古城と婦人
葵枝燕さまの「テーマ小説の会1」参加作品です。
古城。
切り立った峰のうえに建てられた、堅固な城……の跡。
土塁と堀とがわずかに残るばかりで、それらも生い茂った木々の緑に隠れ、
チュクチュクオーシ……
―― というリズムのなかへと押し込められているようだった。
堀にたまった雨水。
変わらぬ天の、神秘のかたまり……は、にごっていた。
それでもうっすらと、のぞきこむ婦人の顔の輪郭を水面に映すだけの不思議さは保たれていた。
「はあ……」と婦人はため息を吐く。「どうしてあの方々は……」
そうして無意識に、あごを擦って、
「あの方々だけじゃないわ。神様の遣わした、尊い雨水でさえ、あたしの顔をまともに見ようとしてくれないのね……」
婦人の容姿は、お世辞にも優れているとは言い難かった。
周囲の人々は婦人を敬遠し、わざと愛想よくしたり、むやみに笑いかけたりしていた。おかげで婦人は、いつでも人々と関わりを持つことになったが、自分自身、友人たちの心ないあしらいと同情に気づかぬことはなかった。
しかし婦人は、卑屈な感情に陥って涙を浮かべるようなことはなかった。
婦人の目の前を、青い羽をしたとんぼが通りすぎていった。
寂れた城は、相変わらず、人間以外の生命で賑わっていた。
「せっかくこういうところへ来てみたけれど、ここもダメね。あたしは、生まれてくる場所を間違えたんだわ……」
にごった水面は揺れていたが、わずかな風のためだった。
「だあれも気づいてくれないのね、この儚げな美しさに。喩えようもないほどの……」
「ライバルもいないなんて、悲しいわ……」
婦人は両のてのひらで、痩せて角ばった自身の顔を優しく撫で、儚げな、幸せそうな笑みをたたえた……。
古城は自然のリズムを刻み、町を出てきたひとりの婦人には、目を向けようとしなかった。