後編 恐怖
眠い・・・眠すぎる
雲よりも高い位置から堕ちる。つまりそれは確実なる死を意味する。
振り落とされない様、焼ける痛みをこらえ必死にしがみつく。竜とともに落ちていく最中なんとか助かる方法を考える。
一つ二つ湧いていいとは思うのだがパニックに陥っており全く湧いてこない。そしてその状況は迫り来る大地と合わさりさらにパニックを引き起こす。
地面がもう眼前まで迫ってくる。
「終わった」
そう思った。だが実際は違った。
なんと竜が体勢を立て直し再び低空ながら飛行を始めた。いや滑空という方が正しいか。
なんとか助かった。とそう思った次の瞬間、いきなり竜はその大きな体を左右に振ったり大きく回転しだす。
その不規則な軌道と遠心力によりたまらず振り落とされる。
「あ”っ、いっっづあぁぁぁぁぁぁぁ」
まともに受け身も取れずズドンと鈍い音とともに背中から大地に叩きつけられる様に落下した。
頭から落ちなくてよかった。さすがに死んでいたかもしれない。
痛む体を無理やり起こし立ち上がる。
地に足をつけた竜が正面からこちらを見据えてくる。自身が地に落とされたことに怒っているのか身体中から放たれる火の光は先ほどより増大し、周囲にある草木は一瞬にして焦げ散ってしまう。
あたりは既に暗闇で満ちている。が、その竜が纏う火があたりを照らし、まるで夕暮れを想像させる。その幻想的な光景をみて一つの単語が脳裏をよぎる。
『逢魔が時』
夕方。日が落ち暮れる時間に魔物と会う時間とされている。
そう、今はまさにその時間の様に見える。そしてこうも理解する。
ああ、理不尽は出会うものじゃないんだ。向こうから連れ去りに来るんだと。
そう俺の前には『竜』がいる。俺をさらいに竜が来た。
「GYAAAAAAA」
竜は雄叫びをあげると、一直線にこちらに走って来る。
速い。走って逃げてもすぐに追いつかれてしまいそうだ。かといって懐に潜り込む勇気もない。てかいま近づけばさすがに丸焦げになって死ぬだろう。
「覚悟を決めよう」
成功するかなどわからない。むしろ失敗する可能性の方が高い。
もし成功したとしてもそれが歯が立たないかもしれない。
でも今の俺にはなすすべがない。だから力を借りよう。誰でもない自分自身に。自分のためじゃなく誰かのために。ミシェルのために。
「身体強化」
痛みで動きが鈍くなっていた体が嘘の様に軽くなる。以前より魔力の回りがいいからなのかはわからないがとにかく前よりももっと早く走れそうだ。
竜がどんどん迫って来ている。その竜の進行方向は俺がいる方だ。そして俺がいる位置は町と正反対。ならばここからどんどん町と離すように逃げればいい。
俺の走る速度は竜よりかは少し遅い。だがこの速度なら追いつくのにも少しの時間がかかる。その少しの時間が最初で最後の勝負時だ。
必死に足を動かす。背後すら振り向かない。振り向けばスピードが落ちてしまう。それに振り向かなくてもチリチリと背中が焼かれているので付いて来ていることなどわかる。
「っぐぅ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
あと少しそれで森に移れる。だがその少し手前で急にチリチリと焼ける感覚が弱まっていくのを感じた。
なぜだ? 森にはおって来ないのか? それとも単に俺を諦めて街に向かった? いや、スタミナ切れという線……
しかしそのどれもが外れていたことを一瞬で理解する。
背後から、猛烈な寒気がする。多分迷っている暇などない。
本能が示すままに全力で大地を蹴り横に飛ぶ。魔力を限定的に右足に集中して蹴る力を高め、先ほどとは比べ物にならないほどの推進力を得たのである。その反動からか足が潰れた様にひしゃげた感覚はしたが。
が、その判断は間違っていなかった。飛んだ直後、全てを飲み込む白い波の様なものが視界を奪った。それに触れずとも肌は余波で焼かれる。さらには空を待っていた体はその衝撃波で勢いよくとばされ木に激突する。
意識が何度も消えそうになる。正直今も意識があるのが奇跡としか思えない。
体の感覚は既に消え去り。自分がどうなっているのかさえはっきりわからない。状況を確認しようとも右目は見えているという感覚がない。左目も何かがくっついているかの様にうまく開くことができない。
それでもなんとかして左目だけでも開ける。パリパリという音とともにその瞼が開かれる。
その目に映ったのは竜の顔である。その顔は先ほどと何も変わらないはずなのになぜかこちらを嘲笑っているかのような表情をしている様に見えて来る。
恐怖した。先ほどのアレをまた俺に放って来るのではないか。それともいたぶる様に咀嚼するのではないか。呼吸がうまくできない。次第にどんどん息苦しくなって来る。
今更になって死の恐怖が頭を支配する。俺は何も理解できていなかった。こうも簡単に自分の命が踏みにじられることを。そしてミシェルを守るためならという自分の覚悟が本物ではなかったことも。
「ゃだ……し……たく……ない」
みっともなく口から声が出る。もう何もかもが崩れ去りただただ生に執着を燃やすことしか頭の中には残っていない。
その命乞いを理解したのか竜がさらに嘲笑を浮かべる。
それがまた恐怖を呼び、もう何を言っているのかわからないような奇声を発し続ける。
心の器が壊れてしまった。
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次第に奇声しか発さなくなった”敵”を竜は哀れに思い、自身にその矮小なる肉体で挑んできたことに敬意を払うため先ほどのブレスを装填する。
今はこうして壊れたのか奇声しか発さなくなってしまったが、それでも他の人間より評価に値する。何より初めて空から引きずり降ろされたのだ。
体に纏っていた火が体内に吸収されていく。体内では異様なほどの熱が外に出せと暴れ狂っている。
『さらば、名も知らぬ小さき者よ』
天に顔を上げ大きく空気を吸い込む。密閉された燃え盛る空間に外からの空気が補填される。その空気に火は爆発的に反応しその空気をたどり外に溢れ出す。
バックドラフト現象の様な者だ。
その炎は全てを焼き尽くす。その矛先がぐったりとして動かなくなったレイに向けられる――
ーー直前一筋の閃光が竜の頭部を破裂させる。体内の炎はレイに向かう様に誘導されることなく天へと登る。
この日この夜、世界から第二の太陽は消滅した。
まただ、また・・・・どうして2日でストーリーがあらぬ方へ進むのだ