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TRASH WORLD  作者: Futahiro Tada
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TRASH WORLD

 通常、トラッシュワールドには、食べ物なんてない。全体が灰色の空間に包まれて、戦闘を行う以外、何もするべきことはない。そんな冷たい場所なのだ。そんなトラッシュワールドの中に、リンゴの木がある時点で、不可思議な話であると感じられた。

「場所は覚えているかい? リンゴの木を食べたという」

 と、緑は言った。

 思い返すように、悠馬は黙り込む。

 あの日は確か、幼稚園の帰り道だったはずだ。帰り道にある公園で突如、トラッシュワールドに巻き込まれたのだ。あの公園は、確か、今自分がいるこの場所だ。梨々花と共に、狩りをする待ち合わせの場所。そこが昔トラッシュワールドに巻き込まれた場所であるのだ。

「ここです。この公園なんです」

 と、悠馬は答える。 

 灰色の空を見つめながら、記憶を反芻させる。記憶の中では、リンゴの木があったはずであるが、今、ここにはそんなものはない。もともと、トラッシュワールドは、通常の世界と瓜二つの世界であるから、通常の世界にあるものが、形成されたトラッシュワールドの中にも現れるはずなのだ。

 けれど、この公園の中にリンゴの木などない。

 あれは、夢や幻だったのか? それでも、あの酸っぱいリンゴの味が忘れられない。決して夢や幻ではなく、事実として悠馬の記憶の中に存在している。記憶が間違っているのか、それとも、リンゴの木がどこかに消えてしまったのか?

 それだけは悠馬には分からなかった。

 ただ、漠然と記憶の片隅に、リンゴの味が存在している。

「君と絶対少女は」と、緑が告げる。あくまでも真剣に。「アダムとイブなのかもしれない」

「どういう意味ですか?」

 と、悠馬。アダムとイブというのは、聖書に出てくる、あの有名な物語の主人公たちか?

 蛇に惑わされ、禁断の果実を口にしたがゆえに、楽園を追放される。

 そんな馬鹿な話があってたまるか。いくら自分にウィディアンとして素質があるとしても、アダムとなると、話は飛躍しすぎである。それに、どう考えても、このトラッシュワールドという世界が、楽園であるとは思えないのだ。

 灰色の閉ざされた空間。決して楽園とは呼べない、負の遺産のような場所。それがトラッシュワールドだ。そんな世界のアダムにされてしまっても、困惑するだけで、何のメリットもない。そう、何もないのだ。

 しかし、緑はそう考えてはいないようであった。ただ、悠馬を見つめ取りなすように告げる。

「簡単さ。この世界での鍵を握る存在。それが君とイブの絶対少女だ。きっと、ルルドを倒すための秘訣が隠されているはずだ。君の持つ魔法、あの電撃には、闘神の魂を打ち砕く力が内包されている。イブにも闘神を攻略するための、何か秘密めいたものがあるのだろう」

「僕は一体何者なんです? 僕がアダムなんて信じられるわけない」

「その謎を解き明かすために、闘神と戦うんだ。ルルドを倒せば、その先にきっと答えは待っている。協力してくれるね?」

 と、緑は念を押すように告げた。

 もう、協力するしかないのであろうか?

 このまま平穏無事に暮らせないのか? 否、多分できる。トラッシュワールドを捨てれば元の生活戻る。でも、それでは父である修の魂は一生戻らない。

 修を蘇らせるためには、何とかしてこの場で踏ん張って、トラッシュワールドを相対さなければならないのだ。そのために緑に協力するのは、半ば仕方のない。

「分かったよ」

 と、悠馬は言った。「協力する。だから、魂を返してくれないか?」

 すると、緑はスッと笑みを作りながら、

「交渉成立だね。じゃあ、君に魂を渡そう」

 と、良い、闘神トゥトゥリスが持っている魂をすべて悠馬のカンテラの中に入れた。これで合計四十七の魂が悠馬の手の中に入ったわけだ。これを梨々花に返すから、闘神の第二闘神との戦闘はまだ先になるが、それでも、そう遠くない未来に戦闘は行われる。

 今回は緑がいるから、ある程度の攻略方法は掴める。しかし、絶対に勝てるという保証はない。場合によっては死ぬかもしれないのだから。

 そんな中、緑が口を開いた。

「五〇体の魂を集めると、次の闘神マルハザードが現れる。一人で倒すのは恐らく不可能だろう。よって、四十九体の魂を集めて時点で僕に連絡をくれ。それまでは自由に行動しよう。まずは魂を集めるのが先決だからね」

「分かったよ。でもマルハザードを倒せる保証はあるのか?」

「僕は一度大いなる騎士団のメンバーとして、マルハザードを攻略している。君も知っているだろうが、マルハザードにはコアが二つある。それを同時に破壊するのが重要なんだ。そのためには、仲間は多い方が良い」

「僕と梨々花、そして緑。ねぇ。この付近には、僕ら以外のトランサーはいないの?」

「この付近にはいないよ。そもそもね、トランサーになるのはかなり難しいんだ」

「デスレイヤーになり、トランサーを倒さなければならない」

「そう。でも、通常デスレイヤーは、それほど高い能力を持たない。だから、通常の戦闘ではトランサーには打ち勝てないんだ。故に、高い強運と、恵まれた素質が必要不可欠になる」

「君も梨々花も、元はデスレイヤーだった。だけど生き残った」

「そう。もう、遠い昔の話だけどね。君は今、青の意思を継ぎ、トランサーになった。彼にも蘇らせたい大切な魂があった。だが、それは志半ばで敗れ去る。その無念を晴らしてほしい」

「緑、君にも、救いたい魂があるんだろう?」

 すると、緑は遠い絵をしながら、灰色の空に視線を注いだ。

「そう。僕にも救いたい魂がある。絶対に救わなくてはならないんだ」

「僕も、父さんを救いたい」

「それならば、共に闘神ルルドを倒すんだ。それしかない」

 二人は固く頷きあった。

 こうして、同盟は結ばれた。梨々花のいないところで。しかし、悠馬には自信があった。魂が帰ってくれば、きっと梨々花もこの同盟に賛同してくれるであろう。それよりか、元気を取り戻してくれるはずだ。

 トラッシュワールドから解放されると、悠馬はその足で梨々花へ連絡した。

 スマートフォンを持つ手が、興奮からか少しだけ震えている。梨々花はすぐに電話に出た。しかし、声は鬱屈としており、覇気が感じられない。

「梨々花か?」

 と、悠馬は言った。「話したいんだ。これから会えないかな?」

「話したい?」

 と、梨々花は繰り返す。梨々花にも何か言いたいことがあるようであった。それでも、その場では何も言わなかった。

 二人は悠馬がいる公園で一〇分後に待ち合わせをし、悠馬は公園の噴水前のベンチで一人座り込んでいた。今日、一気に話が動いた。また最初から魂の集め直しかと思われたが、そうではないようだ。事実、魂はすべて取り戻したのだから。

 梨々花は一〇分後現れた。

 既に制服ではなく、部屋着のスウェット上下の恰好をしている。今まで眠っていたのだろうか?

「大丈夫か?」

 梨々花が来るなり、悠馬はそう言った。

 けれど、梨々花は疲れた表情をするだけで、全体的にやる気が感じられない。やはり、魂をすべて奪われたのがショックだったのだろうか?

「大丈夫よ」と、梨々花。「それで話って何?」

「魂をすべて取り戻した。だから安心してほしい」

「へぇ」

 てっきり驚くかと思っていたが、梨々花は特に感心したようには見えず、ただ、漠然と呟いただけであった。

「どうしたんだよ?」と、悠馬が言うと、梨々花はため息をつきながら、答えた。

「もう、良いのよ」

「良いって何が?」

「魂を集めることよ」

「は? 何言ってんだよ。あと少しじゃないか。それに緑が協力してくれるんだよ。それに、トゥトゥリスはあいつが倒した。だから、次の闘神はマルハザードだ。それに向けて、準備をしよう」

「だから、もう良いのよ。私はトラッシュワールドへ行くのを止めたわ」

 一体、何を言っているのだろう。

 この急激な変身はなぜなのか? 謎に包まれ、悠馬を一々刺激する。あれだけやる気があった梨々花が、こんなにも急に考えを変えるはずがない。となると、何かあったのだ。

 悠馬と学校で別れ、自宅へ帰り、今こうして会うまでの些細な時間に。

 何があったというのだろう。考えても埒が明かないが、悠馬は懸命に考えていた。梨々花はどこかマキャベリズムに近い考えがあった。目的のためには手段を選ばないのだ。だから、平気で悠馬を利用するのだ。それを心の片隅で、悠馬は感じ取っていた。

 それがこんなにも急に萎んでしまうのだから、人の心とは恐ろしいし、不思議である。梨々花は立っているのを止め、悠馬の隣にちょこんと座り込んだ。

「魂を集めるのを止めたのか?」

 と、恐る恐る悠馬は尋ねた。

 梨々花は「うん」と頷くと、再び嘆息し、

「もう良いのよ」

 とだけ絞り出すように答えた。

「理由を教えてくれよ。納得できないよ」

「……。もし仮に、魂を集めても意味がないとしたらどうする?」

「意味がない。六十六個集めれば、魂は復活するんだろ。そう言っていたじゃないか」

「それが間違いだとしたら」

「ちょっと待ってくれ。そもそも、トランサーたちは、どうして六十六の魂を集めているんだ? それは魂を復活させるためだろ。どうしてその事実を知ったんだ?」

「古からの伝え。トランサーになると何となく察するのよ。悠馬、君もトランサーだから、何となく分かるでしょ。魂の意味が」

 そう問われ、悠馬は一人自問自答をする。

 確かに、魂を六十六体集めると、一体の魂が復活するというのは、誰が最初に言ったのかは分からない。だけど、トランサーの遺伝子にインプットされているかのように、それが事実であると認識してしまう。

 だから根拠などはない。人が生きるために食べることと同義だ。

 トランサーとして生きるために、魂を集める。そして、その先に、魂の再生があるのだ。これだけはどんなトランサーであっても知る最初の事実なのである。

 なのに、梨々花はその根底を覆そうとしている。つまり、六十六体の魂を集めても、一体の魂が蘇らない。と、どういうわけか考えているのだ。今まで頑なに戦闘を繰り返していた梨々花が、こんなにも急に考えを変える時点で少しおかしな話だ。

 やはり、裏には何かが隠されている。

「誰に言われたんだ?」

 と、悠馬は真剣に聞いた。

 ここまで来て、諦めるのは愚の骨頂であると感じたからだ。諦めてほしくない。一緒に闘神ルルドを倒そうと言ってほしかった。

 仮に、ここで梨々花が先頭から身を引けば、梨々花と悠馬を繋ぎ止めておくものは何もなくなる。また、元の他人同士の関係性に逆戻りしてしまうだろう。それは絶対に嫌であった。何としても、……、否、少なくともルルドを倒すまでは、梨々花と一緒に居たいと考えていた。

 悠馬のそんな考えを見抜いているのか? あるいは、全く知らないのか? それを察せられなかったが、悠馬は懸命に梨々花を説得した。

 それでも梨々花は首を上下に振ろうとはしない。ただ、神妙に一点を見つめ、悔しそうに歯を食いしばるだけである。

「答えてくれよ」

 と、悠馬は項垂れる。

 それと同時に、この梨々花の変身の背後に潜む、可能性について考えていた。

 考えられるのは、トゥトゥリスとの戦闘、そして敗北。それ以外には……。

 一体何が隠されているというのだろう。しかし、悠馬はある点に気が付いた。それは絶対少女という少女の存在だ。ルルドを倒すため……、否、このトラッシュワールドの鍵を握ると言っても過言ではない少女の存在。それが、梨々花を変えたのではないか?

 梨々花は悠馬が緑と会っている間に、絶対少女に接触したのではないか。果たしてどこで接触したのであろうか?

「絶対少女を見つけたのか?」

 悠馬は核心をついた。

 その質問は確かに梨々花の心に届いた。

「うん」

 と、梨々花は小さく答えた。

「どこで会ったんだ?」

「家で」

 家に来た? つまり知り合いなのだろうか?

「もしかして、その絶対少女というのは、美沙じゃないのか?」

 梨々花の身体少しだけ震えた。分かりやすい変化である。やはり美沙が関係しているのであろうか?

「美沙が絶対少女なんだな?」 

 ……。

 沈黙があった。

 そして、その沈黙こそ、答えであるように思えた。

 その時、不意に後方から声が聞こえてきた。

「その通りよ」 

 美沙の声である。

 悠馬は勢いよく振り返った。その先には、美沙の姿がある。しかし、通常の美沙とは少し違うような気がした。全身から禍々しいオーラが感じ取れるのである。

「み、美沙。どういうことなんだよ」

 と、悠馬が聞くと、それを受けた美沙が答える。

「正直に教えてあげたのよ」

「何を教えたんだ?」

「魂の行方」

「意味が分からん。どういうことなんだ?」

「簡単よ。知屋城さんの探している魂は、お母さんの魂なの。でもね、その魂は、既に存在しない。なぜならルルドが使ってしまったから」

「ルルドが使った?」

 と、悠馬はオウム返しに呟いた。

 ルルドが使ったというと、それはルルドが別の闘神の闘神、トゥトゥリスとマルハザードの肉体を蘇らせたということだ。

「使った魂は、二度と戻らない。その事実を教えてあげたのよ」

 それは、非常に酷な告白である。

 梨々花が確固たる目的ために、魂を蒐集していたのは悠馬も知っている。同時にそのあくなき情熱も。

「美沙。どうしてお前がそれを知っているんだ?」

 悠馬は美沙に詰め寄って言った。美沙は、悠馬の手をありえない力で握りしめると、次のように言った。

「目的のため」

 苦痛に顔を歪めながら、悠馬は答える。

「目的? なんだそれ?」

「トラッシュワールドを、この世界に顕現させる。それが余の目的」

 急に一人称が変わり、声質も美沙のものから、男性の声へと変わった。

 何が起きている?

「み、美沙?」

 と、悠馬は絞り出すように言う。

 完全に声は美沙ではなくなっている。それを梨々花も感じているのであろう。ただ漠然と美沙に対して視線を送っている。

 突如、声質の変わった美沙。絶対少女である彼女の身に何が起きているというのだろうか?

「余はルルド。必ずこの世界を手にしてみせる。そのために、この少女の体を利用させてもらおう」

 と、美沙に扮した声は言う。

 ルルド。つまり、闘神の第三闘神。そんな闘神がなぜ、この場に現れたのだろう。宣戦布告か? 決戦の時は近いのだろうか?

 やがて、美沙はその場から消えてしまった。どこへ行ったのかは分からない。

 翌日――。

 学校へ行くと、美沙は学校へは来なかった。というよりも、この世界から姿を消してしまったのである。悠馬と梨々花以外、誰も美沙の存在を知らなかったのだ。闘神ルルドによって体を支配されてしまったため、美沙はこの世界の人間でなくなってしまったのだろうか?

 放課後になり、悠馬は梨々花と共に、学校の屋上で今度のことについて話し合っていた。

「本当に、トラッシュワールドに行かないんだな」

 と、悠馬は覚悟を持って聞いた。

 このまま梨々花がフェードアウトしてしまうのに、危機感を覚えていたのである。それでも梨々花は何とか残った精神を振り絞りながら、

「うん、もう良いのよ」

 と、告げた。

 心が真っ二つに折れてしまったかのようである。どうしたら、この窮地から救えるのであろうか?

 ルルドの話では、ルルド自身が闘神を蘇らせたため、その結果、大量の魂が消費されてしまったとのことであった。その中に、梨々花の母親の魂もあった。一度消費された魂は二度と戻らないから、母親の魂を取り戻せなくなってしまったらしい。

 魂を消費された。

 それが真実であるならば、悠馬だって急がなければならない。修の魂が利用される前に、なんとかして、救わなければならないのだから。

「ルルドの言葉を信じるのか?」

 と、悠馬は梨々花の肩を抱き、横に振りながら言った。

 梨々花はされるがままに、ゆらゆらと体を動かすと、ただ徐に、

「だって闘神が蘇ったのは事実じゃないの」

 と、答える。

「そ、それはそうだけど、あいつが嘘をついているかもしれない」

「どうしてそんな嘘をつくのよ。わざわざ美沙の体を乗っ取ってまで、私に言う必要はないわ」

「とにかく、まだ希望を捨てるわけにはいかないよ。最後まで諦めちゃだめだ。きっと、ルルドを倒せれば、お母さんの魂を取り戻せるよ」

 それでも梨々花は首を上下には振らなかった。ただ、胡乱な目つきで悠馬を見つめるだけである。完全にトラッシュワールドから頭が離れてしまった。それだけは変えようのない事実であろう。

 これ以上、何を言っても無駄なのかもしれない。

 結局、その日の狩りは悠馬一人で行った。現在四十七体の魂を持っているが、この日は二体の魂を蒐集できた。つまり、四十九体。後一体で五〇体になる、マルハザードとの決戦が近い。

 悠馬は緑に連絡した。

 また別の日、緑と悠馬はトラッシュワールドで再会する。

「なるほど」

 と、緑はトラッシュワールドの中の公園で、そう言った。

 今、悠馬と緑は公園内のベンチで座り込んでいる。

 梨々花が戦闘に参加しなくなってしまったため、悠馬の抱えている魂の数が多くなり、マルハザードとの戦闘が迫っているのである。

「梨々花はもうダメかもしれません」

 と、悠馬は答える。

「リタイアってことかい?」

 と、緑。

 リタイアしてしまった梨々花。

 彼女を取り戻すには、一体何をすれば一番良いのであろうか?

 考えるのはそればかりであった。

 梨々花を再び、戦闘に参加させるためには、目標となるものがなければだめだろう。しかし、母の魂以上に、的確な目標となるものは何も考えられそうになかった。

「ルルドが美沙と言う少女を乗っ取ったのは間違いないんだね?」

 と、確認する緑。

 それは事実である。

「そうです」と、悠馬。「闘神ルルドは確かに美沙の体を通して、この世界に現れたんです」

「それでこの世界を手に入れると言ったわけか。しかし、どうやってこの世界を手に入れるというのだろうか。不思議な話だ。トラッシュワールドにしか存在できない闘神が、この世界に現れる。そうなればこの世はパニックになる」

「はぁ、まぁそれはそうなんですけど、可能なんですか?」

「やはり、美沙という少女がカギを握っているのは間違いないようだね。絶対少女の存在が、きっと闘神にとっても必要なんだ。それに次なる可能性を秘めている」

「どんな可能性ですか?」

「美沙と言う少女がカギを握っているから、闘神は先に手を打った。つまり、僕らが美沙と接触し、何らかの力を手に入れる前に、美沙を利用し、その手を封じたのさ」

「美沙にどんな力が隠されているんだろう」

 それは、誰にも分からなかった。ただ一つ言えるのは、美沙が絶対少女であり、重要なカギを握っているということ。しかし、敵側に奪われてしまったため、それを奪還する必要があるだろう。

「今はマルハザードを倒そう。今日、狩りを行う」

 と、強い決意を持って緑は言った。

 マルハザードとの戦い。

 その戦闘に梨々花の存在はない。果たして、緑と二人だけで打ち勝てるのだろうか?

 午後五時――。

 悠馬と緑は狩りを開始した。

 公園内には一つの魂があった。つまり、デスレイヤーがいたのである。その魂を悠馬は心を鬼として奪った。都合、五〇体の魂が集まった。

 前回、三〇体集まったときに、闘神トゥトゥリスは直ぐに現れた。それと同じことが、今回も発生したのである。

 地割れのような音が聞こえてくると、前方から巨大な闘神が顔を出した。

 トゥトゥリスとは違う。全体的に細身の体躯であり、背中に大きな白き翼を持っている。

「あ、あれがマルハザード」

 超巨大な天使。

 そう、形容できるかもしれない。

 戦闘の時は近い。

 緑はサーベルを顕現させ、臨戦態勢に入る。

「前にも言ったけど、マルハザードにはコアが二つある。頭と心臓部だ。どちらも固い骨に守られているから、まずはその骨を打ち砕かなければならない。悠馬、君は電撃で僕を援護してほしい」

 と、緑は作戦を話した。

 悠馬は頷くと、マルハザードが巨大な雄叫びを上げ、僕らに向かって襲い掛かって来た。忽ち、トラッシュワールドは戦闘状態に入る。

 緑はしなやかに体を動かすと、マルハザードの突進を、マタドールのように交わし、的確に一撃を放つ。サーベルがマルハザードの堅い皮膚を僅かであるが傷つける。それでも、マルハザードにはほとんどダメージはないだろう。

 マルハザードは「ぐぉぉぉぉ」と、巨大な地割れのような声を上げると、口から光線を放った。

 瞬く間に、辺りは閃光に包まれる。

 かなりの熱量を感じる。悠馬は後方に下がり、イーグルショットを放つ。使えるイーグルショットは五回まで。つまり、あまり多くないのだ。使う状況を考えないと、戦闘に敗北することは必至である。

 悠馬のイーグルショットが、マルハザードの心臓部に直撃する。すると、マルハザードのコアが体外に噴出してくる。それも固い心臓骨に守られているため、コアを破壊したわけではなかった。

「悠馬、脳内にもイーグルショットを放つんだ」

 宙を舞いながら、緑は告げる。緑は得意のサーベルを使い、固い闘神の体を切り刻んでいく。流れるような所作で、一気にマルハザードの右腕を切り飛ばした。

 忽ち大量の赤い鮮血が流れる。

 その血を浴びながら、緑は尚も攻撃を重ねる。心臓骨を攻撃し、その硬い殻を打ち破る。しかし、心臓のコアを潰しても、マルハザードは停止しなかった。まだ脳の部分にコアが残っているである。

 素早くイーグルショットを使おうする悠馬であったが、事態はありえない方向へ進む。なんと、マルハザードの肉体が、DVDを逆再生しているかのように、みるみると再生したのである。

 この再生の話は青から聞いていたから知っていたが、いざ目の当たりにすると、不可解な現象であると思えた。

 再生したマルハザードは、強烈な雄叫び上げ、空高く舞うと、両腕を大きく広げ、巨大な光球を作り、それを悠馬と緑に向かって放った。

 強烈な閃光弾が、悠馬は緑に向かって降り注ぐ。

 降り注いだ攻撃を、緑は難なく交わし、悠馬も避けていく。光球はかなりの熱量があるようで、地面を溶かしていく。あれが直撃したら、肉体はひとたまりもないだろう。なんとしてでも避けなければならない。

 残りのイーグルショットは四発。しかし、仮に攻撃をしたとしても、コアを二カ所同時に潰さなければならない。そうしないと、瞬く間に再生してしまうのだ。

「緑、二カ所のコアを同時に攻撃できるのか?」

 と、叫ぶ悠馬。

 光球の攻撃を華麗に交わしながら、緑は答える。

「二カ所か……、難しいな。しかし、やるしかないだろう」

「今度は、頭を胸にイーグルショットを放つ。コアの破壊は頼む!」

「また、面倒を押し付けるね、まぁ仕方ない」

 緑は、悠馬の攻撃に合わせ、一旦地面に着地すると、再び勢いよく飛翔した。

 その間、悠馬は呪文を唱え、二発のイーグルショットを放つ!

 二つの稲妻が、マルハザードに直撃する。

「ギュルギュルギュ」

 と、何かが破裂するような音が聞こえ、やがてマルハザードのコアが浮き出してくる。出てきたコアは二つ。頭と心臓である。

 それを確認した緑は、魂を一つ使い、武器を新たに顕現させる。片手にはサーベル。もう一つの手には、拳銃のようなものを生み出し、それを発砲した。サーベルでの一撃が、心臓骨を砕き、コアを露出させる。

 その後、拳銃で貫いた頭蓋骨の中からコアは浮き出てくる。どちらも青色の魂である。やはり、悠馬のウィディアンとしての力は、対闘神としては、かなり有効的のようである。確実にコアを体外に表出させられ、後は攻撃をするだけになる。

 緑はサーベルで心臓のコアを一気に破壊すると、次は、脳のコアへ攻撃を移す。それでも、マルハザードはただでは脳のコアを破壊させない。再び雄叫びを上げると、光球を先ほどの倍生み出し、それを嵐のように振り回す。

 あの攻撃を食らえば、ひとたまりもない。それは緑も分かっている。それゆえに、緑は一旦距離を置いた。ある程度離れたところから、拳銃で脳のコアを狙う。まさに直撃か? と言ったところで、コアが突如、骨のような骨格に守られ拳銃の攻撃を跳ね飛ばした。

「やはり無理か、同時に攻撃しなければならないようだ」

 と、緑が悔しそうに言う。

 残りのイーグルショットは二発。もう失敗はできない。同時に叩くためにはもう一人、使い手がいる。つまりトランサーがもう一人必要なのだ。その存在こそ梨々花だ。梨々花がいなければ、この戦闘を勝利で収めるのは難しいだろう。


          *


 悠馬と緑の二人が激しい死闘を演じている最中、梨々花はトラッシュワールドの中にいた。何となく、悠馬が気になったのである。いくら、自分の目的が撃ち敗れてしまったとしても、近くで戦っている人間がいる事実が、梨々花の心に火を点けたのである。

 それでもショックは隠せない。何しろ、梨々花にとって、母親の魂は生きる目的のすべてだったのだから。梨々花の頭上で、火花が散っている。激しい戦闘が行われているのだろう。

 戦闘を見る限り、闘神マルハザードが現れたようである。同時に、光球の残骸が梨々花の前まで降り注いできた。いっそのこと、これに直撃し、死んでしまった方が楽になるように思えた。

 早く楽になりたい。死ねば母親に会えるような気がしていたのだ。それがたとえ間違った選択だとしても、梨々花は死に身を委ねたかった。

 梨々花がぼんやりと歩いていると、前方に赤焼けた光が見える。それはマルハザードが放った光球の残骸だ。どうやらこの光球は人間の魂が利用されているようである。

「魂か……」

 と、梨々花が呟いた時、ふと声が聞こえた。

「梨々花」

 その声は、梨々花が必死に求めていた声であった。つまり、母の声である。

「お、お母さん?」

「聞こえるのね。良かったわ。梨々花が私の為に、必死に魂を集めていたのは知っています。でもね、梨々花。あなたは大切なことを忘れているわ?」

「大切なこと?」

「そう。それは人を思いやる気持ち。人を信じるという気持ち。あなたは私の魂を復活させるために、手段を選ばず、行動をしてきた。でもね、それじゃダメなのよ」

「どうして、私はただ、お母さんを蘇らせたいだけなのに……」

「人の血で濡れた魂で蘇っても、私は嬉しくはない。それにあなたには、あなたを信じて戦っている人たちの為に、もう一度立ち上がってほしいの」

「でも、お母さんはもう元には戻らない」

「えぇ。だけど、それは仕方のないのよ。人は死んだら蘇らない。それは事実よ」

「じゃあ、トランサーって何なの? なぜ、魂を集めるの?」

「闘神に利用されているのよ。闘神は人の魂を食らう。それを英気にして、活動力にしている。近い将来、トラッシュワールドを通常世界を融合させようとしている。それだけは避けなければならない」

「じゃあ、私たちトランサーは騙されていたの? 魂の復活なんて本当はありえない話なの?」

「魂の復活は、本来はないのよ。どんなにトランサーが頑張って魂を集めても、それを闘神が奪ってしまう。闘神は魂を利用して、人間界を手に入れようとしているの。梨々花、それを止めるのは、あなたたちしかない。既に、鍵となる少女は、闘神側に奪われてしまった。残っているのはウィディアンの少年。彼の為にもう一度立ち上って」

 と、母は言った。

 梨々花はあまりの展開についていけなかった。しかし、これだけは言える。今闘神を止めないと、世界は滅茶苦茶になるということだろう。トラッシュワールドにしか存在しない闘神が、この人間界にやってくればどうなるか、それは火を見るよりも明らかである。

 同時に、なぜ、今ここで母の魂が顕現されたのか? そこに何か理由があるように思えた。何しろ、母がここまでトラッシュワールドの内情に詳しいわけないのだから。理由として考えられるのは?

「お母さん。どうして知っているの?」

 と、梨々花は素朴な疑問を尋ねた。

 しばしの沈黙があった後、母は答えた。

「美沙さんに会ったのよ」

 驚きながら、梨々花は答える。

「美沙に。どういうこと?」

「絶対少女である彼女には、人の魂と交信する力があるの。それを使い、私はすべての話を聞き、消える前にもう一度、あなたの前までやってきた」

「お母さん、消えちゃうの?」

「そう、もうすぐね。だけど、心配しないで。私はいつだってあなたのそばにいる。それを忘れないで。そして、あなたを信じている人たちのため、もう一度立ち上がって」

 そう言うと、母の魂がフッと燃え尽きた。

 それきり二度と声は聞こえない。だけど胸の奥に、確か母の魂が刻み込まれたような気がした。梨々花は立ち上がり、悠馬の許へ向かった――。


          *


 戦闘は依然として繰り広げられている。

 二点のコアを同時に攻撃しないとならない関係上、悠馬と緑は徐々に疲弊し、追い詰められていった。

 ウィディアンである悠馬は、基本的に魔力に大きく戦闘力を依存しているので、魔法を使わなければ、ただの人に成り下がってしまう。緑のような体術もなければ、梨々花のような攻撃力があるわけでもない。

 故に、悠馬は追い詰められていた。降り注ぐ、光球を避けきれず、彼は足を取られ、地面に転んでしまった。光球はすぐそばまで迫っている。直撃はもう免れない。

 しかしそんな中、救いの手が現れる。

 見慣れた大剣が、光球を一刀両断して切り裂いた。

「り、梨々花?」

 と、困惑しながら悠馬が言った。

 梨々花は大剣を振るい、怒涛に降り注ぐ、光球の攻撃をすべて切り落とす。

 そして、

「大丈夫だった?」

 と、一言告げる。「ってあんまり大丈夫じゃないか」

「梨々花こそ、大丈夫なのか?」

「えぇ。それにすべてを知ったのよ」

「すべてを? それってどういうこと」

「詳しくは後でね。今はこのマルハザードを倒しましょう。悠馬、イーグルショットは後何発使えるの?」

「二発」

「じゃあ、それで心臓部を攻撃しなさい。コアを破壊するのは私と緑が行う。良いわね、緑?」

 梨々花が、空に向かって尋ねると、それを聞いていた緑が「それで構わない」と声を上げる。どうやら作戦は決まったようである。作戦と言っても、悠馬がイーグルショットを行い、浮き出たコアを梨々花と緑が同時に攻撃するという、大変シンプルなものだ。

 三人のトランサーが協力し合い、今、闘神マルハザードを攻略しようとしている。

 悠馬の両手からイーグルショットが放たれる。それは野獣のごとく、マルハザードに直撃する、マルハザードの体内から、コアが浮かび上がる。チャンス!

 一斉に梨々花と緑がコアを叩く。すると、辺りに万華鏡のような世界が広がっていく。マルハザードの体内から、迸るようにオーラが噴出していくのである。どんどんとマルハザードは萎んでいく。空気の抜けた、風船のように……。

戦闘は終結を迎える。

 勝ったのだ。悠馬や梨々花、緑が。

 小さくなったマルハザードの亡きがらには、複数の魂が存在していた。その数は五〇体。その魂を、すべて手に入れられた。つまり、悠馬の場合、今ある四十七の魂に、それをプラスすれば、六十六の魂を集めたことになる。自動的に、次のトラッシュワールドを形成したときは、ルルドとの戦闘になるのであろう。

「魂、どうする?」

 と、悠馬が梨々花と緑に向かって尋ねた。

 緑は物憂げな表情を浮かべながら、

「三等分しようか? 五〇体だから、一人十七対。僕は十六体でいいよ」

 と、言った。

 けれど、梨々花は納得しなかった。

 梨々花は一人考え込んだ後、次のように言った。

「私は魂はいらない。というよりも、魂を集める意味はないのよ」

 そこで、梨々花は母に聞いたトラッシュワールドの秘密について話した。

 実は、魂は闘神の為に蒐集させられているものであった、例え六十六体の魂が集まっても、魂は蘇らないという事実を告げたのである。

 その話を悠馬と緑は黙って聞いていた。

 話が終わるなり、まずは緑が口を開いた。

「その話が本当なら恐るべき話だ。闘神の為に、魂を集める存在。それがトランサー。だとしたら、僕たちは罪深い人間だよ。人の魂を犠牲にしてまで、自分の守りたい魂を蘇らせるために躍起になっていたんだから」

「闘神ルルドはこの人間界へ足を踏み入れようとしている。そのカギを握るのが、美沙という少女。既に美沙はルルドに奪われてしまった。だとしたら、奪還しなくちゃならない」

「再びトラッシュワールドへ行くのか?」

「そう。今日はもう、トラッシュワールドへ行けないから、明日、トラッシュワールドを形成する。悠馬もそれ良いわね?」

 そう言われ、悠馬は深く頷く。

 自分の幼馴染が、窮地にいるのである。何としてでも救わなければならないだろう。同時に、修が蘇らないというのは本当に真実なのであろうか? そればかりが頭の中をぐるぐるとうごめいていく。

 梨々花らは翌日の戦闘に備え、準備をしていたのであるが、先に動いたのは、ルルドの方であった。

 悠馬は翌日、ありえないニュースで目を覚ます。


「大変ことが起きました。このK市に巨人が現れたのです。政府は、近隣住民に避難警報を発令し、速やかに避難するように指示を出しています」

 と、ニュースキャスターが言えば、

「謎の巨人、K市に現る」

 と、新聞が号外を刷る。

 そう、闘神ルルドがこの人間界に現れたのである――。

「テレビ見た?」

 すぐに梨々花から連絡がきた。もちろん、悠馬も闘神がこの世界に現れたのを知っているから緑にも連絡をし、三人は避難勧告を無視し、闘神ルルドに許へ向かった。

 ルルドがいた場所は、昨日マルハザードを打ち破った公園の中であった。一般市民の避難は行われているはずであったが、各テレビ局などの関係者、単純に闘神を見に来た人間たちなどでごった返していた。

 現在、日本政府は自衛隊を派遣し、近隣住民の避難を勧告し、さらに、闘神への警備を行っている。アメリカ政府への軍事協力も申請しているが、果たして、どうなるかは分からない。

 何しろ前代未聞の出来事が巻き起こったのだから。

 避難指示を出す自衛隊や警察官の間には、事件を一目見ようとした人間たちが、至る所で衝突を繰り返していた。

 闘神は静かに状況を見守っていたが、悠馬や梨々花、緑の三名が現れた時、とうとうその強大な体を動かした。

 一斉に関係者の間に緊張が走る。

「い、今、……巨人が動き始めました! 一体どうなるのでしょうか?」

「早く避難をしてください。決してあの巨人には近づいてはいけません」

 記者や自衛隊員の声が錯綜し、辺りは忽ち緊張感のある空気に包まれる。

 そんな中、闘神ルルドが、「うごぉぉぉぉ」と、巨大な雄叫びを上げ、背中からか翼を発生させ、宙を舞い始めた。ようやく見えたのだが、ルルドの胸元に、何かこぶのようなものがある。あれがコアなのだろうか? それもと別の何かなのだろうか?

 ルルドは辺りに集まった連中を消し去るため、強力な光の玉を創り出し、それを地表に向かって発射させた。

 ミサイルのような衝撃があたりに木霊し、現場は地獄絵図と化する。人がゴミのように砕け、死体の山が築かれる。

「や、止めろ」と、悠馬が言った。

 この時、悠馬や梨々花、緑は無傷だった。

 どういうわけか、トラッシュワールドに来たかのように、体が鋼のように重厚になったのである。恐らく、魔法や武器も使えるだろう。この状況になったのだ。救えるのは、悠馬たち三人しかいない。

 悠馬の隣には、大剣を持った梨々花と、サーベルを手にした緑の姿がある。

 二人とも臨戦態勢に入っており、ルルドに向かって勢いよく飛翔した。

 ルルドは飛び掛かってくる。二人に視線を合わせる。

 ルルドは体調が五〇メートル近くある、超巨大な闘神である。それゆえに、飛び掛かる梨々花や緑が米のように小さく見える。

 梨々花は地獄飛翔で一気にルルドの頭上まで上ると、そこから一気に、地獄落としを展開する。

 以前にも見せた、連続攻撃である。攻撃力は跳ね上がるが、ルルドの前ではほとんど効果がなかった。鋼というよりも、ダイヤモンドよりも固い体が、完全に梨々花の攻撃を遮断してしまったのである。

 次の攻撃、緑のサーベルによる、体術との組み合わせ技も難なく、ルルドは回避する。大人と赤子、恐竜と蟻ほどの戦力差がある。辺りは焼野原のようになっており、悠馬、梨々花、緑の他には誰もいなかった。みんな死んでしまったのだろうか?

 いつの間にか、空は灰色に染まり、各トランサーの髪の毛も白く輝いている。

 人間界が、トラッシュワールドに食われていく!

 猛烈なスピードで、トラッシュワールドは広がりつつある。通常の人間がトラッシュワールドに巻き込まれるとどのようなことになるのだろうか? 悠馬には分からなかった。

 ただ、この場でルルドを止めなければ、地球に未来はないと思えた。

(エターナルブレイクを使うか?)

 と、悠馬は考える。

 自身の絶対の必殺奥義。それがエターナルブレイクだ。しかし、使えばその日の魔法は打ち止めになってしまい、使えなくなってしまう。万が一、ルルドが無傷なら、もう反撃の手段がなくなってしまうのだ。

「ど、どうしたら良いんだ」

 と、悠馬はイーグルショットを一発、ルルドに向かって発射した。

 勢いよく電撃が迸るが、ルルドはその攻撃を受け止め、あっという間に、電撃を闇に葬ってしまった。

 それでも傷はあるようで、僅かながらルルドの腕から煙が上がっている。同時に、胸の瘤が脚部に移動している。そう、ルルドのコアは移動するのだ。だからこそ、それをまずは止めなければならない。

 ルルドの新たな攻撃が緑を襲う。ルルドは巨人とは思えない速度をみせて、思い切り腕を振るうと、その勢いで強烈な爆風が発生した。緑は爆風をもろに受け、後方に吹き飛ばされる。それでも何とか体勢を整えようとするが、ルルドの二撃目が緑の身体を襲う。

 ルルドの振りかざした腕の爆風が、突如鋭利な風の刃となって、緑を襲ったのである。何とか身を捩り、直撃は避けた緑であったが、右足の太ももから下を切り落とされてしまった。苦痛に呻く緑。右足を失ってしまえば、今まで通り、攻撃をするのは難しいだろう。

 その後、ルルドはとどめを刺そうと、地面に打つけられた緑を踏み潰すため、大きな足を振り上げた。

 瞬間、梨々花が素早く移動し、なんとか緑を掴み、共に、窮地を脱する。それでもとルルドは諦めない。目を激しく血走らせて、口から光線を放つ。

 火炎放射器の勢いで、灼熱の業火があたりに広がっていく。

 梨々花は地獄飛翔を使い、緑を抱えたまま、空高く舞う。

「梨々花、僕を囮にしろ」

 と、飛翔中緑が言った。

 どうやら彼は、生きるのを諦めているらしい。

 いつもの梨々花なら、恐らくすぐに承諾しただろう。しかし、今の梨々花は違う。自分を必要としてくれる人間を守らなければならないのだ。そのためには、緑を失ってはダメだ。そう心に念じていた。

「ダメよ」と、梨々花。「皆で生き残って、みんなで勝つの。あなたは一度ルルドと戦ったんでしょう? なら何か攻略手段はないの?」

「コアを止めなければならない。しかし、あのコアは不規則に動くんだ。止めようがない。しかし……。方法はあるかもしれない」

「どういう方法?」

「ウィディアンの力を使うんだ」

「悠馬の?」

「あぁ、さっき悠馬が放った一撃は確かに微弱だったが、効いていたはずだ。恐らくあの電撃魔法にはまだ使い道がある」

「どうやるの?」

「これは僕の推論だ。本当にそうなるかは分からない」

「言ってみて」

「分かった。……。それは」

 一旦窮地を脱した梨々花と緑であったが、以前として絶体絶命であるのには変わりはない。緑は自分の考えている、電撃の新しい使い方を、梨々花に話した。確かにそれは一か八かの賭けのような作戦であり、成功する見込みはほとんどないように思えた。

 それでもやらなくてはならない。緑は魂を使い、防具を顕現させた。それは漆黒の甲冑であり、喪った右足を保護できる仕様になっていた。つまり、この甲冑を義足代わりにしたのだ。故に、防具がある限り、緑はもう一度飛べるのである。

「僕が奴の気を逸らす。その間に作戦を遂行するんだ」

 と、緑は言った。

 梨々花は深く頷くと、急いで悠馬の許へ向かった。

 悠馬は今、ルルドの下で次のイーグルショットを放とうと準備をしていた。

 梨々花は一旦悠馬にイーグルショットを放つのを止めさせ、一旦、ルルドとの距離を取った。その間、緑は一人ルルドと格闘している。満身創痍の緑。恐らく長くはもたないだろう。いくら甲冑の防具に包まれているとしても、右足を根元から切り落とされているのである。

 痛みがないわけではないし、体力や精神力だって削られていくだろう。

 そんな中、梨々花は速やかに作戦を説明した。

 その作戦を聞き、悠馬は梨々花の頭がどうかしてしまったのではないかと心配した。彼女が言った作戦。それは、イーグルショットを梨々花自身に浴びせ、一時的に体の反射能力を限界突破させるのである。

 つまり、体に強烈な電気ショックを与え、その電力を使い、体の反射神経を高め、大剣の攻撃力をアップさせようという試みだ。

 とはいっても、あまりに乱暴な手段であるのは、容易に察せられる。そもそも成功する確率はどのくらいあるのだろうか? 失敗すれば、梨々花の身体は無残にも切り裂かれるだろう。

「できないよ」

 と、悠馬は言った。

 しかし、梨々花は納得しない。一度決めたら、梃でも動かないのだ。

「窮地を脱するためには、リスクをとるしかない。どうせこのままではやられるのは時間の問題よ」

「だ、だからと言って……」

「いいからやってみるのよ。それしかないんだから」

「ほ、本当に良いんだな。でも、僕は君を傷つけたくはない」

「大丈夫。私たちならきっとできるわ」

「分かった。やろう」

 その時、緑の身体が空高く舞った。否、舞ったというよりも、蹂躙され、屠られたという表現の方が正しいだろう。思い切り地面に叩きつけられる緑。幸いまだ息はあるようだが、このまま放っておくのはマズイ。

 悠馬は意を決し、梨々花に向かってイーグルショットを炸裂させた。

 梨々花の身体に、電流が走る。

 痛みはある。だが、自分の体の中で、魔法と体力が融合していく感覚が広がる。

 梨々花の身体が超高速で動く。瞬く間に、ルルドとの距離を詰めと、足にある瘤のようなものに攻撃を加える!

「ガキィィィン」

 骨が砕けるような音が聞こえる。

 どうやら、これがルルドのコアであることは間違いないようである。同時に、梨々花はイーグルショットを体に浴び、通常の一〇倍以上の速度で動けるようになった。しかし、その稼働時間は著しく短い。恐らく、三分が限度であろう。

「いける!」 

 そう思った梨々花であったが、次の瞬間、その思惑は見事に打ち破られる。剥き出しになったコアの中から現れたのは、なんと――、

「う、嘘でしょ……」

 コアの中心にいたモノ……、それは美沙であった。

 当然ではあるが、梨々花はそれ以上、攻撃できなかった。ルルドのコアは再び固い殻に守られ、別の部位に移動していく。

 梨々花がコアを破壊しなかったのを、悠馬も緑も確認していた。なぜ、破壊しない? そんな顔を浮かべている。梨々花は一旦、ルルドと距離を置き、身を引いた。その後、駆け足で悠馬の許へ向かった。

 悠馬は倒れている緑を背負うと、戦線を離脱する。その後を、梨々花が追いかける。

 梨々花がやってくるなり、

「なぜ、攻撃しない?」

 と、悠馬は非難するように言った。

 梨々花は青白い顔をになりながら、

「コアの中に、美沙がいたの」

 と、答える。

「なんだって、美沙が? どういうことなんだ?」

「分からない。美沙がコアの中にいるのよ」

「それじゃ攻撃できないじゃないか」

「まずは美沙をコアの中から引きはがさないとならない」

「で、でもどうやって」

 そう。美沙をコアから引きはがす。その方法が分からないのだ。ルルドとの戦闘を既に二度経験している緑にも、都合のよい解決策は思いつかなかった。ただ。一つ収穫がある。それは、トランサーはイーグルショットを浴びると、神経の伝達速度が著しく向上し、人間を超えた速度を生み出せるということだろう。

 残りのイーグルショットは三発。まだ、勝機はある。美沙さえ何とかすれば。

 そうこうしていると、「ブォーン」という戦闘機の音が聞こえてくる。あっという間に破壊された自衛隊や関係者たちを救出するために、とうとう政府は巨大な闘神に向かっての攻撃命令を下したのである。

 戦後初となる、自衛隊による目標へ向かっての攻撃。かなりの例外ではあるのだが、日本はついに戦争という深い穴の中に降りていこうとしていた。

 F‐22型のステルス戦闘機から、パイロットの通信が聞こえてくる。

「目標を確認。い、否、待て、三名に生存者を確認した。一般市民のようだ」

「一般市民の生存者あり。攻撃を一旦中止せよ」

 もちろん、このやり取りは、悠馬たちには聞こえない。

 戦闘機は一旦攻撃を中止したが、それを闘神が見逃すはずがない。ルルドは、巨大な雄叫びを上げると、体を駒のように回し、圧倒的な爆風を作り出す。その結果、近寄ってきた無数の戦闘機はすべて破壊され、瞬く間に塵と化してしまった。

「F‐22全機、完全に沈黙。て、敵は怪物だ……」

「生存者がいるとの話だ。どうします?」

 速やかに闘神ルルドの現場に生存者がいるというのは政府に伝えられ、内閣総理大臣の攻撃命令に待ったをかけた。


          *


「総理ご決断を……」

 と、防衛相の大臣は矢継ぎ早に告げる。

 既に、闘神が現れた現場でほとんどの人間が死滅したということは、伝えられていた。緊急避難勧告の地域は拡大され、半径一〇〇㎞の国民に避難指示が出されたのである。同時に、いかなるマスコミであっても、現場に近づくのは禁止された。

 残されたのは自衛隊の戦闘機のみ。しかし、期待をもって発進した特殊部隊も、何の攻撃も果たせずに、ただルルドによって蹂躙されてしまった。よって総理は決断に迷っていた。このまま戦闘をするのが正しいのであろうか。

 あれだけ甚大な被害を出した中、生存者がいる。これ自体驚きであった。

「生存者は?」

 と、総理は言った。「一般市民とのことだが、なぜあんなところに」

 防衛相大臣を退け、航空自衛隊の空将である人間が、次のように言った。

「分かりません。ただ、実際に入って来た情報では、三名の人間は巨大な生命体と交戦しているとの話ですが」

「こ、交戦だと? 我が国の自衛隊を一気に壊滅させるような、あの巨大な怪物に生身の人間がどうやって対抗するのだ?」

「そ、それは……」

 その後、防衛相大臣が言う。

「攻撃命令を」

 すると、総理は困惑した顔をしながら、

「三名の人間を見殺しにしろと言うのか?」

「三名の人間よりも、大多数の国民の命の方が大切です。どうか、ご決断を……」

 総理は、苦渋の決断を迫られた。

 とうとう攻撃命令を下す。

「やむを得ん。目標巨人への攻撃を許可する」


          *


「戦闘機がまたやって来たな」

 と、悠馬が言った。

 すると、苦痛で顔を歪めた緑が答える。

「僕らがいるから攻撃をしないのかもしれない」

「戦闘機じゃ無理だ、ルルドは破壊できない」

「その事実はこの場にいる僕らしか知らない。自衛隊には届かないよ」

 戦闘機は緑の予想と反し、攻撃態勢をとり、搭載した短距離ミサイルが炸裂する。

 ありえないほどの爆音が鳴り響き、強烈な熱量が辺りに広がっていく。

 ルルドは隊列を組んだF‐22戦闘機の集団攻撃を受け、煙によって一旦身が隠れたが、直ぐにその大きな手を縦横無尽に使い、戦闘機一体一体破壊していく。ルルドには物理的な攻撃手段は通用しない。トランサーによる攻撃しか通用しないのである。

 何しろルルドはこの世界の生命体ではない。トラッシュワールドという死んだ世界の生物なのだ。現実世界(人間界)とトラッシュワールドを引きつなげる存在、それがトランサーであり、そんな存在でなければ、ルルドにはダメージを与えられない。

 そんな中、悠馬はある声を聞いた。

「悠君!」

 それは美沙の声であった。

 どこからともなく、美沙の声が聞こえてきたのである。

「美沙か? どこにいる?」

 と、悠馬は叫ぶ。

 美沙の声は、梨々花や緑にも聞こえたようであり、二人とも黙り込んでいる。

「私はルルドの中にいるの」

 と、美沙は答える。 

「僕はどうしたら良い?」

「私ごと、ルルドを破壊して。私はルルドのコアに同化してしまった。だから私を破壊してほしいの」

「馬鹿を言うな。できるわけないだろう」

「でもやらないと、それがトランサーになった悠君の役目」

「し、知っていたのか?」

「うん、私は絶対少女なの。闘神を鎮める役目を持つ人間。だけど私はね、愚かなことをしてしまったの」

「愚かなこと?」

「そう、悠君がね、知屋城さんと一緒にいるところを見て嫉妬してしまったの。私はこんなにも悠君が好きなのに、悠君は私をちっとも見てくれない。だから、私は闘神にその歪んだ精神を利用されたのよ」

「闘神をこの世界に生み出したのはお前なのか?」

「うん。私。世界が滅べばいいって思ったの。だって悠君は知屋城さんが好きだから」

 それは、かなり鬱屈した告白であると感じられた。

 悠馬自身、美沙が自分に対しそれなりの感情を持っているというのは知っていた。知っていたが、付き合うとか、手を差し伸べるとか、考えなかった。何しろ幼馴染である。いつだって会えるから、特に心配しなかったのだ。

 しかし、美沙はそう考えなかった。悠馬に対する気持ちが沸点を超え、歪んで成長したとき、その歪みを闘神ルルドは見逃さなかった。この世界とトラッシュワールドの懸け橋となる美沙を利用し、現実世界にルルドはやって来た。

 ルルドの目的は現実世界を統治するであろう。この世界がトラッシュワールド化すれば、今いる人間たちは皆、デスレイヤーになる可能性がある。何しろ、ルルドによって生命を脅かされているのだから、必然的にデスレイヤーになるであろう。

 そうなれば人間は闘神の奴隷と化してしまう。

 それだけは絶対に避けなければならないだろう。だとしても、美沙ごとルルドを葬り去るのは悠馬にはできそうになかった。

「ど、どうしたら良いんだ」

 と、悠馬は一人うなだれながら、そのように言った。

 今、悠馬にできるのはなんなのだろう?

 それを見ていた緑が口を開く。

「方法はある」

 すると、今度は梨々花が答える。

「方法? どういうことなの?」

「悠馬、イーグルショットはまだ使えるね?」

 問われた悠馬は「うん」と、頷く。

「なら、イーグルショットを僕と梨々花にかけるんだ。そして僕らがルルドへ向かって攻撃する。あと何発使える?」

「後三発かな」

「なら、二発を僕と梨々花に、残った一発はすべて、美沙に向かって注ぐんだ」

「み、美沙を攻撃するのか?」

「美沙はトラッシュワールドの人間だ。僕たち同じで、イーグルショット、つまり、君の電撃をエナジーにして肉体を強化できる。上手くいけば、美沙の肉体とルルドの肉体を分断できるだろう。それができたら、僕と梨々花が一斉にルルドのコアを破壊する」

「可能なのか?」

「大丈夫さ。美沙、一ついいか?」

 と、緑は言う。

 途端、美沙の声が聞こえる。

「何?」

「君は絶対少女だ。ルルドのコアの位置を固定できるか?」

「できると思う。でもこうなったのは、私の所為なの。あまりにも多くの犠牲を生んでしまったわ。だから責任を取らないと」

「責任を取るのは分かる。だけど、それは死を持って償うことじゃないよ。まだ、方法は残されている」

 緑には何か考えがあるようである。そのことを、悠馬は確かに察した。

 コアを停止させる。それをまず行わなければならない。そのためには、緑の提案した作戦を行うのが先決だ。

 悠馬はイーグルショットを、梨々花と緑に向かって放つ。二人の肉体が、電流によって強化され、トランサーを超えたスピードを展開する。

 ルルドのコアは縦横無尽に動き回っている。あれを止めるのは容易ではないだろう。それでも、梨々花と緑は、勇猛果敢にルルドに攻撃を加える。イーグルショットにより、速度が強化され、二人はほとんど攻撃を食わなくなった。

 梨々花は肩部に移動したコアに向かって地獄落としを炸裂させる。コアの中心が開き、そこから、美沙の身体が浮き出てくる。美沙の生贄にし、コアを守るというルルドの作戦なのかもしれない。

 緑が華麗な体術を使い、ルルドの肩先にサーベルを突き刺し、腕を根こそぎ切り落とそうとしているが、中々うまくいかない。ダイヤモンドのように硬くなった、ルルドの肉体を傷つけるのは生半可な攻撃力では対抗できないのだ。

 次の瞬間、悠馬は全魔力を解き放つエターナルブレイクを唱えた。

 これが最後、そして最大の武器。

 エターナルブレイクを解き放つ!

 悠馬の両手から迸る電撃。それが一直線に美沙に向かって飛んでいく。エターナルブレイクはコアとなった美沙の身体に直撃する。

 途端、悠馬の中に、美沙の意識が流れは始めた。

「悠……君?」

 と、霞んだ声が聞こえる。

 それは美沙の声であると、感じられる。同時に、悠馬は魔力をすべて解き放ち、空になった体で美沙と対話する。魔力が空になった空間に、美沙の意識が滔々と流れ込んだという感覚である。

「美沙、大丈夫か?」

 と、悠馬は言う。

 美沙は消えるような声で、

「分からない。私、死ぬのかな?」

「死なない。俺が助ける。絶対にな。だから心配すんな!」

あの日の記憶が再生される。

 その記憶とは、二人でトラッシュワールドへ紛れ込み、禁断の果実を口にした時のことだ。悠馬はそっと手を伸ばす。すると、見えないゼリーのような膜にぶちあたる。いつの間にか、悠馬はルルドのコアの中にいた。

 エターナルブレイクと一体化した悠馬は、ルルドのコアの内部に入り込んでいた。これこそエターナルブレイクの真の姿。電気信号となり、相手の体内に侵入できるのだ。

 今、ルルドのコアは絶対少女である美沙の力によって固定されている。

 その固定されたコアを、梨々花と緑が協力し合い、開き、その中に悠馬が侵入したという仕組みである。

 悠馬はさらに手を伸ばす。

 すると、スッと何か触れた。温かい感触。人の肌である。

 これは恐らく、美沙の肉体であろう。悠馬には感じ取れた。美沙の腕を取り、それを一気に引き上げる。あらん限りの力を込めて。

「美沙。今助けるからな!」

 と、悠馬は高らかに言い、美沙をルルドのコアから引き抜いた。

 瞬間、ルルドのコアから悠馬と美沙の二人が投げ出される。ルルドのコアが著しく収縮し、

「梨々花今だ!」

 と、緑が叫んだ。

 コアが完全に固定され、体外に表出し、打ち砕く千載一遇のチャンスが訪れた。

 もちろん、このチャンスを逃す梨々花ではない。絶対の得意技、地獄落としを使い、ルルドのコアを粉砕した。

 するとどうだろう。ルルドが破裂し、体外から今まで吸い取ってきた魂がすべて放出されていく。灰色だった世界に色が戻り、ルルドによって粉砕された人々の命が、再び鼓動を開始した。 

 つまり、魂は復活したのである。

 何事もなかったかのように、世界には平穏が戻った。

 この時の記憶を覚えているものは、悠馬や梨々花、緑と美沙を除いて、他にはいなかった。

 ルルドによって破壊された街並み、人間たちは戻ったが、その前に、トランサーが奪った魂は元には戻らなかった。一度赤く変化した魂は二度と元には戻らないのだ。

 先の大戦ではルルドに蹂躙された人間たちの魂が、青色の状態のままルルドを打ち倒せたので、魂の蘇生が可能になったのである。

 つまり、悠馬の父、修は戻らなかったし、梨々花の母も戻らない。緑の想い人である赤の魂も戻らなかった。

 しかし、奇跡は起きつつあった。

 トラッシュワールドはまだ消えていないのだ。

 依然として、悠馬や梨々花に宿ったトランサーとしての力は消えなかった。これは何を意味しているのか?

「僕らは」

 ある日、トラッシュワールドの中で、悠馬は梨々花に向かって言った。「デスレイヤーを守る存在なのかもしれない」

「どういうこと?」

 と、梨々花は尋ねる。

「僕らは、デスレイヤーの魂を奪うのではなく、蘇生させるのが、真の役割なんじゃないのかな?」

「デスレイヤーを守る? 本当にそうかしら?」

「きっと、悪意あるトランサーはまだ他にいるんだ。魂の復活を餌に、己を売ってしまう悲しきトランサーがいるのは確かさ。僕らはそんな彼らをも守らなければならない。なんとなくだけど、戒めのために闘神はいるんだと思う。トランサーの傲慢さが、闘神を生んだんだよ」

「だとしたら、私たちがやるべきなのは一つね?」

「うん、僕らが守れる範囲の魂を守ろう。狩るのではなく守るんだ。デスレイヤーの中には、魂が分裂した状態も人もいる。そんな人間は何もしなければ、ただ死んでしまう。そうならないようにするんだ」

「そうね。でも良いの」

「良いって何が?」

「私と一緒にいると、美沙が嫉妬するんじゃない? 前回の大戦は美沙の君に対する思いが、歪んだ方向に流れたから発生した。簡単な話、美沙は君が好きなのよ。それは知っているでしょ」

 悠馬はどう答えるべきか迷っていた。

 自分は美沙が好きである。でもそれは、梨々花に対する気持ちとは違う。

 友達として、家族として好きなのであって、恋愛感情ではない。それだけはどうしようもなかった。

「ぼ、僕は美沙の気持には答えられない。だって……」

 すると、梨々花は悠馬がすべて言う前に、

「それ以上言わないで」

 と、告げた。

「ど、どうして、僕は君のことが……」

「私は君を利用しようとした悪女よ。私には愛される資格はない。それならば、美沙と共に幸せになりなさいよ。トランサーなんてやめて」

「やめないよ。トランサーとしての役目を一緒に果たそう。前と同じように、午後五時からトラッシュワールドへ向かうんだ。それくらいなら良いだろう?」

「良いの?」

「何が?」

「君を好きになっても」

「もちろんさ。僕も君が好きなんだから」

「お母さんの魂、戻らないのかな?」

「分からない。だけど可能性がないわけじゃないと思う。ルルドはトゥトゥリスとマルハザードという闘神の違う闘神を二体蘇らせている。まだトラッシュワールドには秘密がある。きっと、大いなる騎士団はそれを掴もうとして、志半ばで敗れたんだよ。僕らがその意思を継ぐんだ」

「緑にも相談してみようか? 変態だけど」

「それも良いかもしれない。少なくとも、仲間は多い方が良い」

 こうして、悠馬と梨々花は再びトラッシュワールドで戦う決断を下す。

 この先、どんな困難が待ち構えていようとも、彼はきっと解決への道を歩むだろうし、最終的に、トラッシュワールドに潜む本当の謎も解き明かすかもしれない。その日はそれほど遠くない未来、やってくるだろう――。

〈了〉

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