一章-5
5
長かった放課後を終え、ようやく自宅に辿り着く事ができた。
鞄の中から家の鍵を取りだし、開け、中に入る。
すると、玄関から真っ直ぐ行った先にあるリビングから明かりが零れていた。
電気消し忘れたのかな?
リビングに入る前に自室に荷物を置き、明かり零れるリビングと扉を開ける。
同時に広がってくるご飯のいい匂い、動く人の陰。
「あっ、母さん、帰ってきてたんだ」
そこに居たのは我が母、いつも帰宅が遅い母さんがもう帰ってきていることに少し脅かされた。
「そうなの、珍しく仕事が早く終わってくれたのよ。だから愛するハル君と一緒にご飯を食べようと思ったのに、遅いから食べちゃった。てへっ」
瞬間、背筋に冷たいモノが走った。
この人四十代にもなって、てへって何だよ。おぞましいわ!
「それにしても還ってくるのが遅いから、心配したじゃない」
遅いと言われても、時間は7時を多少過ぎたくらいで、言う程遅くはないと思うんだが。
それに、人の帰りが遅くて心配している奴が、テレビ見ながら煎餅を齧るものか?
「まぁ、だから、ご飯は用意してあるから適当にたべてね~」
うわぁ、もう愛が滲み出すぎてて何も言えないや。
そして、ご飯の匂いを嗅いだことにより、空腹感が刺激され、急に腹が減ってきたので晩御飯を頂くことにする。
晩御飯の最中も母さんの適当な絡みは続き、それに合わせたり相槌を打ったりなどしながら、食べ終え、その後、風呂に入るなど、色々済ませ自室に戻ってきた。
時刻はいつの間にか十時を回っており、母さんはもう眠りについていた。
これで、何か予期せぬトラブルが起こる可能性が無くなったので、ベッドの上に置いておいた袋の中身を取り出す。
大きめの白い箱、それが一つだけが入っていた。
ゆっくりと開き中身を確かめる。
その中に入っていたのは、ヘッドフォンと音楽プレイヤーだった。
それを見た瞬間、昨日のピナの噂話が頭の中で蘇った。
『なんと、使うものは身近にあるものでね。それはヘッドフォンと音楽プレイヤー何だって!!』
そして今、俺の目の前にあるものはその二つだった。
ピナが言って事は案外的を得ているのか? いや、そんなことはないだろう。偶々だ、偶然に決まっている。
そうは思うのだが、目の前にあるモノとあの証言が一致していて空恐ろしく思えた。
取り敢えず、どうにかして使ってみようと思い至ったが、普通に音楽を聞く以外の使い道が思い浮かばなかった。
説明書的なものはないのかよ。
心中でぼやきなながら、もう一度白い箱の中を確かめてみた。
すると、底の所に一枚の紙が置かれていた。
〝潜入システムの使い方〟
一番上にそう書かれたモノが入っていた。
一、箱に入っていたヘッドフォンを音楽プレイヤーに差し、ヘッドフォンを装着する。
その指示に従い、ヘッドフォンを装着し、次の文へと読み進める。
二、音楽プレイヤーに入っている〝ヘミシング〟というタイトルの曲を90分間聴続ける。
記されている通りに、一曲だけ入っていた〝ヘミシング〟を選び、再生した。
流れ始める音楽、幻想的な雰囲気のあるモノがヘッドフォンの中で膨れ上がり、耳の中へと伝わってくる。
聴き始めて数分が経った頃、爪先の方に痺れたような感覚が出てきた。それは、冬場の冷え切った時、感覚が無くなるのと似ていて、触れてみても触られているという感覚が鈍くなっていた。
これがこの曲の効果なのか?
あくまでも想像だが、何故だかしっくりときた。根拠なんかない、それでも今曲を聴くのを止めてはいけない気がした。
爪先だけだった麻痺感は次第にせり上がり、足首にまで登っていた。
その後も登り続ける麻痺感覚、そしてそれはこの幻想的な曲によるものだと判断する。
そう思い込んだ瞬間、この不快な痺れがあまりにならなくなっていた。
せり上がる麻痺感、そんなものを意に介すことなく、説明書を読み続ける。
そして、90分が経った。
突如全身を蝕むように襲う凄まじい睡魔、必死に逆らおうと試みたが、その分だけ眠気が増し、更に意識が消えかかっていく。
そして、次の瞬間には眠らされていた。
†
剥離された意識が、集まり、意識が戻ってきた。
全身にまで回っていた筈の麻痺感はなくなっており、突然の睡魔も完璧に姿を消し去っていた。
閉ざしていた瞼を開き、部屋の中を見た瞬間、驚愕した。
全てが灰色に染まっていた。
床も壁も天井も。全てが全て灰色で全てのモノが、廃退した色へと変わり果てていた。
そして、先ほどまで読んでいた説明書の内容を思い出す。そこにはこんな事が記されていた。
――初期空間編
その項に書かれていた内容を試す為にも扉に触れ開けてみようとする。
開けられない扉。廊下とこの部屋を隔てている薄い板一枚も動かす事ができなかった。
やはりそうなんだ。
開けられない事により、予想が確信に変わった。
――初期空間編
一、初期空間ではいかなるものにも干渉することは不可能、よって移動する際は目的地を明確にイメージしながら「移動」と詠唱する必要がある。
予想通り、ここが初期空間ならばできるはずだ。
頭の中に一つの部屋を明確にイメージし、そして、
「移動」
瞬間、見えるモノが一瞬だけノイズ掛ったように暗くなり、それが晴れた瞬間に見えていたモノが全て変わった。
場所は、母さんの部屋。
どうやらここは本当に初期空間らしい、そして、閉ざされた空間から出る為にはこの方法しかないみたいだ。
灰色に染まった母さんの部屋、だが、その中で一つだけ薄く白く光を放つモノあった。
母さんだ。
また、説明書の内容を思い出す。
――侵入編
一、初期空間内で、白く光を放っている相手を見ながら「侵入」と詠唱することにより、侵入が可能。
そして、母さんの事を見つめながら、唱える。
「侵入」
暗く暗転する世界、そして一瞬のうちに反転、白く塗りつぶされる。
そこに広がっていた景色はどこまでも見渡せるほどの真っ白な空間。地面に落ちている筈の陰もなく、天井には限りが見えない。
そして、その白が支配する空間の中を漂う幾つもの四角い枠組み。
そんな見なれないモノも、説明書の内容と照らし合わせ判断する。
――改竄編
一、幾つも漂う四角い枠が改竄可能な記憶。
ということは、この浮いているもの全てが母さんの記憶ということになるのか。
四角い縁の中を流れる幾つもの動画。
この動画一つ一つが記憶なのか。
そして、ヘッドフォンを装着している間に考えていた、この〝潜入システム〟が本物かどうか確かめる術を試してみる。
二、特定の記憶を引き寄せたい場合は「牽引」と詠唱する。
記されていた通り、声を発する。
「牽引」
ふわふわと漂う、四角い枠組み達。その中の一つだけがこちら目掛け動き、目の前で止まった。
それは探していたモノ、今日の朝の記憶。
母さんが朝食を作り終え、テーブルの上にお小遣いを置いてくれている所。
もし、この能力が本物だと言うのなら、この方法でわかる。
そして今からそれを試す。
説明書の改竄の三つ目に書かれていた内容を思い返しながら実行に移す。
目の前に漂う今朝の記憶、それに掌を向け詠唱する。
「崩壊」
四角い枠組みは形を失い、ばらばらと崩れ壊された。
記憶に向けていた掌を裏返し、再び詠唱。
「変革」
刹那、崩れ消え去ろうとしていた記憶が逆再生されるかのように巻き戻り、元の四角い枠組みが目の前に現れていた。
ただ、元通りになったように見えるそれは、流れるモノだけが変わっていた。
母さんが朝食を作り終えた後、お小遣いを置くはずだったが、その動作は無くなっていた。
そう、これが、この能力が本物かどうか確かめる方法だった。
身近で、早く、わかりやすい、最善の方法。
もし本物だとしたらこれで、また明日お小遣いが置かれる筈だ。
そして、当初立てていた目標を全て完了し、小さく溜息を零す。
やらなくてはいけない事があったせいで、周りをよく見回す事ができていなかったからか、視界の左上で動いていたモノに今、ようやく気が付いた。
それは時間制限に見えた。
63:43、63:42、63:41と一秒ずつ、時間が削られていた。
残り時間は一時間程あるそうだが、これ以上はなにもする事がないので、ここから抜け出すことにする。
「離脱」
すると爪先の方から身体がゆっくりと光の粒へと変換され上へ上へと上がり、胸を解き、首も解かれ、全身がなくなった。
白く光り、黒く反転。
解けた身体がたちまち元に戻り、初期空間に戻されていた。
こっちの空間でも時間制限は続き、時間を刻々と削っていた。
先ほどの詠唱は帰還編に書かれていた、空間から抜け出す方法だった。
あの言葉を詠唱すれば、あの空間から抜け出す事ができるそうだ。
そして、もう一度詠唱
「離脱」
初期空間からの離脱詠唱により、元の空間へと戻るのだった。
どうも、337(みみな)と申します。
こんかいは『潜入ゲーム ~過去から連なる未来へ~』を読んでいただきありがとうございます。
今回の小説は今行われている、ライトノベルコンテストに向けて書いたものとなっております。
本当は後一章-6もあるのですが、時間が足りずそこまでかけておりません。申し訳ないです。
ちなみに次のページは、コンテスト用のあらすじとなっていますので、ネタばれだらけなので要注意。
本当はもっといろいろとかきたいですが、続きはこの後書く活動報告の方に書かせてもらおうと思います。
では、337でした。