#165 あの男にしてやられた件
やがて、俺たちの乗る馬車は温泉地に到着。俺たちは「アドリア温泉」とデカデカと書かれたアーチの右脇で馬車を降り、よさげな旅館を求めて進み始めた。
町は街頭の呈する光で明るく賑わい、その先の奥には数百メートルはありそうな山があって、こちらは闇の中に静かに佇んでいた。しかも、これが人の手が加わったのと手が加わっていないのとだと言うのだから本当に対比的である。
俺たちはやはり、その内で明るく賑わう人の手の加わった方を進んでいく。
「エミール、さっき見た『セグレト・セグレート』って店の店長なんだけどさ...。あの人もフィアマン候補者だ。」
俺は他の6人から少し距離を取って、エミールに耳打ちする。
「何?奴の名前は?」
これに彼は聞き返して来たので、
「ゲイルマン・ロファー・ストリングって言うらしい。」
と返してから、俺の推理を伝えた。
「そうか、なるほど...。シリアンとそのゲイルマン、もしそのどちらかがフィアマンならここで何か仕掛けるつもりかもしれん。警戒を続けるぞ。」
聞いたエミールはそう言葉を返す。そこへ、雅が振り向いて、
「どうしましたの、お2人とも?皆さん、もう行ってしまいましたわよ。」
と言う。俺とエミールは、
「「あ、すまん。ちょっと、考え事を...。」」
と声を揃え、彼女と3人並んで走って5人に追い付いた。
一応、陸上部だった俺が先に着いて、アリシアには
「遅いわよ、悠人。」
と言われた。俺は
「ちょっと考え事を...。」
と同じ決まり文句でこれを返した。受けて彼女に
「そう。ホントしっかりしないさいよ。ルーナが悠人のために提案してくれたんでしょ。」
と言われた。あいつの一番の目的は多分性欲食欲の処理だけどなぁ、みたいな意味を込めて俺は作り笑いで返した。当然のごとく、普通に引かれた。
そんな訳で俺たちは山の麓の「テレーノ・カルド」という旅館へ。お値段は通常部屋が1人1泊4500コルド、檜風呂付き部屋が1人1泊5000コルドと良い感じ。お高めということもあってか、大浴場や露天風呂のみならず、ジャクジー、打たせ湯、サウナ、水風呂まで完備してるとのこと。しかも、大浴場の風呂には電気風呂もあるという。
俺たちは男性陣と女性陣に別れ、部屋は一応隣通しの2部屋で、通常部屋1泊の手続きを済まして、代金をそれぞれ支払った。
今は6時頃。夕食は7時からでそれまでにまだ時間がある。俺たちはとりあえず、部屋に行って荷物を置き、早速部屋を出ていった。ここの旅館は女湯と混浴と男湯の3つがあるらしく、俺はもちろん、混浴ではなく男湯に入るつもりである。入るつもり、と言うか男湯に入ると思い止まった。
「でも、ルナなら混浴を選びそうだよな...。」
そんなことを呟きながら、隣の部屋の横を通ると、女性陣の声が聞こえてくる。どうやら、あちらはもう少し後に風呂へ行くらしい。俺は気にせず通り過ぎ、次に中央階段を降り、また次に風呂の方へ進み、最後は目の前に現れた「男」の文字の暖簾を潜った。
「それにしても、レスターの奴...なんで、奥に行ったんだ...?男湯はこっちなのに...。」
とまた呟きながら。
この時何故奴が混浴のある真ん中よりも奥にいるとことに気付けなかったのかについて、俺は後々不思議に思うこととなる。
「あれ、シリアンさんもエミールもまだ来てない...?一緒に部屋を出たはずなのに。」
中に入ってくると、俺はやはりまた呟いていた。そう、今さっき俺が出たのと同時に彼らも出ていて、服が何処かのバスケットになければならないはずである。だが、彼らの服らしきものは全く見当たらず、それどころかどのバスケットも空っぽである。
「あいつらも混浴に行ったのか...彼らも欲望を抑えきれなかったか....。気持ちはまぁ...分かる。」
男湯に入ろうとなった俺も思い止まったに過ぎないのでその気持ちは良く分かっていた。男である以上、混浴に全く興味なし!なんて言えない。言った瞬間、堅物か詐欺師のレッテルを張られることになる。俺はガラス戸を開けて、シャワーも浴びて、まずは露天風呂に浸かることにした。
それから、しばらく露天風呂に癒されていると、入り口の方から、
「初めにどれにしようかしら。」
「わたくし、露天風呂が気になりますわ。近くに清流が流れているようですしきっと、綺麗ですわよ。」
「そうですね。まずは露天風呂に行きましょう。」
と女の声3つが聞こえてきた。まさかと思って目を凝らして見てみると、そこにはありのままの姿を見せるアリシア、雅、ルチアの3人がいた。俺は顔を赤くして目を逸らす、からの咄嗟に「ブースト」を唱えて後ろの岩の裏に隠れた。
「な、何で女子がここにいるんだ...???こ、ここ女湯だぞ?」
俺は小声でそんなことを言う。そして、そこでさっき見たレスターさんがどういう奴なのかを思い出し、そう言えば彼混浴よりも奥にいたなと今更気付き、また、それらからある1つの仮定が生まれた。
それはレスターさんが暖簾にでも魔法を掛けて、俺が女湯を男湯と誤認するように仕向けたのでは?という仮定である。あの場には彼しかいなくて、しかも、間違いなく俺は「男」と書かれた暖簾を潜ったのでこの仮定でほぼ間違いはない。
「あ、あの男...後でぶん殴ってやる。」
そう拳を固く握る俺の心は怒り一色に染まっていた。
と、向こうからこんな声。
「それにしても、先程の水飛沫のような音は何でしたの?」
「確かに...波も立っていますし。しかも、あの岩に続いています。だれか、そこにいるのではないですか。」
声調と口調から見るに先のが雅で後のがルチア。が、そんなことよりも俺は、
「しまった。水の中で『ブースト』なんか使ったら、痕跡が残って、誰かがいるってことがバレちゃうじゃねぇか。」
と言うやってしまった感に苛まれていた。怒りが収まってきた時のことである。
「もしかして、誰かいる...の?」
そんなことを考えている内に、アリシアが既に横にいる。
「あ...俺の温泉旅...終わった...。」
俺は空虚な声とともに、白目も向いて絶望した。




