【???side】壁の花は牽制される
煌めくシャンデリアの下で繰り広げられる狸の化かし合いは見ているぶんには面白い。貴婦人が扇子の向こうで嘲笑っている会話も今は気にならない。
そもそも、彼等はある一点に集中して誰一人言葉を発していないから。
勿論、私の目もそこに釘付けである。
「カイル殿下、王妃様、本日はお招きいただきありがとうございます。サラ様がこちらに参上出来なかったこと、とても嘆いておられました。」
「レイル殿、気にしないでください。今日は存分にお話を聞かせてちょうだい。」
この夜会に唯一存在している黒。忌み嫌われるソレが正妃フィオナ様と楽しそうに喋っているからだ。
どういった繋がりかと皆が聞き耳をたてる。古くから不吉の象徴の黒であるレイルと呼ばれた男が放った【アルテナ】の単語に数名が反応したのが分かった。
瘴気の森に突如として要塞にも似た城壁が現れたのはしばらく前の話。当時からその件に関しては各領主が調査として影を送ったものの、誰一人として帰って来なかったという。最近ではスヴェン・オズマン侯爵の娘である魔女が創り出した城塞都市だと侯爵自ら口にしているのを城内で確認されている。
冷害の影響を唯一躱せたのも、娘の助言のおかげだとも。
なるほど、その知恵を借りる為にフィオナ様がこの夜会に招待したのか。
例の魔女が参加せず、代理が来たようだが。
「ほら、カイルもいらっしゃい。」
「はい。初めましてレイル殿。お会いできて光栄です。」
「こちらこそ。殿下にお会いできるなんて…。」
レイル殿とカイル殿下が引き合わされるが。
どうにもこの2人、顔の造りが似ている気がする。名前がそうだからか。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま観察を続ける。
見る限り、同じように何かを感じた人間は居ないようだ。
「!?」
それに気付いた者も恐らく居ないだろう。
急に彼等の声が聞こえなくなった。と思えばすぐにまた聞こえてくる。
しかしそれは妙にボヤけていて、よく見れば彼等のシルエットも。
(防音…からの、認識阻害…!?)
周知されているフィオナ様とカイル殿下の持つ魔法属性と照らし合わせてもそんな魔法使えないはず。ということは、レイル殿の仕業のようだ。見た目私より歳下に見える彼がレベルの高い魔法を複数同時に使うなんて。
自分の中にあった彼の黒への嫌悪がジワジワと恐怖に塗り替えられている感覚に、口元を隠していた扇子を持つ手が震える。
彼は何なのだ。王族に対してあまりにも近い距離。カイル殿下と似た顔、似た名前。
(まさか…第二「失礼。」っ!?)
気付けば俯いていた視界に誰かの足元が入ってくる。
そろそろと視線を上へ動かして、絶句した。
「初めまして。シュトング辺境伯のご令嬢でいらっしゃいますね?」
「あ…。」
「あぁ、申し訳ございません。私、城塞都市アルテナのレイルと申します。喋らなくて結構ですよ。私みたいな黒の厄介者が貴女のような素敵なご令嬢に声を掛けるのがいけないのですから。」
目の前の綺麗な顔が気持ち悪いくらいにキラキラ微笑んでいる。話し方はとても柔らかいのに、何度も繰り返し心臓にナイフを突き刺されているかのように錯覚してしまう痛い視線。
盗み聞きしているのがバレたから?そんなの、他の人間だって隠すことなくしている。
「とても熱い視線を感じたので気になってしまったのですよ。そうですね…流石の観察眼といいますか…。」
「あ、あの…。」
「あぁ、申し訳ございません。優秀な辺境伯令嬢だと先程聞きましたので。それでお願いをしに。」
お願い?
と疑問を持つと同時に顔を近付け耳元で囁く黒。傍から見れば恋人同士の戯れだと思うだろう。
しかし私はそのお願いという名の脅迫に、夜会が終わるまで壁の花に徹するしかなくなったのである。
「文武両道で優秀なシュトング辺境伯のご令嬢。正義感もあって、不測の事態には考えるより先に体が動くご令嬢。辺境伯領を荒らされたくなかったら、これから起こることに手を出さないでね?」
帰って来なかった影は全員アルテナの住人になってます。




