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ふるーつ・ぐみ【お菓子作品集】  作者: つるめぐみ
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カラメルカラー【お題:プリン】恋愛

 イチョウ並木は冬支度をはじめて、甘そうなカスタード色に染まっている。

 そして、道を隔てて見えるのは、超がつくほど人気のスイーツ店だ。

 私はベンチに腰かけながら、牛乳瓶のプリン片手に甘い香りと味を堪能していた。

 プリン待ちで並んでいるお客さんを見ると、意地の悪い女と思うと同時に、格別な勝利の味を楽しめてしまう。

 残りは半分。一口、二口……もう少しで終わりかという名残惜しい気持ちになった時、

「ごめん、待ったか?」

 私は背後からかけられた声に驚いて振り返った。

 声の主は、亮太(りょうた)先輩だ。正面からこないのは、いつもの先輩のいたずら癖。

 手には二つのビニール袋がある。あの行列の一員になっていたに違いなかった。

「思った以上に講習に時間をとられちゃってさ。なんだ、もう食べていたのか。それにしてもよく外で甘いもの食べられるな」

 先輩は、子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら言う。

 そういえば、外で菓子パン食べるのなら抵抗ないけど甘いものはちょっと……と言っていた覚えがある。

「そうかな? 菓子パンのほうが、外で食べるのは抵抗あるけど」

「菓子パンは時間がないから外で食べるって理由があるだろ。甘いものは外で食べる理由がよくわからない」

「美味しいものって、人の前で食べるから美味しく感じたりとか、そんなことない?」

 女の感覚と男の感覚って少し違うのかもしれない。

 男脳と女脳って聞いたことがある。左脳と右脳を繋ぐ脳しょうは女のほうが大きいらしい。そして、左脳は主に言語を司り、右脳は想像を司る。

 だから男性は左脳をフル回転して理論で会話する。女性は左脳と右脳を働かせて感情で会話をする。

 万人にはあてはまらないと言うけれど、私と先輩の感覚の違いはそこにあるのかもしれない。

 先輩は隣に座った。袋の中にあるのは私が食べていたカスタードプリンとは違う。二番人気のカラメルソースも入ったプリンだ。

「一番人気じゃないんだ。せっかく並んだんだから、買えばいいのに」

「そうか? 俺、甘すぎるの嫌いだし。それに、世話になっているお隣さんに買ったのは、一番人気!」

 言いながら、先輩は缶コーヒーを手渡してくれた。お礼を言って受け取ろうとした途端、最後の一口の入ったプリンを取られる。

「あっ、ちょっと。甘すぎるのは嫌いって言ったのに!」

「このプリンだけは別」

 よくわからない理由を言って、先輩は最後の一口を口の中に入れた。

 私と先輩が付き合いはじめたのは、一か月前。

 私がサッカー部の先輩に憧れて、マネージャーになったのが切っかけだった。

 私は高校一年生。先輩は三年生。三年生は夏の大会を終えると引退する。

 中学生の頃から先輩が好きで、自然と目で追いかけていた。高校に入学してもその想いは変わらなかった。

 そんな先輩と、卒業と同時に逢えなくなるのではと考えると、苦しくて苦しくて。

 思いきって告白すべきか悩んでいたら、逆に呼び出された。

 以心伝心ってきっとあると思う。そんなおとぎ話のような現実が、先輩の口から私に数文字で伝えられた。

 答えに選択なんて考えられなかった。世界が霞んだ。口よりも先に目が応えてしまった。帰り道は逆なのに、一緒に帰ってくれたあの時間は宝物だ。

「あのさ……」

 プリンを食べきった先輩が、真剣な表情で私を見た。思わず、コーヒーを持った手の動きをとめてしまう。

「受験に集中することになるから、あまり逢えなくなると思うんだ」

 紡ぎ出された言葉。それは、想像したくもない現実だった。

 そうだ。先輩は受験があるんだった。

「そっか……」

 そこで一分一時間考えても、同じ答えしか出せないと思う。先輩も私の気持ちを敏感に捉えたようだった。

「長男だし、弟たちのためにも浪人だけは避けないと。それにどうしてもいきたい大学だし……」

「うん、わかってる。亮太が合格するまでは、お互い逢うのは我慢だね」

 精一杯の強がり。本当は逢いたいくせに……心の中の自分に言ってやった。

「メールもするし、電話も時間があればするし」

 先輩が必死に説明をはじめる。私は、先輩の話を立ちあがることで遮った。

「大丈夫、私のことは心配しないで。それよりも今は合格に向けて集中しないと!」

「そうだな。サンキュー」

 お互い右拳を出してぶつけ合う。うちのサッカー部の伝統的な試合前の気合い入れだ。

 絶対勝ってねと、試合開始と同じ気持ちで、先輩の背中を見送った。


 先輩の第一志望は国立大学。三人兄弟の長男である先輩は必死のはずだった。

 あの後、電話は三日連続でかかってきた。けれど、次はメールへと変わっていって。

 次第に私からメールをするようになった。それでも遠慮というものがある。

 今は大事な時期、邪魔しちゃいけない。夜、携帯電話を触る時間も減っていった。

 カスタード色のイチョウの葉が季節とともに重なっていくのと同じように、私の寂しさも募っていく。いつも一緒に歩いていた帰り道を、一人で歩く日が続いた。

 そんな時、あの人気店の行列が目に入った。

 あれだけ好きで食べていたのに、私は先輩と逢えないことで忘れてしまっていたんだ。

 エプロン姿のお姉さんが出てきて「限定百個でーす」と言っている。まるで甘味の神様が背中を押してくれているかのように、お客さんの数も少なかった。

 神様の厚意に甘えて、いつものように並んで順番を待った。少しずつ進んでいく列。店内に入ると一番人気のプリンが残っていた。

 けれど何故か、一番人気のプリンを頼む気はしなかった。

 きっと、先輩の言葉を思い出したからだ。「俺、甘すぎるのは嫌いだし」

「そのカラメルソースの入ったプリンを、ひとつください」

 常連でもあった私の顔を覚えていてくれたのか、店員さんが驚いた表情を見せる。しかもひとつだなんて、風変わりな客と思われたのかもしれない。

 たったひとつのプリンを受け取ると、いつものベンチへいく。

 座るとつい、振り返ってしまった。意識的にした行動だけど、馬鹿だな私と考えてしまう。

 プリンの蓋を開けて一口。変わらない甘い味が口の中に広がった。今度は少しだけカラメルソースも一緒にすくってみる。

 一口食べた瞬間、先程とは違う味に驚かされた。そこで私は気づいた。

 私は甘い時間を求め続けて、人生の苦い時間からも逃げていたんだ。このプリンと同じ。甘いカスタードと苦いカラメルソースが私の今の気持ちを表わしている。

 苦味があるからこそ甘さは引き立ち、人生も苦しさがあるからこそ甘い時間を強く感じることができる。

「先輩に逢えなくなったことで、こんなにも逢っていた時間が愛おしく感じるなんて」

 今は、甘いカスタードを食べ続けたい気分だ。一口二口……けれど最後に残るのは、ちょっと苦いカラメルソースだけ。

 目の前のカスタード色のイチョウの葉が、風に舞って飛んでいく。

 なんだか悲しくなってきた。すごく先輩に逢いたい。けれど勉強の邪魔をしちゃ駄目だ。相反する気持ちの中で、無意識のうちに涙がこぼれ落ちてくる。

 その時だ。突然、目の前が真っ暗になった。温かい手が瞳に当てられているのを感じる。

「だーれだ?」

 私の背後から声をかけてくる男の人なんて、ひとりしかいない。答えることもなく振り返る。私は亮太先輩の顔が視界に入るよりも先に抱きついた。

 苦いカラメルソースの時間はもういらない。カスタードの甘い時間だけを今は楽しんでいたい。

 先輩の温かい手が私の頭に置かれる。しばらく感じていなかった優しい体温。不意にカサリという音がして、先輩がプリンを手渡してきた。

「俺さ、なんか一番人気のプリンにもハマっちゃったんだよな」

 離れていたはずなのに、考えていたことは一緒だったんだ。

 お互い食べていた味が気になって口にしていただなんて、逢えなくて悲しいって泣いていた時間が、今は苦い時間に感じる。

 私は笑ってしまった。泣いていたのを気づかれないように、涙を手の平で擦り取る。

 受け取ったプリンを口の中に入れる。いつもより甘く感じた。

 隣を見ると先輩もプリンを一口している。あれだけ、外で食べるのはと言っていたのに、私に気を遣ってくれたのだろうか。

 そう考えていると、先輩は私に笑いかけてくれた。

「確かに人の前で食べると、うまく感じるな。机の前で食べるよりもさ」

 先輩の優しい言葉が心に染みこんでいく。苦い時間があったからこそ、今の甘い時間が大切に思えるのかもしれない。

 甘いカスタード、苦味のあるカラメルソース。恋と人生ってプリンに似ていると思う。

「この我慢の先には、甘い時間が待っているって考えてもいいよね?」

 私はプリンのケースを強く握りながら、先輩の顔を見た。すると先輩は、なぜか周囲の様子を窺う。

 目の前のカスタード色のイチョウの葉に茶色い落ち葉が重なって、プリンのようになっている。

 店のプリンは売り切れたのだろう。周囲に人影はなく、公園にいるのは私たちだけだ。

 薄暗くなってきた()(かれ)(どき)――きっと知人が見ても先輩と私だなんてわからない。先輩の顔が近づいて、私は自然と目を閉じて受け入れた。

 微かに聞こえた優しい言葉、

「愛してる」

 それは私が待っていた甘い言葉。重ねる唇、途端に口の中に甘いカスタード味が広がる。

 もう、私は心の中でも、亮太を先輩と言いたくない。

 苦いカラメルソースの時間はもう終わり。今日のこの時間は、あの時はあんなことがあったねと、笑いながら語り合う思い出になるはず。

 そして私と亮太の思い出は、アルバムに収めた写真と同じように、淡いカラメルカラーで染まっていく。

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