藍天的秘密
薛梁の言うとおり、俺に隠し子がいるという噂は二月ほど経った頃には下火になっていた。
舅殿である長官殿の機嫌も戻り、許嫁殿との婚礼の準備も着々と進んでいた。
あの日もすっかり常連になった胡人の包子の店へ行くため、花街へ行った。
「よう、老板。いつもの二つ」
「また来たのカ、オマエ。飽きないのカ?」
「他にはない具材の隠し味が良いんだよ」
「ア〜橄欖油ネ」
「そうそう、それ」
焼き立ての包子を頬張っていると、十歳くらいの子供が近づいてくる。妙に見覚えのある顔だった。
忘れもしない、およそ二ヶ月前にいきなり「爸爸!」と誤解のある呼び方をしてきた餓鬼だ。
「あんた、許っていうんだろ?」
「そうだが」
「じゃあやっぱりおれの爸爸だよ! 媽媽が死に際におれの爸爸は『許』って名前だって言ったし」
「いい加減にしろ! お前のせいで俺は上司のお嬢さんとの婚礼も先延ばしになってなぁ」
「いいだろ、あんたには息子がいるんだし」
「息子だなんて認めてない! この糞餓鬼!」
「えーん、お役人のおじさんがぼくのこと虐めるよぉ」
餓鬼はわざとらしく泣き真似をする。
街行く民衆に白い目で見られ、俺はあたふたと慌てる。
「お役人さん、やめてあげなさいよ」
聞き覚えのある声だった。
「せ、薛梁……? なぜおまえが花街に……?」
「哥さんおすすめの包子買いに来たんですよ。さぁ、坊や、これでも食べて元気出して」
薛梁は包子を差し出す。
「やったぁ! おじちゃん、ありがとう!」
かつての紅顔美少年も今や立派な「おじちゃん」である。
餓鬼はむしゃむしゃと包子を平らげた。
「かわいいじゃないですか。子供は良いですよ。仕事の原動力になります」
「さすがは五人の子持ちだな」
「来年、六人目が生まれます」
「また祝金をねだるつもりか」
「お見通しでしたか」
「なんか細君が可哀想になるぞ。毎年のように子供生まされて」
俺はたくましいこいつの細君を思い浮かべた。やっぱり訂正、あと十人くらいいけそうだ。
「わたしは認知してもらえないこの子と母君のほうが可哀想だと思いますけど」
「本当に俺の子だと思っているのか」
「おじちゃん、爸爸がまたひどいこと言うよぉ」
餓鬼は再び泣き真似をする。
「あらら、また泣かせちゃった」
薛梁が頭を撫でた。
餓鬼は誰かに似ている。
どこぞの妓女の顔か、とも思ったが、もっと見覚えのある顔だった。
白く卵型の輪郭、大きな二重瞼の目、通った鼻筋に、整った唇。どれを取っても若い頃のあいつに似ている。
餓鬼の頭を撫でる、薛梁に。
普通、許と薛なんか聞き間違えることはないはずだ。
しかし、餓鬼の母親が息も絶え絶えに言ったとしたら……?
朴念仁のあいつでも、人付き合いで妓楼に行くことくらいあっただろう。
清廉潔白、初恋の許嫁殿にぞっこんの弟弟の一世一代の秘密を知ってしまったのかもしれない。あの後宮で籠担ぎをやっていたあいつの奥方にこんなこと知られたら、大変なことになってしまうだろう。
しかし、これは確証のない俺の推測にすぎない。だからきっとこれは俺の心の中に留めておくべきだろう。
とにかく長官殿の愛娘との婚礼はまだまだ先延ばしになりそうだ。
人生は万事、青天の霹靂である。
俺たちの頭上にはあの試験の日と同じように、雲ひとつない、清々しい藍天が広がっていた。
許(とんでもないことに気づいてしまった……怎么办呢)
薛「後味が悪いので言っておきますが、他人の空似です」
(巻き戻し)
浩然母「あなたの爸爸の名前は……徐……」
浩然「許だな、妈妈!」
浩然母「そうよ、徐……」
許、徐、薛……漢姓には似た名前が多いですね。