【???side】同色ヒーロー
「『動くな』。」
目を瞑って死を覚悟した僕の耳に届いたのは少し低めの女性の声だった。
この国、シュゼール王国で忌み嫌われる黒い髪を持って産まれた僕は、幼い頃から小さな部屋で過ごしていた。
僕のそんな狭い世界には数人の侍女と、物心ついた頃には既に顔を合わせることが無くなった母の影であるメナしかいなかった。皆優しくて僕を蔑むこともしない、どんな黒髪持ちよりも恵まれていたと思う。
特にメナは外の世界の話をよく聞かせてくれた。城下町の流行やちょっとした噂話、一番多かったのは母の話題だ。
僕には兄がいるらしい。その兄が優秀に育つように、黒髪を受け入れる世の中になるように、最善を尽くしているとか。
兄に期待が全ていってしまっていることに申し訳なさを感じつつ、姿を見せなくても母は僕の為に動いてくれていることがとても嬉しかった。
そんなある日、いつものように狭い世界で壁に埋まった棚から取り出した本と睨めっこしていると、予定外にメナの来訪があった。
「どうしたのメナ?次は2日後のはずだろう?」
「レイル様、すぐに身支度を。」
「え?どういうことだい?」
僕はここから出ることが許されない身。出たらどうなるか分かっているから出るつもりもない。それなのにメナは急かしてくる。
納得いかないまま身の回りのものを最低限詰め込むと、フードが大きめなローブを渡された。本当に外に出るつもりな彼女に不安な視線を送る。
「お母様からの指示です。説明は道中に。」
少し危ういこともありつつオズマン領手前まで辿り着いた頃、ようやくメナは説明してくれた。
母が僕の未来らしきものを予知夢で見ていたこと。その中で黒髪の魔女が、オズマン侯爵領に存在する瘴気の森を城塞都市へと作り替えていたこと。そこはどんな人間でも受け入れてもらえること。
母はその不確かな夢を信じ、黒髪の魔女が現れるのに賭けたらしい。
そして、その時がやってきたと。
「僕はその魔女の元に行くのですね。」
「そうでございます。お母様はレイル様に自由に生きて欲しいと申されておりました。」
「母上…。」
「ただ、公爵家はそれをお許しになりませんでしたけど。」
オズマン領に入ってから人目を避けるように通っていた裏路地。日も完全に落ちて視界の悪い中、メナのその一言で頭が真っ白になる。
「レイル様を幽閉しているのはご実家の公爵家にはご報告済みです。旦那様は激昂し始末せよと。」
「そんな…!母上は知っているのか!?」
「勿論ご存知ではありません。離れでの始末は疑いが私に向けられるのが必至でしたので、この時を待っておりました。」
さよなら、レイル様
その言葉と同時に駆け出した音がして、気付いた時には鈍い光を放つ刃が目の前に。
為す術のない僕は目を瞑るしかなかった。
そして冒頭に戻る。
その落ち着いた声に恐る恐る目を開けると、メナが刃物を持って飛び掛かってきた状態のまま停止している。彼女も何が起きたのか分かっていないらしく、必死に目だけで声の主を探しているようだ。
「物騒だね。死体を見るのは精神衛生上よろしくないからやめてもらいたいかな。」
後ろからの土を踏む音に振り替えると、小さな光る物体を手に此方を照らしてくる人の姿。目を凝らすと、声から女性だと思っていたが体格は子供だった。
「貴様!何者!」
「うるさい、『黙れ』。……私、この2つしか使ってなくない?まぁ便利だからいいんだけど。で、こんな所で何してたのかな?その人喋れないから、キミ、教えてくれない?」
独り言を言いながらこちらへ近付いてきた彼女は、
「っ!黒髪…!」
「ん?走ったからフードとれちゃったのか。でも、キミだって黒髪だろうに。」
彼女が手に持つ光の正体は分からないが、それによって互いの容姿がハッキリと見えるようになった。同じだねって笑った彼女は黒髪を見慣れているのか自身がそうだからか、僕を見ても驚きはしない。
まるでお伽噺の勇者のような登場をした彼女に再び尋ねられた僕は慌ててここまでの経緯を説明する。その間もメナが動き出すのではないかと恐怖だったが、視線を寄越す以外動くことはなかった。
「それで、その瘴気の森へ?」
「そうなんだ。でもこんな状況になってしまったし、この辺りの地形も何も分からないから身を隠すことも出来ない。迷惑じゃなければ近くまででいいから案内してくれないだろうか。」
死ぬまであの部屋で過ごすと思っていた僕は、知識はあれどそれを生かす程の力を持ってない。
あまりにも非力な僕に、彼女は先程よりも柔らかい、歳相応の笑顔で言った。
「勿論。ようこそ城塞都市アルテナへ。」




