに未練はないの?あんなに毎年一緒に悔しがって来たじゃん。歌えなくなってからだってずっとコンクールのためにってがんばってたじゃん。波人はホントにそれでもいいの?」
ガンッ
近くで大きな音がした。
「─いいわけないだろ!─」
気がつくと僕は机を蹴っていた。
「悔しくないのか?それでいいのか?いいわけないだろ!ここまでずっとやって来たんだ。コンクールに対する想いならずっとある。でも今まで通りに歌えないんだよ!歌いたくてもちゃんと歌えない。それでも無理やりコンクールに出たらきっとみんなの邪魔になる。それが嫌なんだよ!耐えられないんだよ!」
「最後のチャンスなんだよ?私たちが小学生として出られるのはこれが最後なんだよ?毎年波人と一緒にやって来た。その波人にコンクールを諦めてほしくない。」
「それは詩だって同じだろ?詩だって最後のコンクールだ。それをこんなことで棒にふるのか?入賞したくないのか!」
「波人が居ないならそもそも入賞出きるはずがない!」
「っ!」
物凄い剣幕だった。
「うまく歌えなくてもいい!でも波人はここまでやって来たんじゃん。ずっと一緒に勉強して来たじゃん。それをみんなに伝えるんだよ。それは説明下手な私にはできない、波人にしかできないことだよ。」
「でも僕が出たら………」
「そもそも波人が失敗したくらいで入賞逃すくらいならそもそも入賞できないよ。こんだけ言ってもまだ出ないって言うんだったら私も出ないから!いいの?」
「はぁ!?なに考えてるの?」
「撤回はしないから。女に二言はない!」
そう言って詩は真剣な目でこちらをみる。
どうやら本気で言っている。そんなこといいわけがない。僕がそう思うことをわかっていて詩は聞いている。でも……
「私は波人がいないとだめなの!二人じゃなくちゃ意味がないの!」
そう信じてくれていることを嬉しいんだ。
ここまで言ってくれていることが本当に嬉しい。
僕なんか放っておいてコンクールの練習をすればいい。
別に僕は1人がいないところで合唱団は詩がきっちりとしきれるはずだ。
それでも僕を求めてくれる。それはこれ以上なく嬉しいことだ。
やっぱり僕は未練たらたらだ。
この程度のことで納得してしまいたい自分がいる。
戻れることを喜んでいる。
でもそんな詩だからこそ僕は…………
「もう一回一緒に頑張ろう!声変わりした波人でも、声変わりした波人の新しい歌を一緒に作ろう!」
顔を上げると、詩は泣きそうになりながらこちらをみていた。
「そろそろ意地っ張りも辞めたら?私と一緒にまたやろうよ………」
詩がここまで俺のことを待っていてくれている。
この想いには僕も同じだけの想いを返さないといけないな。
「……わかった。もっかい全力で頑張ってみるよ。」
「やった!」
詩は嬉しそうに、
「明日から放課後練あるからね!後1ヶ月全力だよ!」
「わかった。」
もうこうなったら当たって砕けよう。詩のために、自分のために。二人で笑って終わるために。
◆
神様、私はやりました!波人を戻すことに成功いたしました!
いや、うまくいって本当によかった。昨日から神頼みし続けた甲斐があった。
何度でも言うが、そもそも波人は気にしすぎなのだ。戻ってくるのならばはじめから辞めなければよかったのに。
まあいあや。戻ってきたからこれくらいで許してあげよう。
明日からはまた忙しくなる。
波人には団に居なかった間の練習したこと、先生やコーチにに教わったことなどを教えるという約束をした。
瑞季先生は波人が戻ってくると言うと、とても喜んだ。
波人に声変わりをしたときに来年のNコンは普通に出れると言ってしまったことが無責任だったのではと気にしていたようだった。
「私は女だから男の子の声変わりがどのようなものなのかが実感がなくて。私達女にとっての声変わりは大きなことではないから、少し簡単に見てしまっていたよ。だから彼が辞めると言い出したときに強くはとめられなかったの。」
「私たちにも声変わりってあるんですか?」
初耳だった。
男の子の場合は、とても声が低くなっていくためわかりやすかったが、身近に女の子で声が変わった人は居なかったと思う。
「女の子の声変わりはね、少し声が大人っぽくなるだけなの。だから男の子と違って物凄く小さい変化で気づかないうちに終わってしまうのよね。」
なんと!どうやら私も気づかない内に声変わりをしていたようだ!
大人っぽい声が。声少し大人になった証のような気がして嬉しい。
「彼が帰ってくるのならきちんと声変わり後の発声を練習しないと駄目ね。私も少し勉強してくるわ。」
いやぁ、つい話し込んで遅くなってしまった。
音楽室から出ると、校内はシンと静まり返っていた。かなり話し込んでいたようだ。
誰か一緒に帰る人を探したが、残っている生徒はほとんどいない。
つまらないので早く帰ろうと下駄箱へ向かうと、ちょうど波人も帰るところだった。
やった!久しぶりに波人と帰れる!
「詩!いたんだ!」
「波人こそ。どうしたの?」
「委員会で水槽洗ってた。」
そういえば波人は飼育委員だった。
「詩は?放課後練は明日からじゃなかったっけ?」
「瑞季先生とちょっと話してたら遅くなっちゃって。先生に波人が戻ってくることを言ったら凄く喜んでたよ。」
「まだ先生に言ってなかったな。ごめん、ありがとう。」
「ついでだしいいよ。ほら、早く帰ろう。」
「うん。」
「そういえば先生が波人がどうにかして歌う方法はないか探してくれるって。」
「本当に!そんなのがあるの!」
「私はわからないけど。先生が探してみるって。」
「そっか…………まだ僕もちゃんと歌えるかもしれないんだ………!」
波人の顔はとても輝いていて私も嬉しくなった。
私たちは靴を履き替えて昇降口を出た。西日がとても眩しい。
「なんでこの学校の正門は西なんだろうね。朝も夕方もいっつも向かい側に日が出てるじゃん。」
「ホントにね。挨拶の先生はいいけどさ、私たちには地獄だよ?」
あ、なんかこの感じ久しぶりだ。どうでもいいことを話して帰るのは。
私は決して友達がいないわけではない。でもいつも合唱団の練習で、なかなかみんなと一緒に帰れなかった。
だからいつも一緒に帰っていた波人が辞めてしまってからは、一人で帰っていた。
いつも友達と帰る波人を音楽室から見ていた。
となりで楽しそうにしている波人をみていたので、ちょっとやり返してやろうと思った。
「ねえ波人。なんか私に言うことは?」
「どうした、急に!?」
「いやぁ、波人は楽しそうにしたなぁと思って。いつも友達と楽しそうに帰っていたなぁと思って。」
「楽しかったよ?」
クソ、こいつめ!
「いや、私は波人が辞めちゃったから一人寂しく練習の後に帰っていたんだけどなぁ?」
「いっ─いや、それは─」
「寂しかったんだけどなぁ?」
「うぐぅ───すいませんでした!!」
波人が腰を90°に曲げて謝ってきた。ふふん♪勝手に辞めていった罰だ。
「もう辞めない?」
「はいっ、誓います!!」
「もう私を置いてかない?」
「え?」
「一緒に帰る人いなくて寂しかったんだよなー?」
「確かに放課後練の時間はもうみんな残ってないもんね。」
「だからね、波人が居なきゃ居ないんだよ!」
「ごめんって。明日からは俺も帰る人いないしさ、一緒に帰ろうよ。どうせ家もすぐ近くだし。」
「約束する?」
「約束する!」
「ならば許してやろう!」
「あ、ありがとう?」
よし、スッキリした!これで約束もしたし問題ない!コンクールに向けて全力を出すだけだ。
「詩強くね?」
「えっ?なんか言った?」
「いえっ、なっなにも!」
ちょっと波人君?か弱い乙女になにを言っているのだろうか。
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