#164 フィアマン候補者を初確認した件
馬車の列はセコンド北東の草地を進む。
「そう言や、おとといプロートン裏の山麓で『セグレト・セグレート』って店があって、"高次元観察単眼鏡"ってのが売っててさ...。『単眼鏡が人の視能を超える!レンズを通すだけで四~十一次元の世界が見える!見える!』って切り口だったんだけど...。」
「その商品、決してお買いになられてはいけませんわよ、シリアンさん。怪しげな品の購入はお慎みあそばせ?」
「あぁ、もちろんだよ。」
「ですわよねぇ...。わたくしもそのような消費に手を出すようなことは決してありませんわ。」
笑顔で向かって話す雅とシリアンさん。
彼女とは長い付き合いだが、特にあんな風に笑顔で話し合ったという覚えはない。正統派美女がああいう顔を他人にだけ見せているのを見ると男の俺としてはやはり、羨望の念も湧かずにはいられなかった。最も、俺が彼女に心配ばかりかけているというのが大本の原因なのだろうが。
と、そこでエミールから1つ伝言が来た。それは、
『シリアンのスペルは何だ/Telepath42417-BBFOC』
との指示。どうやら、何か気になることがあるらしい。今更ながら告白すると、電話アプリを開くと何か知らんけど数字の列の下にA~Zのアルファベットが横スクロールのバーで並んでいる。このおかけでアスモデウス戦では雅のテレパスストーンへスマホへ合図を送れたのであるが、これはただただ繋がるだけのものであって、伝言を返せるものではないのである。
そこで先日、一応俺の管理者なペレセウスに電話に繋いで「Telepath Letters Messenger(略してTLMらしい)」とか言うテレパスストーンとメッセージを送受信できるアプリを俺専用で入れて貰ったのである。心に願うだけでこんなこともしてしまうのだからやっぱり彼も神様なんだなとも普通に思った。そのせいで、久方ぶりの神雷が落とされたのだが。
まぁ、そんな訳で俺は「ストレージ」から紙とペンを出して、
「あの、シリアンさん。ここにお名前を書いていただけるとありがたいんですが。珍しいお名前なので、どういう字を書くのか気になってしまいまして...。」
と嘘を付いて、2つとも彼に手渡す。それを受け取ると
「良いですよ。」
と言ってサッサッサーとサインする。文字は筆記体できわかには読みがたかったが、しばらくして「Silian Merly Fatroll」と読み取れた。俺はTLMを使ってエミールの番号へそのまま受信。
それからしばらくして、「それが本当ならシリアンはフィアマンの候補者だ」との返事が返ってきた。そう言われて、俺もアナグラムを試してみる。
まずは、フィアマンのミドルネームは除いて、ファーストネーム、ファミリーネームから洗っていく。(ax+b)(ax+c)の乗法公式において、足し算で求める一次の項からではなく、掛け算で求める定数項から求めるのと同じである。
さて、「Fiaman Trolls」はAとLがそれぞれ2つ、F、I、M、N、O、R、S、Tがそれぞれ1つで構成される。「Silian Merly Fatroll」。確かに全てある。
次に、それらを抜いて残ったLが2つ、E、I、R、Yが1つを並び替えて魔王の名前にならないかと色々書いたメモ用紙を取り出して見つける。第十代「Reilly」であった。
つまり、「Silian Merly Fatroll」で、「Fiaman Reilly Trolls」という訳だ。アナグラム説が真実なら彼は明らかにフィアマン候補者だろう。もし彼じゃなかったにしろ、警戒するに超したことはない。
これで初めてフィアマンの候補者を確認したことになる。
そして、それから数時間して馬車は巨大な湖に設けられた白な橋を渡り、いよいよアドリアの中へ。下を見れば静かな湖の闇に夕陽を反す細波だけが美しく煌めき、上を見れば穏やかな空の黄金に夕陽を纏う白雲だけが慎ましく映えている。そして、横を見れば街灯の淡い光が地面を照らす。街灯と言っても、光源は灯籠。この美しさに、雅は
「いつも綺麗ですわよねぇ...アドリア。わたくし、こちらには幾度かお邪魔したことがあるのですが、いつも綺麗な風景を見せてくれますのよ。」
と声を漏らし、シリアンさんが
「俺もいつも思う。」
と相槌を打った。
そのまま、俺たちの乗る馬車は門を潜り、街灯を過ぎては過ぎ、また道の脇の修道士さんたちを横切った。流石は水の都、大きな運河も橋で渡った。よく見る教会の十字架は夕陽を反して何となく神秘な光を呈し、たまに出張店らしきものも見るようになった。
「ほら、あれだよ...!"高次元観察単眼鏡"を売ってたのは。」
と、そこでシリアン馬車から身を乗り出し、その店に指を点した。
「お行儀が悪いですわよ、シリアンさん。人様に人差し指を向けてはなりませんの。」
雅は言いつつ、頭を傾けその店を見る。俺も吊られて振り返って見てみると、確かに「セグレト・セグレート」とある。台上には三角形の筒があって前面に店長の名前が「Gailman Lofer String(ゲイルマン・ロファー・ストリング)」であることが記されていた。
「man」と言う部分が直感に影響したのだろうか。俺はそのスペルに何だか引っ掛かるものを感じて、シリアンさんと同じ感じで1つずつ紐解いていく。
「Gailman Lofer String」。まず、ファーストネーム、ファミリーネームはクリア。残るはGが2つ、E、I、N、Rが1つずつ。何とこれらで第十二代「Reggin」を作れるではないか。
つまり、「Gailman Lofer String」で、「Fiaman Reggin Trolls」となる訳だ。
これでフィアマン候補者がまた増えた。あと、その店には例の高次元何とか鏡以外にも、"超効力魔筋板(これを付けて今日から魔筋を云々)"とか"疑似聖杯即効薬(一錠飲めば世界が変わる云々の切り口)"とかいう飛んでもネームら飛んでも切り口の胡散臭そうな商品が陳列されているのも確認した。こういうところで商売ができてるとは驚きだが、まぁ、シリアンさんがおとといプロートン裏山麓で見たというのはあれを見れば納得である。
そんな思いで俺が後ろを向いている内に、前方にはアドリア内地北区にあるアドリア温泉地が見え始めていた。
「フッ...。」
そんな温泉地の方を見つめて含み笑いをこぼす1人の男、レスターさん。確実に何か企んでいるような表情だがそもそも見ていなかった俺にはそれを知る取っ掛かりなど毛頭ないのであった。




