#167 巨鯨に追いかけ回された件
次の日、チェックアウトを済ませた俺たちは観光へ出ることにした。ただし、エミールは急用が出来たと去り、レスターさんは俺たちの輪から閉め出されて去った。あの日、奴が俺をぶん殴ったことで嫌われることになったらしい。
「まぁ、そういうことだから...ドンマイ...!」
俺は渋々彼の肩を叩いてやって、そのまま送り出した。あと、去り際にシリアンさんの挙動に気を付けるよう釘を刺された。もちろん、昨日の店の店主についてもである。
そして、俺たち6人は観光へ出かける。
言い忘れていたが、アドリアはまさに水の都で、しかも多くの宗教が聖地と設定する総本山、つまりはヴェネチアとエルサレムを合わせたような場所である。
それだけに、治めるのも「大司教」という立ち位置の現在はブレスドレイン・アドリアと呼ばれる方が担っているらしい。女性の君主で聖職者を摂政として統治を行い、皆からはその魔術の腕前から"魔の乙女"と呼ばれてるとのこと。これはあくまで、敬意を込めた通称である。
街の位置はサイクロプスの一件でお世話になったアルマとレ・ディノサウロの一件でお世話になったデルタとの間である。とは言っても、ど真ん中という訳でもなくて、結構なアルマ寄りである。
そんな街を俺たちは進み、2本ある運河の一方、東のアルバ運河でカヤック体験なるものをやっているのを見つけた。カヤックなるものは経験が無いがまぁ、面白かろうと俺たちはこの体験に申し込むこととする。
代金は1人で700コルド。俺たちはそれぞれ支払って早速、まずは漕ぎ方に付いて一通り教えてもらう。恐らく、700コルドはこの受講料も含めての値段であろう。そう考えれば、妥当なのかもしれない。
受講の後、俺はそんなことを思い、他の5人に続いてカヤックに乗る。まぁ、カヤックの基準は今俺の手にあるパドルのブレードが両端にあるか否かにあるっぽいのだが。
でも、そんなことは気にせず俺たちはそこの船着き場から出航する。ちなみに、舟の色は俺とアリシア、ルナが赤、ルチアと雅が黄色、シリアンさんが緑である。そんな6隻の舟は俺を先頭に運河を漕いでいた。
それから、しばらく漕ぐと右手に十字架を携えたこの街のギルドらしきものが見えてくる。同時に、下を見れば魚影らしき巨大な黒い何かが水面に映っているのも確認できる。
「何だ...?」
俺が小首を傾げた頃にはもう遅い。
次の瞬間、その魚影があがってきてその巨躯を水上に露にした。見たところ、その正体は鯨か何か。その勢いは大波を生み、後ろの6人を後ろへ押し流す。一方、俺のは前へ押し流されてしかも、危うく転覆しそうになる。だが、何とか堪えることに成功。
成功して、次の危機が訪れる。何と、奴がこちらへ突っ込んでくるのである。俺はただ我武者羅に左右へブレードを出して水面を進む。そんな俺へアリシアが、
「そいつは恐らくラクス・ケトゥスよっー!非公式だけど準特別指定モンスターって言われてるんだから気を付けなさいよっー!」
と叫ぶ。
「そんなのどうでも良いから、助けてく...あぁっー!?」
これに叫び返している内に奴は上から飛び込んで来て、俺は咄嗟に右へ漕ぎまくってかわす。
次の飛び込みは左にかわす。しばらくは後ろから、
「『マルチボルケーノランス』っ!」
とアリシアの詠唱だったり、
「『エンゼルレイン』っ!」
と雅の詠唱だったり、はたまた
「『マルチエナジーシュート』っ!」
とシリアンさんの詠唱だったりが聞こえて光も飛び交ったが、漕いでいる内にそんなものは消えていた。
奴が飛び込んで来れば左か右に曲がり、それ以外はただひたすらに前へ進むを繰り返す。
だが、その行く手を阻むようなこと奴は仕掛けてくる。
何と今度はさらに高く飛び上がって、水をドボドボ滴しながら俺のいる辺りにその巨大な影を落とす。 言わずもがな、真上にいるのである。
「ヤ、ヤベ...!」
俺は思わず呟いて、咄嗟にブレードを片方の水面へ深く突き刺す。船は慣性を持って進まんとし、しかし、一点が固定されているためその慣性力は回転となって出力する。
これは物理法則を利用して思い付いた方向転換法で、この時ほど物理を習っていて良かったと思ったことは一度もない。と言うか、この時以外思ったことがないと言っても過言ではない。
やがて、巨鯨は前方に飛び込んで高く飛沫を上げた。その波で俺は押し流されたが、持ちこたえて再び全力前進する。
目指すは来るときに見た巨大な水門。あそこを奴と越えて、俺だけ運河に戻る。頼れるものはもう何もないし、そうやって外の湖へ閉め出してやる他にないのである。
そして、巨鯨は俺を追いかけ回すのを再開した。




