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第二十四話 私は、あなたのなんですか?

「なにか隠し事してない?」

 世間様は、休日である週末に、妹の優が公香の自宅を訪れた。ソファに座るなり、優が厳しい表情で、公香を見つめた。公香は、木製の椅子に座りながら、体を反転させた。隠し事も書く仕事もしている。どちらも優に言えない。

「どうしたのよ? 急に」

 公香は木製の椅子に逆向きに座り、背もたれに両腕を重ねておいた。そして、重ねた腕に顎を乗せる。

「だって、もう二年も仕事していないでしょ? いくらお金を使わない生活をしているからって、限度があるでしょ? それに、最近じゃあ、小説の投稿も不定期だし。いったい、なにをやっているの?」

 優は、怒っているのか心配しているのかよく分からない。声には棘があるが、眉は下がっている。

 実は、伊月康介のゴーストライターをやっていて、趣味の小説投稿どころではない。そして、それで稼いだお金で、生活をしている。貯金額は八桁あり、金銭面での不安は皆無だ。やはり、そんな事言える訳がない。

「あ! そうか! 優に言うの忘れてた! 私もう仕事してるよ」

「え? そうなの? どうして、教えてくれなかったのよ? どこに就職したの?」

「いや、聞かれなかったから。ちなみに、就職はしてないよ。独立して、個人事業主としてやってるよ」

 これは嘘ではない。『伊月ワークス』という屋号で、登録も行っている。

「そうなの? いつから? どんな仕事してるの?」

「一年くらい前からかな? ウェブライティングをしてるよ。文章書くの好きだしね。一文字いくらで、記事を書くのよ」

「そうなんだ! それで、ちゃんと生活できるの?」

「まあね。ちゃんと確定申告もしてるよ。だから、仕事が忙しくて、投稿が疎かになっているのよ。でも、趣味なんだし、そんなもんでしょ?」

 前のめりに話を聞いていた優が、安心したようにソファの背もたれに体を預けた。

 ごめんね、優。今の生活を守る為なの。

 微笑みを浮かべる公香であったが、非常に心苦しい。いつでも優に質問をされてもいいように、公香は物語を作っていた。ウェブライティングは、やってはいない。物語作成の為に、ネットで調べていた。色々質問されても答えられるくらいの知識は有している。実際、伊月との仕事が上手くいかなかったら、手を出すつもりでいたけれど、好調である為その必要はなくなった。

「はあ、ちゃんと働いてるんだったら、教えておいてよね? 投稿が少なくなったから、珍しくお父さんから聞かれたのよ。お父さん楽しみにしているから、心配だったみたい」

 心臓に針が刺さったような痛みを、公香は覚えた。伊月との生活を守る事に必死で、大切な家族の事を蔑ろにしていた。優は勿論、父親も公香の事を心配していた。

「ごめんね、心配かけて。自分の事でいっぱいいっぱいで、周りの事が見えていなかったね。お父さんに伝えといてくれる?」

「自分でいいなよ。その方が、お父さんも喜ぶよ」

「・・・いや、それは、恥ずかしい。だから、お願い!」

 公香は、顔の前で両手を合わせて、優を拝む。優は露骨に溜息を吐いて、公香を見つめる。

「それから、お母さんも心配してるよ。もういい年なんだから、結婚も考えなさいって。彼氏はいるの? もし、いないなら、母は動きます。だってさ」

「母動く? どういう事?」

「お見合いとかの世話をするって、意味じゃないの?」

「ええ!? いい、いい! 無理無理! てか、結婚とかまだ早くない?」

 公香は、立ち上がって、大慌てで手を振る。それは、余計なお世話だ。

「まあ確かに、今じゃ晩婚は、珍しくもなんともないけど、お母さんは心配なのよ。だって、お母さんがお姉ちゃんの年には、私が生まれていたんだから」

 気が付かないフリをしていたけれど、もうお母さんでも不思議ではない年齢になっている。見て見ぬフリはできない案件なのだと、公香は唇を噛む。

「で? 実際どうなの? いい人はいないの?」

「イ、イイ感じの人はいるよ。だから、今頑張ってるの!」

「へーそうなんだ? じゃあ、その事もお母さんに報告しといてあげるよ」 

その後、世間話をし、優は部屋を出て行く。玄関まで優を見送り、優は靴を履きながら、体を捻って後ろを向いた。

「今、書いてる小説、超面白いね。もうプロ作家さん並みだよ。不定期なのは残念だけど、あれだけ面白かったら待っちゃうね」

「そりゃどうも」

「ねえ、どこかの新人賞に応募して、プロを目指さないの? あれだけ、面白い作品が書けるのに、もったいないよ」

「考えとくよ」

 そっぽを向く公香を、優は嬉しそうに眺めている。扉が閉じていき、手を振る優が消えていく。静かに扉が閉まり、公香はゆっくりと溜息を吐いた。

 いつか、本当の事を話せる時がくるのだろうか?

 ゴーストライターという裏方中の裏方に回ったのは、公香自身の意思だ。作品は好調で、アラサーといえど、同年代の女性よりも多くの収入を得ているはずだ。しかし、心を覆う霞が晴れない。

 公香は、無意識の内に、スマホを手に取り電話をかけた。数回のコールの後、諦めかけた時に繋がった。

『はい、伊月です。どうしました?』

「・・・あの、伊月さんにとって、私ってなんですか?」

『え!? ど、どうしたんですか? 突然?』

 初めて聞く狼狽える伊月の声に、公香は引っ叩かれたように目が覚めた。


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