出発、の前に。
「また厄介なことになりそうね…。」
まったくである。
ロシュロール殿下への手紙を出した後に住民リストを確認したが人手に余裕があるわけでもないので、とりあえずトゥコーテンさんとメロに声を掛けてみた。メロは今仕事中なので返信はないが。
病院のいつもの部屋でトゥコーテンさんに事情を話せば冒頭の台詞である。
「病院の方に余裕があれば同行していただけると助かるのですが…。」
「行きたいところではあるのだけど、今下の子達の研修中でね。住民がいっきに増えたからいざって時の為に動ける人間を増やしておきたいのよ。」
そう話す彼女の机にはマニュアルであろう資料がいくつか見える。確かにこれまでは彼女一人でもなんとか回せていたが、これからはそうもいかなくなるだろう。
残念だが箱庭の未来の為には諦めるしかない。
「分かりました。では、留守の間は父が私の代わりを務めますので、何かあればそちらに。」
「了解。メド二エに返事はしたの?もしまだなら、先にロシュロール殿下と会った方がいいと思うわ。」
「まだ殿下にしか連絡してないですが…。」
「アンタとレイルが留守中に何かあった場合、スヴェン様がある程度は対応してくれても完璧じゃないでしょ?主砲二人がいなくなるのは大幅な戦力ダウンよ。」
いや、そんな野球みたいな例えしないでほしい。確かにレイル君は戦力だが、魔術師は他にもいるわけだし。彼等も負けず劣らずの実力だし。
「殿下が滞在…しなくても、すぐに動ける状態にしておけばいくらか安心だから。」
「そうだね。彼自身もだけど、部下の人達もなかなか凄かったよ。」
夜会で一緒になったレイル君が言うなら間違いないだろう。図々しいかもしれないがお願いしてみるのもいいかもしれない。
病院を後にして役所へ戻る。因みにカイル様はここへ来る前に離脱している。フィオナ様にメド二エについて聞いてくれるそうだ。ありがたい。
「1日じゃ帰ってこれないよね?」
「視察とかもあるだろうし、最低3日はかかりそうじゃない?」
「うーん、面倒だなぁ…。」
移動はメド二エ近くの領まで転移するつもりなので心配はないが、日記にも書かれていなかった隣国からの招待は対策が練れなくて困る。家に帰ったら護身用のアイテム大量生産しようかしら。襲撃を受けて魔力枯渇したら怖いし。主にトゥコーテンさんの薬が。
「あ、サラ様丁度良かった!」
「あれ?商会長?珍しいですね、何かありましたか?」
役所に戻って最初に出迎えてくれたのはヤシュカのハドゥーク商会長だった。彼は頻繁にこちらを訪れているが、主に交易課の人間との打ち合わせがメインな為そこまで顔を見たことはない。そんな彼が私を探していたとは輸出品に不備でもあったのかな?
「少々確認したいことがございまして…ここでは…。」
言い淀む彼にやはり交易に問題が生じたと確信し、応接室に3人で向かう。役所にまで潜入してくることはないだろうけど、念の為盗聴対策をしてそれぞれ席につく。
「さて、商会長。もしかして交易の方で問題が?」
「それがメインと言いますか何とか言いますか…。…こちらは前回の交易の記録なんですが、こちらを発つ時に確認したのと向こうに到着した時に確認したのと、数量が違うんです。」
手渡された資料はつい最近の記録だった。確かに僅かだがヤシュカ到着時に減っている。主に食糧だから誰かがつまみ食いでもしたのかしら。
「私はそのやり取りの日は別件でいなかったのですが、丁度良くロシュロール殿下が市場にいらした為私の所へ報告が上がる前に調査していただけました。どうやらメドニエ国の間者が混じっていたようで。これはサラ様達へも報告せねばと私が参ったところです。殿下はもう少し調査してからこちらへおいでになると。」
メドニエ。
どうやら思った以上に大きな厄介事らしい。




