おじいちゃんは話を聞かない。
しばらく特にこれといった出来事もなく。
季節が春から夏に変わろうとしていた。
土魔法を得意とする子のおかげで作物の成長を促すことに成功、早い段階で自給自足が可能になったのはとても嬉しい。
トゥコーテンさんが奴隷商から買い取って来てくれたおかげで人口もだいぶ増え、やっと街らしくなってきたところだ。奴隷にされていた中には獣人もエルフもいたし、1人しかいなかったが魔族もいた。当初はあらゆる方面で警戒されたものの、今では一緒にランチを出来るくらいに仲良くなれた。
そんな日中の日差しが痛くなり始めた頃。
「獣人の集団?」
「はい。10名程ですが、僕が出勤した時には既に城門に居て…。城主様に会わせて欲しいと。」
図書館で文字を教えているとやって来たのは城門の警備をしてくれている獣人さんだった。
東西南北4つの城門に、今は2人ずつ獣人さん達が外とのやり取りの為に交代で駐在してくれている。
それが決まった時に各城門に設置した緊急用の転移魔法でこちらに戻ってきたのだろう。
「うーん…。見覚えは?」
「まったくないです。ただ、女性の方が1人サラさんの名前を叫んでました。」
「…。もしかして…。」
獣人で私の名前を知っているなんて、彼女しかいない。
なかなか面倒なことになるかもとため息を溢しつつ、知らせてくれた彼と共に魔法陣のある場所へ向かった。
「この度は孫がまことに申し訳なかった!!」
「はぁ…?」
もう1人が既に集団を会議室に案内しておいてくれたようで、外にギャラリーがいるというような騒ぎにはなっていなかった。
席について早々に発せられた言葉に眉間に皺が寄る。視線の先、いつか見た獣人の女性、ルーヴさんが気まずそうに縮こまっていた。その隣、大音量の謝罪をしたご老人はどうやら彼女の祖父らしい。
「いつもは五月蝿い孫が口数少なく帰ってきたから問い詰めてみたら、魔術師様の機嫌を損ねたと聞かされて儂は寿命が縮むかと…。」
「爺さん、どんだけ長生きすんだよ…。」
左隣に座る警備員(犬耳だからワンちゃんでいいか。名前はちょっと思い出せない。)の呟きに内心同意しつつ、向かいの取り乱したヨボヨボの猫耳な獣人さんを見つめる。
「本当はすぐにでも謝罪に馳せ参じたかったのですがなかなか腰の調子が良くならんで…。」
云々かんぬん。
こちらの反応も見ずひたすら弾丸トークを続けるお爺さんに既に疲れてきた。他の獣人を見ると「また始まったよ…。」的なうんざりした顔をしているのでいつものことなのだろう。
「それででしてな。償いとはいかんのですが、儂らをここで働かせてくれませんかねぇ?」
「はぁ!?何言ってるにゃ!?アタシよりよっぽど爺ちゃんの方が失礼にゃ!」
「黙らんかボケェ!!」
「っっっ!!」
突拍子もないことを言い出したお爺さんにルーヴさんが突っ込むが見事に拳骨を喰らっている。のたうち回るほどの威力って、お爺さん…まだまだ現役なのですね…。
「随分と急な話ですけど…。住人はこちらで厳選していますので。余程メリットがないとその話には頷けませんわ。」
「こう見えても儂らは商人でしてのぅ。国の最北端である山奥から定期的に下りてくるのも体が悲鳴をあげ始めましねぇ…。」
「この街は自給自足できちんと成り立ってますし、外からわざわざ取り寄せなければならない物も特には…。」
「まぁ単純に魔術師様の元に居れば安泰だと思ったのが一番なんじゃが。」
「…………。」
両サイドのイライラが伝わってくる。これがいつ殺気に変わるかとヒヤヒヤしてるのに、お爺さんは話を聞く気も止める気もないようだ。フリーダム過ぎて向こうもげんなりしてるのが見えた。
「メリットって言えるかはわからにゃいけど…。」
このまま拘束して外に放り出そうかと考え始めた時、やっと痛みが引いて席に戻ってきたルーヴさんが恐る恐る声を出す。
視線を持っていけば大袈裟に跳ねた後、覚悟を決めたのか顔を上げた。
「爺ちゃんが言ったようにアタシ達は商人だ。文字の読み書きは出来るし、計算も出来る。」
「!!」
アルテナの人口は増え、住民は朝に畑仕事を終えた後放置されていた施設で各々仕事するようになった。特に医療面においてはトゥコーテンさんがいるおかげでかなり充実している。警備体制もこうして少しずつ整ってきている。
だが、私の自由時間はなかなか増えない。
それは識字率の悪さのせいだ。
住民のほとんどが元奴隷の為に、文字を読める人間はチラホラいても書ける人間が圧倒的に少なかった。
だから私とレイル君がほぼ毎日図書館で教えているのだ。
もし彼等全員が教師となって、いまだに稼働していない学校で働いてくれたら。
家に引きこもる時間が増えてラクできるのでは?




