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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第2章 年末における諸騒動
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第19話 日常を守護する戦士たち




「な、なんだあの変な女、け、消した? は? んだ、ありゃ、膜、か?」

「ふふ、やはり壊すだけではなく、友達を守れるというのは心が躍りますね」

 呆気にとらている男をよそに、和花は自分の能力の手ごたえを確信している様子だった。犯人たちが銃撃を止めた隙にメリーに姫宮の元に転移してもらい、和花に防御の障壁を貼ってもらったのである。姫宮がずっと頑張って我慢したからこそ生まれた好機だった。

数日前に私を苦しめた紫炎の投擲も、手榴弾が爆ぜる前に消滅させるために役立ってくれた。心強い能力だ。やはり実戦に特化した素養は羨ましい。

「お、おい、お前ら、意味わかんねえけど撃て、撃てよ! 超能力なんざ、み、認めるか!」

 男の喚きに応える声はない。

「今日の私はブチギレディモードよ、呪殺しないだけ良いと思いなさい。昔の私なら血の池に沈めてくれるところだったわ」

 リーダー格以外の全てを転移と肉体言語で圧倒してきたメリーが、私たちの元に帰還して憎々しげに言った。一撃も食らった様子がないゴスロリ姿は、華麗すぎるとしか言いようがない。ギャグは寒いが。

 だが、その顔に付けられた仮面は華麗というよりも、休日の朝に大活躍している戦隊モノに比肩する勇猛さをたたえていた。和花と私も同じような仮面をつけている。突入の前に、メリーが御手洗さんに依頼して即席で製作してもらった変装用の仮面である。

「なんだよ……なんなんだよクソが!」

 なおも男が放つ弾丸は、和花の防壁を越えられず、塵と化していく。質量をもつ現代兵器に対しては無敵かもしれないな、和花の能力は。

「我らがヒーロー部の諸先輩方に対する数々の暴挙に、怒り心頭なわけだ、俺は」

「ハッ、お、お前らもヒーロー部とか、ふざけたことやってんのかよ。そんな力があるんならもっとよ、愉しいことができるだろうが!」

 弾が切れて手榴弾を投じてきたが、和花は抜群の反射神経でそれらを灰燼にする。

「わたし、先輩たちと遊んだり、お鍋をつついたり、とっても楽しかったですよ!」

「カラオケで思い切り歌ったのはストレス解消になったし、ボウリングでわいわいするのも楽しかったわよね。それに、先輩ができたのも初めてで嬉しかったわ!」

 和花とメリーの言葉に思わず顔がにやける。朗らかな空気を醸しはじめたドールズに対して、犯人は顔面蒼白のまま、震えた声でのたまう。

「何あたりまえのくっだらねぇ遊びを大事そうに言ってやがんだ……正気かよ……」

 普通の人間様からしたら超常的能力を手にした奴らが普通に暮らしてるのは、おかしく見えるかもしれない。だが、私や和花やメリーは、普通が欲しくても手に入れられなかった、そんな人生を歩んできた。だから、普通の遊びができることが、普通の生活ができることが嬉しくてたまらない。

 私はつい先日まで自殺志願者、和花は倉庫で眠る呪いの人形、メリーに至っちゃ都市伝説。ヒーロー部の諸先輩方と過ごした時間がどれだけ温かく、どれだけ心地よかったか。その具合を正確に語ることのできるような言葉を、私は持ち合わせていない。

「正気も正気! 俺たちは楽しい日常を守るために力を使うんだ。だから」

 胸の奥が痺れて、腕がくすぐったくなる、声を出したら震えてしまいそうで、なんども怖くなった。みっともなく喋ってやいないか、自分は普通なのか、馴染めているのか。そんな風に内心ずっとほのかに怯えていた。だけど、そんな怯えもすぐに消えていった。

 人形と人間が共に遊び、共に笑いあう光景はきっとずっと、私が見たかったもので。

 それを見せてくれたヒーロー部の子たちは、私の恩人だ。だから、

「大切な先輩たちを脅かしたアンタを、この日常から消し去ってやる」

「けっ、消し去るだぁ!?」

 こんなにも血流が熱い。腹の底から声が出る。

 私は主犯格の男に背を向け、目的のモノを見つめた。乾いた銃声も気にならないほどに集中が深まっていく。頭のギアを高速で回転させる、アドレナリンが脳を駆け巡り、現実を捻じ曲げる力を私に発露させる。

 さぁ、眠ってないで本当のキミを見せてくれ。

「ヒーローと言えば、最後はロボじゃないとな」

 私の歯車が噛み合い、青葉さんと山吹くんを守っていた錆だらけのブルドーザーが白光に包まれ、本来の黄色をみるみる取り戻し、エンジンをうならせ、実に雄々しい咆哮をあげる。動かす能力を応用すればエコカーも真っ青、燃料なしで爆走するマシンの誕生である。

「不肖ォ、ブルドォザァ! 死に絶えていただけの私すらを気遣う勇敢な少女の心意気ぃ! 物言わぬともしかと伝わったぞォォォォ! 乗れぃ、我に力を託せしものたちよ!」

「おうさ! いくぞ二人とも!」

「はいっ!」

「わかったわ!」

 私たち三人はメリーの転移により、即座に颯爽搭乗した。

「ぬぅうはっはっはぁ! 可憐だが魂は益荒男のようだな! 振り落とされるでないぞ!」

「は、え、ブルドーザーってそんなに速く走れないだろ?」

「……そこは気合いだァァァァアァァ!」

 掛け声一発、気合いをエネルギーにブルドーザーが走り出す。

「マジかァァアァァァアァ!」

「はわわあわああぁぁあ!」

「おっ、落ちちゃうわよぉおぉ!」

 猛スピードで走りだしたブルドーザーから、明らかに性能以上の駆動音が聞こえる。彼の全身が悲鳴を上げていることが手に取るようにわかる。機体が揺れ、搭乗している私の身体も急激な疲労を訴える。ちょっと前までナルシスくんに振り回されてた疲労が襲い掛かってくる。

「じっ、自分がぶっ壊れるの覚悟とは恐れ入ったぜ!」

「それが武士の魂というものだ若者よ!」

 怯えている犯人を睨みつけながら、私はブルドーザーに負けないように声を張り上げる。

「じゃあ、その若者はあなたを治し続ける!」

「わっ、わたしは防壁っ、貼りますぅうう!」

 まるで鎧のような紫炎がブルドーザーに装備される。もはや妖怪じみてきた。

「これは痛快ッ! 無敵ッ! 我ッ、まさに最強であるッ!」

「ひっ、ひぃいぃ、ひいぃぃいいぃ!」

 白くまばゆい光を発し、紫の炎を纏いながら土を削るように爆走するブルドーザー様が、姫宮たちを苦しめた犯罪集団のボスに猛接近していく。あの野郎、情けない悲鳴をあげているようだが、私たちの元までは届かない! 

進路上のドラム缶をぶっ飛ばし、建設しかけの壁は炎で塵に変え、どんどん近づき、相手に勝ち目のない追いかけっこという名の残虐ファイトは続き、

糞尿垂れ流し白目向きだし痙攣しまくり気絶ダブルピース状態まで犯人を追いつめて、ようやく終わりを迎えた。いやごめん、さすがにダブルピースはしてない。普通にのびてる。広大な敷地を妖怪じみたブルドーザーにストーキングされたら誰でもこうなるか。

恐怖、それは最強の武器かも知れない。

「勝った……けどこいつらの処理どうしよう」

 後処理は全く頭にない、ノット最強な先輩であった。こう、秘密機関とかに所属する超能力者だったらもっとスマートだったろうけれど。私は、一応しがない大学生である。

「コンクリに詰めて海に沈めましょうよ。バミューダトライアングルがお勧めだわ」

 いつの間にか私の膝の上に乗っていたメリーが実に朗らかな笑顔で言った。

「あのう、折っても死に至らない骨だけ選んで局所的に破壊してみましょうか……」

 遠慮がちな笑顔だが、そこには明らかな破壊衝動が見て取れる和花が、私の隣で照れ気味につぶやく。そんなときだった。

「お任せくださいな、瑠璃様」

 この聞いただけで臓物がすくみ上る声は。

「久恵さん!? な、なんでここに?」

 ブルドーザーのキャタピラの真横に、工事現場に似合うわけのないエプロンドレスを纏った久恵さんが立っていた。

「越坂部様からお達しをいただきましてダッシュで救援に来たのですが、私が来たときには瑠璃様がパワフルに大活躍中でしたのでこっそり見守っておりました」

「そ、そうだったんだ」

「ええ、後のことは私の部隊に任せていただければと」

「部隊って秘密機関っぽいワードね……武鎧重工ってなんなのよ結局。アンドロイド作ってるだけじゃないわけ……」

 微妙に脱力気味のメリーだった。

「秘密機関って、にんじゃみたいなものですか、メリーさん」

「和花さんは忍者が好きねぇ。んー、実際どうなのかしら、久恵さんの部隊って」

 メリーの問いかけに久恵さんは柔らかく笑う。

「企業秘密です☆」

 手ごわい、さすが久恵さん手ごわい。

「まぁ、瑠璃様をお守りするための部隊とでも認識していただければ、差し支えないかと」

 私を守る、ねぇ。どうして、いまさら。

「なにやら腑におちていないご様子ですが、積もる話をしている時間はありませんので、いずれお話しするときに胸焼けがするほど積もりまくりましょう、瑠璃様。いまはなにとぞ、私たちにご命令を」

「……わかった。姫宮たちに二度と危害が加えられないように、お願いできる?」

「かしこまりました。さぁ、私の従順なメイドたち、お仕事です。迅速かつ精緻な処理を」

「「「「了解ですーっ」」」」

 久恵さんの指示で物陰からぞろぞろと現れた二十名ほどのエプロンドレス軍団が、犯人グループを拘束&運搬、姫宮たちを治療する様子は、筆舌しがたい謎の迫力があったとだけ言っておこう。やってることは特殊部隊っぽいのに、交わされる言葉が例のガムシロボイスという、ファンシーとミリタリーを同じ釜で炊いちゃった、てへっ☆ みたいな異常事態を目の当たりにした私たちは呆然としているしかなかったのだ。

 久恵さんたちの作業が終わった頃には日が沈んでいて、そろそろ大晦日だなと考えながら膝上に座るメリーのポニーテールを和花と共にモフモフもてあそんでいると、山吹くんが声をかけてきた。

「瑠璃さん!」

「山吹くん! 治療終ったか、よかった」

「はいっ、ありがとうございます、助けに来てくれて……さすがに今回は駄目かと……」

 そういう山吹くんは、ところどころ怪我をしていた。メイドさんたちによる手当の跡が、それを如実に語る。

「素人の喧嘩経験じゃ、不良に勝てても、ああいうのには勝てませんね、つつ……」

「とりあえず、大怪我がなくてよかったよ」

 私は仮面を取り、ブルドーザーから降りて、山吹くんに頭を下げる。同じように変身解除――といっても仮面をとるだけだが――した和花とメリーもついてきた。

「姫宮を助けてくれてありがとう」

「そんな、俺は、助けてなんて」

 かぶりをふる山吹くん。

「ううん、その傷を見れば戦ったことはわかるし、姫宮の力が最後まで途切れなかったのは、山吹くんが二人を残して逃げなかったからだよ」

「え、姫がただ、めちゃくちゃつえーんじゃないんですか?」

「うん、姫宮は強い。けどそれだけじゃないよ。超能力って簡単に言っちゃえば尋常じゃない強烈な願いから発現する、現実を否定する力なんだ。だから、姫宮が守れない自分を否定するとき、自分の現実を全力で否定して守りたい人がいたら、願いの力が増幅するってこと、かな」

「……じゃ、じゃあもし姫がもっとたくさんの人を守る使命をおびたりしたら……で、姫がそれを心の底から望んだら」

「正真正銘の完全無敵最強ヒーローになるかもしれないね」

 すこし離れた所で、青葉さんの膝枕で眠っている姫宮を見て私は微笑した。

 月明かりの下でまどろむ二人は絵本の登場人物のようで近寄りがたい。

 と思っていたら山吹くんが近寄って、笑いながら姫宮を起こして、三人そろってこちらにやってきた。私の知らないところで戦いを繰り広げていたヒーロー部の三人はまたひとつ大きくなったように見えた。

私の両隣には和花とメリーが居て、姫宮の両隣には青葉さんと山吹くんがいる。私たちはそれぞれの物語を重ねながら、こうしてここに存在している。それは極々あたりまえのことだけれど、私はそれを心の底から喜んだ。

 またみんなで明日を迎えられる。これは、とても尊いこと。

「和花ちゃん……メリーさん……それから、先輩」

「はい」

「なにかしら」

「どうした」

 姫宮の赤い髪が夜風に揺れる。

絵本の中のお姫様みたいな容姿で、勇猛果敢なヒーローである彼女は真剣な面持ちだった。

その隣のマフラーをはためかせる少女も、名誉の負傷を負って逞しくなった少年も一様に、これから決意表明でもするのかと思うほどに硬い表情で、

「おなか、すいちゃいました」

「えと。私、も」

「すいません、俺も」

 くくぅ、と、日常を守り抜いた戦士たち三人はそろって可愛く腹を鳴らしたのだった。




すみません。本来ならばエピローグがあるのですが、諸事情により、更新をしばらく停止することになりました。事情については活動報告の方でさせていただきますので、もしよろしければ、そちらを見ていただけると嬉しいです。

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