#13 逃げ際に嫌な思い出が思い出された件
「ア、アシダカ先輩!?」
そう。その蜘蛛は間違いなくアシダカ先輩、正式名称アシダカグモ。ゴキブリの天敵と言えるだろう。
昆虫界最速と言われる漆黒の悪魔ゴキブリ。それをも走って捉える筋繊維の集合体アシダカグモ。網などは張らず、体毛とその長い足に、8つの目。それらの筋繊維を頼りに、ゴキブリをの動きを捉える。電光石火の早業で獲物に食らいつく。その姿から軍曹とも称される巨大な蜘蛛。害虫と思われがちだが、実は益虫。前の世界で何度お世話になったことか。
ていうか、この世界にもいたんだな、おい!あの殺気から察するに、ここでもゴキブリはアシダカグモの餌らしい。俺は最後の望みをかけてそいつに話しかけた。
「いや~、先輩っじゃないっすか~!元気にしてましたか~?俺、先輩に色々お世話になったんすよね~!いや~、借りを全て返すのに、何年かかかるんすかね~!」
その望みは一瞬にして消失した。その先輩は、襲いかかってきた。俺は「ハイスピード」で第1撃をかわすことが出来た。続いて、第2撃。「ハイスピード」の効果が続いていたので、余裕でかわせた。第3撃、第4撃、第5撃と先輩は容赦なく攻撃をしてくる。俺は辛うじて全てかわすことが出来た。
「ハイスピード」が切れては唱え、切れては唱えを繰り返す。空を見れば魔力は残りわずがだった。一方の先輩は疲れる様子も無く、次々と攻撃を仕掛けてくる。断続的に俺の素早さは上がる。その末路は明確だ。死以外の何物も無い。魔力が無くなった瞬間、素早さは戻り、やがては先輩に食らいつかれる。そうなれば、一貫の終わり...。
いや、まだ勝機はある。生物とは何かしらの秘策を持っているものだ。ゴキブリの秘策とは何だったか?生命力?いや、先輩の前ではそんな物、役に立たない。食い尽くされのだから、意味を成さない。筋力?いや、浮かされれば足の筋肉など役に立たない。反発力が得られない。結局、何も見つからない。魔力が完全に無くなれば行動不能になる。これが、元人間としての厄介事、この世界の新たな住人としての理なのだ。俺はアシダカグモより上に、ゴキブリが立つことなど出来ないと分かっていた。しかし...。
「革命の時が来た!おりゃぁぁぁぁぁぁ!」
俺は諦めなかった。いや、諦めたくなかった。俺は決意し、自慢の立体起動で先輩を翻弄した。先輩はそれでも俺を捉えていた。壁に上ったり、跳んだりして、俺に食らいつこうとして来た。
その革命が失敗することはなかった。成功しなかったが、失敗はしなかった。それは、この部屋の住人のおかげだった。その人は無知だった。「一寸の虫にも五分の魂」などクソ食らえだった。益虫であるアシダカグモを玄関のスリッパで叩き潰した。即死だった。ぺちゃんこになった御遺体は地面に落下し、そこには緑色のシミだけが残った。
そして、次の標的は俺だった。その人は、
「『アポート』っ!」
と唱えた。その手には殺虫剤が現れる。明らかにヤバい方の奴だ。虫にとって殺虫剤にヤバい、ヤバくないの区別は無いのかもしれない。だが、あれは前の世界で使っていた殺虫剤の中でも強烈な方の奴だ。本能的に分かる。その先から、シュゥゥゥッッッーーー!と音が鳴って、霧が飛んでくる。どこか懐かしい臭いがした。悪い意味で。あの臭いは、本当に嫌いだった。それは俺を直撃した。
魔力が減り動きが鈍くなっている俺。さらに、殺虫剤をぶっかけられた同じく俺。泣きっ面に蜂とは、まさにこのことだと思った。しかし、まだ辛うじて動けた。俺はここに入る時に使っていたくぐった隙間を目指した。
「ぶっかけられた」と言う表現は少し卑猥な気もするが、気にした方の負けだ。気にした方が卑猥なのだ。俺の頭の中には、ただの聞き間違いで赤っ恥を掻いたことしかなかった。それも、他人の聞き間違いだった。いつも、卑猥なことを考えているド変態野郎たちの聞き間違いだったのだ。俺が変態だということを、自分で否定 するつもりはない。ただ、「ド」がつく程、変態では無いと言うことだ。あいつらと違って。
高校1年の最初の美術の授業。俺たち、新入生の画力を見るために、課題が出された。それは、ロケットをデッサンで書くという簡単な内容だった。俺の美術の担任は、やはり絵が上手かったのだが、適当な時はとことん適当だった。それは、一日目から察していた。先生はチョークでロケットを描いた。まず、形を取ってから、陰影をつけるだと指示された。
そして、ロケットの方を取り終えた所で、クラスの男子がニヤニヤと笑った。おまけに、一部の女子までもが男子と同じ笑みを浮かべていた。しかし、俺はニヤニヤなど出来なかった。先生は、
「どうしたんですか?」
その顔を見るに、満更でも無い様子だった。当たり前のことである。
その絵はかなり適当で、デフォフメし過ぎていた。その適当さに、
「適当やん!」
とツッコミを入れただけだった。それなのにあいつらは、「適当」を「亀頭」だと聞き間違えて、
その後も、
「亀頭やん!亀頭やん!亀頭やん!」
と、散々俺をバカにした。それは、夏休みまで続いた。本当にあいつらはゴミ同然だ。
「全く男子って奴は...。」
俺は、自分もその男子に含まれているかもしれないことを棚に挙げて、女子のようなことを言っていた。
と、嫌な思い出を全て思い出してしまった俺は怒り心頭で外へ出た。思い出すだけで、虫酸が走る。俺は、苦虫を噛み潰したような気持ちで外へ出た。何よりも、自分の不幸さが恨みがましかった。
俺の穏やかではない気分とは裏腹に、優しい日光が街を照らしていた。その空を見上げれば、体力は残り1/4程であることが見て取れた。それに、相変わらずの幸運指数1。
「不幸だ...。」
結局、俺は悲観してしまっていた。




