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第二十五話 気づかれない想い。

「ごめんなさい! なんでもないです! 忘れて下さい!」

 公香は、何度も頭を下げる。頭を振り過ぎて、立ち眩みがした。なにか誤魔化せる話はないか、公香は部屋中に視線を飛ばすが、気の利いたものは見当たらない。居心地の悪い沈黙が下り、嫌な汗が滲んできた頃、伊月が口を開いた。

『あ、そうだそうだ。担当さんに聞いたんですけど、『虹色モノクローム』の各章のタイトルトリックが、ネットで話題になっているそうですね? 突然、担当さんに言われて、戸惑いましたよ。言われるまで、気づかなかったです。できれば、教えておいてもらえると、ありがたかったです』

「ごめんなさい。ただのお遊びのつもりだったので、わざわざ言うのも恥ずかしくて」

『全然いいんですけどね。面白いと思いました。タイトルを変更しなくて良かったと思いましたよ』

 伊月は笑っていた。公香は、乾いた作り笑いを出し、胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。その後、作品を猫っ可愛がりされ、通話が途絶えた。

 伊月康介と公香の百万部を突破した最新刊『虹色モノクローム』は、六章編成になっている。生まれつき体が弱く、入院生活を送っている男女の恋愛物語だ。

第一章 明日の音。

第二章 意地悪な蜘蛛。

第三章 死神と鬼。

第四章 掌の未来。

第五章 瑠璃色紙飛行機。

第六章 宵越し蛍。

 各章の一文字目を並べると『あいしてるよ』になり、最後の一文字を並べると『ともにいきる』となる。その事が、ネットで話題になっているようだ。死生観と恋愛観を織り交ぜた作品なだけに、内容とリンクして話題になったようだ。しかし、公香は意図して狙った訳ではない。なぜなら、伊月が物語の内容は勿論、各章のタイトルも変更すると思っていたからだ。つまり、公香は、伊月に向けて送った想いであり、読者を想定などしていなかった。伊月にさえ届けばよいと、そっと忍ばせていた。しかし、伊月には気づいてもらえず、どこの誰だか知らない人々が気づいた。

 愛してるよ。共に生きる。

 もしも、発表前に伊月がこのメッセージに気が付いていたなら、どういった反応を示しただろう。あくまでも、作品として高評価を下したのだろうか。

 出来る事なら、伊月に気づいて欲しかった。そして、察して欲しかった。

 公香は、部屋の隅で小さくなっているクローゼットへと向かう。クローゼットなどと呼べる代物か疑問が浮かぶほど小さい。扉を開いて、紙袋を取り出した。袋の中には、A4サイズの封筒が綺麗に折りたたまれ、納められている。その中の一枚を取り出した。折りたたまれた封筒を広げると、本田公香様という文字と住所が記されている。そして、裏側には、伊月康介という名と住所が記されている。出版される前の単行本や雑誌が、毎回伊月から郵送されてきている。

 この住所にいけば、伊月さんに会えるのだろうか?

 封筒を見る度に、そんな想いにかられる。そして、その度に、激しく頭を左右に振って、公香は自身を戒める。

 もしも、公香の想いを伊月が知ってしまったら、二人の関係はどうなってしまうのか。現状よりも好転するのだろうか。公私混同は、仕事の妨げになると、叱責されてしまうのだろうか。そもそも、伊月は、どうしたいのだろう。現状維持を望んでいるのだろうか。

 公香は、息苦しい体を引きづって、ベッドに仰向けになる。回線が込み合っているように、頭の中がグルグルと回転して、悪酔いしそうだ。公香は、スマホを手に取り、伊月にメールを送った。

『すいません。なんだか、煮詰まっちゃって、頭が働きません。もし、ご迷惑でなければ、気晴らしにお食事にでも行きませんか?』

 数分躊躇った後、送信した。全身の力が抜けたように、持ち上げた腕がダラリと下がった。手から抜けたスマホが、ベッドに落ちる。

 その日、伊月からの返答はなかった。


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