【???side】目を逸らし続けた金庫番の動揺
別視点って書くの難しいですよね。
「ねぇ侯爵。黒髪って、そんなに忌むべきものなのかしら?」
強烈な赤の瞳に問われ思い出したのは、自領の屋敷でひっそり暮らしている娘のことだった。
公にされることはこの先もきっとないだろうが、オズマン侯爵家には黒髪の魔術師が家系図の古い所にいる。黒く塗り潰されたそれを見たのは祖父に呼ばれて足を運んだ書斎の奥の隠し部屋だ。
何代にも渡って少しずつ魔術師の血は薄れ、他家からの血が混ざり、今ではグレーの髪なのが当たり前になったと。それでもいつ先祖返りで黒髪が産まれるか分からないから、その時はしっかり守ってやれと。
祖父がその命を散らすまで毎日のように聞かされた。父も祖父か、或いは曾祖父に言われていたのか、オズマン侯爵家は黒髪を忌避するこの国で曖昧な立場として存在していた。
そして月日が流れ。
領主となり良き妻にも恵まれ長女を授かり。
領地経営と王城での仕事の忙しさに祖父の言葉が記憶の奥にしまわれ始めた頃。
次女が産まれたのだ。
まず侍女達が悲鳴をあげ。
目覚めた妻が泣き喚き。
それはもう阿鼻叫喚だった。長女のリーナだけはまだ幼かった為周りの反応に寧ろ恐怖していたが、歳を重ねるにつれ蔑むようになったらしい。
らしい、というのは、次女のサラが産まれてから私は逃げるように王都へ移動して王城の仕事に没頭しているからだ。社交シーズンであろうとなかろうと、領地は定期的に送られてくる資料に目を通して手紙で指示を出すだけで屋敷に戻ることはなかった。
個人的にサラを蔑むことなどはありえない。
ただ、祖父の言葉を忘れていた罪悪感と、屋敷でヒステリックを起こしている妻と軟禁されているサラを見るのが怖かったから。
情けないと分かっていてもこの国ではどうすることも出来ないから。
「それは…。」
「ねぇ侯爵。貴方の所の娘さん、1人病弱なのよね?」
「…はい、次女のサラが。」
「侯爵。いつもの馬鹿を相手にする時の余裕は何処へいったのよ。」
ふふっと上品に、しかし裏があるのを隠しもしない笑顔をこちらに向けてくる彼女は、スッと一通の手紙を寄越してきた。
「私宛ですか?」
「いいえ、私のよ。サラさんから。」
「は?」
なかなかに無礼な態度をとっているが許して欲しい。当の本人はまったく気にした様子もないが。
渡されたということは自分が読んでも問題はないのだろうと、シンプルな便箋を開く。
「…っ!?」
「声を我慢したのは流石ね。」
パチンッと扇子を閉じ、こちらに歩み寄ってくる彼女。
すれ違いざまを装うようにすぐ横まできて、またそっと扇子を広げて口元を隠す。
「宰相から聞かされている瘴気の森の異変、すべて貴女の娘がやったことよ。手紙にもある通り、幽閉していた私の息子もそちらへ送ったわ。魔族との繋がりも出来て…。オズマン侯爵。分かってるわね?」
それだけを告げて私の手から手紙を抜き取った彼女は優雅に後ろへ姿を消した。
先程の手紙が事実であれば、すぐにでも領地に戻らねばならない。瘴気の森、今は城塞都市アルテナというそうだが、そこにいる娘とも会わねば。
「クソッ。そもそも第二王子が生存してるなんて…!」
送るまでは城の何処かに幽閉されてたなんて、誰が知っているかも分からない秘密を何故自分に打ち明ける?彼女は現在第一王子と共に黒髪の差別をなくす為に陛下に掛け合っているようだが。
「サラが黒髪だと知っていた…?」
そんなはずはない。あの子は屋敷からすら出してもらえてないというのに?
それとも、自分の家系に魔術師がいるのを知っている?
「駄目だ。落ち着け。まずは宰相の所だ。」
休暇をしばし貰い領地に戻らねば。幸い部下は皆優秀だ。私が抜けても仕事が滞るようなことはないだろう。
1つ深呼吸。
彼女が言った、馬鹿を相手にする時の表情を張り付け、彼女の後を追う。
きっと私が宰相の所に行くのも分かっているだろう。先回りしているに違いない。
手が震えているのは、王妃への畏怖からか。
それとも、娘へ会うことへの罪悪感からか。




