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【完結】魔女の箱庭  作者: うかびぃ
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初めまして世界。


手にしていた質の良さそうなクッションを頭にぶつけられ、なんだこの世界はと疑問に思う。

正面にはピンクブラウンの髪をハーフアップにしてキラキラなドレスを纏った可愛らしい少女。ただその表情は残念なくらい歪んで醜い。



「貴女みたいな異端が居るから、私はいつまでも婚約者が出来ないまま…!殿下に話し掛けられることすらされないっ!」



対する私は黒い髪に黒い瞳。同等とは言えないがシンプルで質の良さそうなロングドレス。



なんだこのラノベみたいな世界は。

これが次に思った疑問だ。






私の名前はサラ・オズマン。オズマン侯爵家の次女で11歳。この国、シュゼール王国では忌避される黒い髪を持つ異端者。

そして恐らく転生者だ。

昔のことを思い出したにしては少々少ない記憶な気もするが、クッションが原因らしくいくつかフラッシュバックした。

名前は思い出せないが、恐らく今の名前若しくはそれに近いのだろう。転移ではなく転生と分かるのは、自分の死因が刃物による出血死だと予想がつくから。そして、ラノベみたいだと思ったのは以前の自分がそういう系統の小説をネットでよく読んでいたのと、死ぬ原因となった同じ大学の名前も知らぬ女子生徒に背中から刺された時の狂言が耳に残っているからだ。



"アタシの為に生け贄になることを誇りに思うがいいわ!"



何様だよと突っ込みを入れたい。そしてドン引きだ。

上記の考察から、目の前で私と対峙している彼女はその女子生徒であると分かる。記憶が乏しいので断言は出来ないけれど、自分が読んだことのないラノベの世界みたいだ。ただ彼女がヒロインなのは確定、私が悪役なのは決定だろう。

話の流れが分からない以上余計なことはしない方が得策な気がする。とりあえずこのまま黙っていよう。



「どうしたのそんなに悲しそうな顔をして。可愛い顔が台無しよリーナ。」



この怒りで醜く歪んだ顔をどう見たら悲しい顔に見えるのだろう。そんな残念な目を持つ彼女は私達の母親である侯爵夫人だ。夫人は私を視界に入れた途端に厳しい顔になり姉であるリーナに向き直った。



「またこの異端に何かされたのね?」

「私がもう15歳になったのに婚約者が出来ないことを馬鹿にしてきましたのっ。」

「まぁ!誰のせいだと思ってるのかしらね!」



勝手に作り上げた話で私を陥れるのは結構頻繁にあった。そしてそれを毎回信じては殺意を向ける母親。確か父親を含めこの家の住人全てが私に嫌悪の感情を向けていた。例外を除いて。

さてこのあとはどうなるのだろう。いつもなら部屋に3日程軟禁だったはずだが。



「出ていきなさい。」

「え、お母様?」

「侯爵様には私が何とでも言います。寧ろ貴女がいなくなったことであの方も喜ぶでしょう。殺してしまいたい程憎たらしいですが、万が一それがこの家の汚点になって周りの貴族に知られでもしたら、足元を見られてしまいます。」



成る程。自ら出ていったなら言い訳出来るからね。"引き留めたけど駄目でしたー"とか。しかもたかが11歳の令嬢が庇護もなく生活出来るわけない、そのまま野垂れ死にするだろうと思っているのだろう。自分達の手を汚すことなく邪魔者を始末出来ると。



部屋に戻され出ていく準備に取り掛かる。出ていけとしか言われていないから、お金に換金出来そうなものは持っていこう。あのまま放り出せば良かったのに。その辺少々頭が足りないようだ。



「本当に行ってしまわれるのですか?」



比較的動きやすいワンピースに着替え、持ち歩くのに邪魔にならない程度のトランクを引っ張り出してアクセサリー類から順に詰めていく。その作業中、背中から声を掛けてくるのは私専属の侍女、メロだ。先程の唯一の例外で私に対して友好的な彼女にはだいぶ助けられた。私がいなくなれば他の侍女から仲間外れにされることはなくなるだろう。



「行くよ。」

「いくらなんでもそれは…!」

「大丈夫。多分私は死なずに生活出来るわ。」



ヒロインである姉、悪役であろう私。その私がここで死ぬことはないだろう。恐らくストーリーは序盤。最終的には死ぬ可能性があるとしても、現段階では何かしらのおかげで生き延びるに違いない。そして姉だけかはたまたこの国か、復讐をしようとして討たれるのだろう。ヒーローは王太子である第一王子か反対勢力に担ぎ上げられている第三王子か。第二王子は数年前に亡くなられたと話題になっていたが、ラノベ的に考えてしまうと果たして本当かどうか怪しいところ。



余り詰め込んで重くなるのも移動が大変なので、ある程度の所でトランクを閉じる。振り返ればメロが泣きそうな顔でこちらを見ていた。



「貴女には本当にお世話になったわ。本当にありがとう。メロが私の姉だったらと何度思ったことか。」

「っ!私には勿体無いお言葉です。」



その後何故かドレッサー前の椅子に誘導されたかと思えば、メロはクローゼットから懐かしいものを取り出してきた。



「せめて安全な場所へ辿り着くまでは着けていてください。それしか私には出来ませんが…。」



まだ幼い頃にお忍びで街に出るために用意してもらった茶色い鬘だ。震える手で丁寧に黒髪を纏めてその上からズレないようにように被せてくれる。本当に優しい人だ。

もう一度お礼を述べて私は窓へ向かう。部屋は1階で、窓から飛び出して広い庭の隅に秘密で作った抜け穴を使って街へ繰り出していた頃を思い出す。穴はメロが通れるくらいのそれなりの大きさだが、上手いこと死角になっていて未だに気付かれていない。成長した私でも難なく通れるだろう。金目の物を持ち出す妨害をされる前に脱出しないと。



「じゃぁねメロ。元気でね。」

「…サラ様もどうかご無事で…!」



あの頃よりずっと簡単に飛び出せた窓も広い庭も大きな屋敷も、一切振り返ることなく穴から抜け出す。






こうして本日、サラ・オズマンはこの世界からいなくなったのである。


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