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一章-3

    3


 頬に伝わる冷たさ、ぼーっと霞が掛ったかのようにはっきりとしていない頭。身体のあちこちには痛みがあり、やたらと身体が重たかった。

 ゆっくりと開く瞼、曇りガラスを通して覗いたかのように、見えるものは全て色しか判別が付かなかったが、次第に輪郭を取り戻し、何かがわかった。

 そして、その目が一番最初に捉えたのは、木目調のフローリング。

 頬に冷たさを伝えていたのはそれだった。

 なんで俺はこんな所で寝ているんだ?

 頭の中を過ったのは、簡単な疑問。

 寝ていた場所は柔らかいベッドではなく、固くて冷たいフローリングの上。

 そんな寝心地の悪い場所で寝ていたせいで、関節の至る所が悲鳴を上げているかのように重く、痛い。おまけに寝違えたのか、首にまでダルさを感じる。その上軽い頭痛まであった。

 今までの人生の中で最悪の寝起きと言っても過言ではなかった。

 晴れない頭を振って眠気を吹き飛ばす。

 こんな馴れない所で寝ていたのにも関わらず、いつもの習慣のお陰で、昨日と同じ時間に起きれたようなので、学校に遅刻する、ということはなさそうだ。

 机に手を掛けて重たい身体を立たせる。

 俺の身体はこれほどまでにも重たかったのか? と抱いた疑問も解することなく、ふらつきながらも着替えを始める。

 薄く淡い赤色のワイシャツを身に纏い、ワインレッドにティールグリーンのラインが入ったネクタイを締め、グレーのブレザーを羽織り、紺色のズボンを穿いて着替えは完了した。

 部屋を出てリビングに向かおうとした時に、倒れていた椅子と開いたままのノートパソコンに気が付き、椅子を直して、パソコンの電源を落とす。

 シャットダウンをしようとしているパソコンを見つめながら昨夜の事を思い出そうとするが、何故パソコンを起動したのかすら思い出せず、気持ち悪さを抱いたが気にしないで部屋の明かりを消してから自室を出る。

 廊下を通り抜け、扉一枚挟んだ先にあるリビング。誰もいないその中にはラップを掛けて置かれている朝食と、今日が十月になったことによって置かれた今月分のお小遣いがあった。

 朝は早く、夜は遅くに帰ってくる母さんが置いておいてくれたものだ。ちなみに父さんは俺が小さい頃に病気で亡くなったそうだが、記憶の中には面影も何も残っていなかった。そもそも、昔の事なんてほとんど憶えていないだけどな。

 ラップの掛けられたおかずを電子レンジで温め、その間にパンをオーブントーストで狐色に焼きあげる。

 ニュース番組を眺めながら、時折画面の左上に映されている時刻に気を掛けながら朝食を食べ、そして食べ終えたら学校に向かうと言ういつも通りの朝だった。

 何か違うものがあるとすれば、それはこの身体に残るダルさぐらいだが、これはきちんと寝なかった俺に落ち度があるんだから、そんなことで学校に遅れるわけにもいかない。

 事件や事故を伝え、天気を報せ、くだらない芸能ニュースを垂れ流すテレビで時間を確認しながら最後の一切れを口の中に放り込み、食べ終えた。

 日頃の習慣通りに身体を動かし、登校前の身支度を済ませていく。


    †


 重たい身体に鞭を打つ、という程辛いわけではないけれど、それでも身体のダルさに辟易しながら、学校へ向かう道のり約二十分ももうそろそろ終わりを迎えようとしていた。 同じブレザーを羽織った男子生徒を追い越し、白のラインを二本襟元にあしらい、赤いスカーフを結んだ紺色のセラー服の女子たちを追い抜いて行く。

 自転車登校の小さな優越感に浸りながら生徒たちで賑わい始めた校門を通り抜け、駐輪場に辿り着いた。

 それと同時に、朝のSHL(ショートホームルーム)開始五分前を報せるチャイムが学校中至る所に付けられたスピーカーから鳴り、今日の始まりを感じる。

「ふわぁぁぁ」

 目尻に涙を浮かべ、大きな欠伸が出ていた。

「朝なのに寝むそうだな、ハルキ」

 その時、後ろの方から聞きなれた声が聞こえてきた。

「いや、違うぞ。朝なのに寝むそうなんじゃなくて、朝だからこそ眠たいんだ」

 自転車に鍵を掛けながら気ダルさを隠すことなく告げる。

「まぁ、確かにそうだな」

 カラ、カラ、と車輪から音を立てながら、サキチが自転車を隣に止めた。

 今日も昨日と同じく天気は晴れ。夏のジメっぽい空気は十月になった今日の空とはもう無縁らしく、蒼く澄んで高く伸びていた。

「ていうか、お前が俺と同じ時間に来るなんて珍しい事もあるんだな」

 SHL(ショートホームルーム)開始五分前の時間にこいつの姿を見たのはかなりご無沙汰な気がする。いつもならSHL(ショートホームルーム)開始五分後に来て、先生に軽くどやされていると言うのに。

「こりゃ、今日は何か変な事でも起きるんじゃないか?」

 空から槍でも降ってきそうで、今日一日はうかうか過ごしていられそうにないな。

「何を言うか、俺だって偶にはこのくらいの時間に来るんだよ。てか、十分くらいなら誤差の範囲で済ませられるだろ」

「遅刻がデフォだからそんなこと言われんだよ。イヤならいつも俺くらいの時間にきてみろ」

 とまぁ、サキチ相手に威張って見せたって、それ自身もそれほど速い時間に来ているわけでもないから、これ以上威張る事もできないけれど。

「ま、偶にはそうしてみるよ」

 そう言ってから籠に入れていたリュックを肩にかけ、悪びれた表情を見せる事なく歩き始めた。

「それにな、偶にこうして早い時間に来る方が、エンカウント率の低いモンスターに遭遇したみたいで嬉しいだろ? だから俺は敢えて、遅れているんだよ」

 なんだ? お前はどっかのスライムだったのか?

「…それじゃあ、お前の事を倒せば経験値が沢山貰えるのか?」

 ふと思い浮かんだ単純な質問。

「あー、そうかもな」

 そうか、そうなんだ。だったら…

「お前を倒して経験値、もといジュースを奢らせる!」

 言い放ち、サキチの後ろポケットに入れている長財布を抜き取り走り始めた。

「ん? あ? あぁ!! 待てや! ハルキ!!」

 遅れて聞こえてきた声を背中で受けながら、昇降口目掛け走っていた。

 眩く照らす太陽の下、生徒たちでにぎわう学校での今日が始まった。

 バカバカしいけれど楽しい、取りとめのない一日。

 一つの事で大きく変わってしまう、今日という日。

 そのきっかけは数時間後、唐突に訪れるのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 午前中の授業を乗り越え、誰っもが夢見た安息の時間、昼休みが訪れた。

 いつものように、昼休みに入るなり、ハルキと共に階段を下り、自動販売機が置かれている昇降口前へ向かい、飲み物を購入して、教室に戻る所だった。

「それにしても、あれはいつ見ても凄いよな」

 同意を求めるようにハルキに訊ねる。

「ああ、確かに。俺も何回か挑んだ事あるけど、もうイヤだ」

「はは、だろうな」

 向かう視線の先に居るのは、獲物(べんとう)を求める人だかりで生まれた購買前の群れ。

 そこの一角だけ満員電車の様な人口密度になっており、大変そうだなぁと人ごとなのでそんな風に思いながら階段を登る。

 ガラガラ、

 立てつけの悪ドアが唸りを上げながら開き、教室内に入り自分の席を見てみると誰かが座っていた。

 そして、その俺の席に座っている誰かさんが「おーい」などと言いながら手を振っているんだが。

 もう何度あったか数え切れない程、この光景を見てきたから馴れて入るけれど、いつもの事として俺も一言だけ言わせてもらう。

「そこ俺の席なんだけど、ピナ」

「うん、知っているよ。だから座っているんだから」

 意訳するに、私は退くつもりなんて一切ないから、他の人の椅子にでも座ったら? といったところだろう。

 まぁ、元からそうするつもりだったからいいんだけど。

 ハルキは自分の席に座り、鞄の中を漁って昼飯を取りだそうとしていた。その間に俺はハルキの隣の席の人の椅子を拝借する。

 ここの席の主もピナと同じように何処かに移動しているようなので、勝手に借りても問題はないだろう。というかいつも借りているのだがな。

「ほら、ピナの分の飲み物」

「あっ、サンキュ。はい、お駄賃」

 そう言って手渡されたのは百円玉一枚。

「お駄賃というのならば、ジュース代に+α何かを付けるモノなんじゃないか?」

 その言葉を訊いて、ピナがこちらを向き、視線が重なり、

「いただきまーす!」

「無視するなよ!」

 俺の話しを完全に無視しやがったこいつ。

「ほら、サキチも一人でいつまでも騒いでいないで、飯にしたらどうだ?」

 コンビニ袋の中から焼きそばパンを取り出して、もごもごと頬張るハルキ。

「あぁ、そうだな」

 なんだか、急にドッと疲れてきたんだが、気のせいじゃないよな。なんでこんな時間にまで疲労を蓄えなくちゃいけないんだ。

 本格的に始まった昼休みの中で、一人落胆の色をにじませながらも、弁当を取り出し食べ始める。

「そういえばさ、今日は話ししないのか? ピナ?」

「ん? 話しって、何の話?」

 何の事だろう、と頭の中で思い返しているようなので、俺が何を言いたいか告げる。

「その……、あれだ…、噂話だ」

「「えっ!?」」

 その言葉にピナだけではなく、ハルキまでも驚きの表情を浮かべ、俺の方に視線を向けてくる。

「まぁ、その、昨日は俺が機嫌を悪くして迷惑かけちまったわけだからさ、偶には俺の方から訊いてみようかなって思っただけだ」

 照れ隠しでふてぶてしく告げてみたが、二人はどう思ったのだろうか? そんなことは俺にはわからないけれど、昨日あんな態度を取っていしまった事が胸の中につっかえ続けていて、そのもやっとした気持ちを払拭したい為に訊いただけだ。

 これが贖罪になってくれればいいのだが。

 そんな俺の胸の内を理解してか、ニヤけ始めたハルキ。

 珍しいことに驚きながらも、何か噂話を思い返すピナ。

「う~ん、それが、今はこれといった噂話は入荷していないんだよね…」

 悩んだ末、期待にそぐえるようなものが見当たらず、申し訳なさそうに笑って見せた。

「そうか」

 ピナがいくら噂好きといっても、毎日のように噂話をしているわけではないから、こんなこともあるだろう。今日はハズレの日だったとでも思っておくか。

「…あっ、そういえば一つだけ思い出した!」

 記憶の片隅からポッと何かが思い浮かんだかのように、表情が明るく弾けた。

「たぶん、まだ話していなかったと思うから話すね」

 そう前置きをして、内容を頭の中で思い返しながら言葉を紡いでいく。

「今から丁度三年くらい前のことになるのかな。なんとこの辺りで記憶に食い違いがある人が多数現れたんだって。私の友達の中にも一人いたんだけど、その子を含めて四人で前、遊んだ時の事を話していたら、その子だけが違う事を言うの。そんな些細なことがあちこちで怒るようになったんだけど、そんな現象もいつの間にかパタリとやんで、その噂話もすぐに聞かなくなったの」

「へぇ、そんなことあったのか。でもさ、それってただの記憶違って言ってしまえばそれで済みそうだし、ピナはなんで、その子がその噂の現象にあっているってわかったんだ?」

 ハルキが思い浮かんだ疑問を訊ねる。

「私も普段だったら気にしなかったと思うんだけど、その話をする前に噂話の事を先に耳にしていたから、そうなんじゃないかなって思っただけなの。だからその子が本当に噂の現象に巻き込まれたのかって聞かれたら、どっちかわからないの。私が言いたかったのは、人の記憶に食い違いが多発する噂があったって事だけだから、私の体験談は本当は、どうでもいいんだけどね。この方が身近に感じられるでしょ?」

「まぁ、ピナの話しだからこんなものかな。ん? サキチどうかしたのか? なんかボーっとしているけど」

「えっ?」

 そう言われて初めて、動かしていた箸が止まっていた子に気が付いて、焦点も定まらず朧気に下を向いていた事がわかった。

「いや、そんなこともあるのかなって思っただけだ」

 心当たり(、、、、)が(、)あった(、、、)。そんなことを言えるわけがない。

 必死に抑えつけて、必要以上に思い出して島はないようにしている過去。押しつけていた思いが胸のあたりまでせり上がり、零れてしまう寸前だった。

 昔の感傷に浸っていたその時、携帯のバイブの低い唸り音が耳に届き、意識が教室内の戻された。

「俺だわ、ちょっとごめんな」

 そう言ってからハルキが携帯を取り出した。バイブの短さから見てメールだろうか。

 携帯を何度か操作し、メールを確かめた瞬間、顔色が変わったように見えた。

 驚き、訝し、不快。

 そんな表情をしていた。

「ただの迷惑メールだったみたいだ。ちょっとトイレ行ってくるな」

 迷惑メールが来たのなら、厭そうな表情をしても仕方がない、と思うが、あれはそれだけだろうか? 

そうだ、と言われれば納得してしまうが、何だか、引っかかる。

 はっきりと輪郭を捉える事のできないものを眺めているような不快感があった。

 去ろうとしていくその背中、何か言葉をかけなくていいのか? 

 必死に思考を巡らせるが、適した言葉が思い浮かばない。

 そして、ハルキの姿が教室の中から消え去った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 咄嗟についてしまった嘘、動揺し、焦っていた気持ちを表に出さないようにして逃げてきたつもりだったが、気が付かれていないだろうか?

 足早に廊下を踏み鳴らし、告げた通りトイレの中へと入り、個室に閉じ籠る。

 手に握りしめているのは迷惑(、、)メール(、、、)が届いた携帯電話。

 額からは一筋の汗が流れ、鼓動が五月蠅い程に早く音を立てていた。

 トイレに駆け込むだけで、こんな状態になるわけがない。そもそもトイレなどには幼児はなかったのだから。

 動揺している気持ちを落ち着かせるために、確実に一人になれる場所を求めたらこの場所になっていた。

 いつの間にか上がっていた息使い。大きく肩を揺らしながら、芳香剤の匂いをきつくして不快な臭いを誤魔化しているせいで、余計気持ちの悪い空気が肺の中へ流れ込んでくる。

 こみ上げてくる不快感。だが、そんなものを易々と押しのけてしまうモノが、掌に収まっていた。

 薄ら白い光を放つ携帯電話、そして、画面に映っているのは一通のメール。

 見た事ののないアドレス、普段ならただの迷惑メールとして無視していただろうけれど、それができなかった。書かれていた内容がそうさせてくれなかった。


〝潜入システムを授けよう〟


 その文面を読んだ瞬間に昨晩の事を全て思い出した。

 掲示板を見た後の、夢か現実か区別のつかない出来事、その中で現れた二つの選択肢。

 そして、どうせ夢だと高を括ってたいして考える事もなく〝是〟の方をクリックしたと言う事を。

 なんであんな事を忘れていた? 今朝パソコンを閉じるときにはそんな画面は映されておらず、最後に見た掲示板のままになっていたと言うのに。

 夢のように思っていたあれは現実だったと言うのか?

 そんなわけない、自分に言い聞かせようとしても、握りしめているコレがそれを許してくれない。

 焦燥に駆られえながらも次第に呼吸は落ち着き、冷静になれてきた。

 一体このメールは何なんだ? 夢が現実へと飛び出してきた? あり得ない。

 自問自答でどうにか答えを導き出そうと試みてみたが、このメールの存在を納得させられそうなものは見つけられそうにない。

 ならどうしたらいい?

 …………。

 できる手段がないのなら、これが何なのか確かめよう。

 再び見つめる画面、そして、文章を読み進める。


〝この場所に向かえ〟


 淡白な命令文の後に添付されているのは何処かの地図。

 その地図が指し示している場所はここから何駅か先に行った、かなり栄えた街の外れの方を差していた。

 見知っている場所のせいもあってか、〝潜入システム〟という未知のモノが本当に手に入りそうに思え、次第に高揚間が胸の中に生まれ始めていた。

 ピナ程ではないけれど、俺自身も噂話や都市伝説には興味があった。

お伽噺のように現実味のない物語り、日常では怒り得ないような事を具現化させたようなモノが掴む事ができる程、近い所にあるんだ。なら、逃がすわけにはいかない、掴み取って見せる。

 何が待ち受けているのかわからないその場所へと向かう事を、決意した。

 潜入システムという非現実的なモノと現実世界で出会おうと、決意した。

 そして、画面を下の方へとスライドさせ、最後の一文を目にする。


〝期限は本日中〟


 そんな文字に後押しを受け、受け取りに行くという気持ちが固まる。

 何かが待ち受けている筈のその地へ。

 何かがわかるかもしれないその地へ。

 昂ぶった感情と共にその地へ向かう。

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