第18話 私のヒーロー
「ヒーロー部ねぇ。なにがヒーローだよ。正義心だけ無駄に高いガキが集まったってだけだろう。なあ、びっくり花火人間のメスガキ。威勢がどんどん弱くなってんぞ。さすがにこう撃ちまくられちゃたまらねぇだろ?」
前方からの銃弾が肌にぶつかる。能力で防いではいるけど、痛みを完全に無効化する能力じゃない。痛みは残って、私の身体にちょっとずつでも着実に蓄積されていく。火花が飛んで、刺すような痛みが私をえぐる。でも引かない。逃げるなんて選択肢も絶対ない。
「光司! 葵は、葵は大丈夫なの!?」
私の背後にある、巨大な重機の後ろに隠れている光司に声をかける。
「気絶してっけど息はしてる! でも、一発当たっちまったみたいだ!」
血の気が一気に引いていったけど、歯をくいしばって耐える。ここで私が折れてしまったら、この鉄の雨に二人をさらすことになっちゃう。それだけは嫌、死んでも嫌。
「つっても、ベルトが防いでくれてる! 体には弾ぁ、届いてねーぞ!」
ベルトは葵の能力の根源、それが壊れてしまったから葵の姿が私たちに見えたんだ。
私と光司を助けるために、葵が撃たれた。
くそう。くそ、くそ。
「おいおい煽りに反応しろよ。豚箱にぶち込まれたあいつらの手向けに棺桶にぶち込んでやろうってのに、もっと悲しそうにしたりとかよぉ、絶望したような顔してくれねえとさ、虐めてるこっちも面白くないぜ」
怒りが私の中のエンジンをヒートアップさせる。ああ、大人になっても、こういうことを言って、人間を虐める人がいるこんな世界。私は、この世界が嫌い。とても、とても嫌い。
私に向けられた弾丸が勢いを増していく。跳弾が後ろにいくたび泣きそうになる。
滲む視界をそのままにして、私は大切な人の顔を思い出す。
先輩。瑠璃先輩。
私、本当に強くなれてるのかな。いまにもね、ひざが崩れそうだよ。
痛くて、痛くて、悔しくて辛くて頭がどうにかなっちゃいそうだよ。
守るってこんなに難しいんだ。
こんなことを毎週やってるヒーローたちはやっぱりすごいよ。
「しぶといなぁ、ほっせえ色気のないガキの癖に」
大大大嫌いな世界でも、大大大大大大好きな友達が居て、守りたいって思うから、
私は、ヒーローになるって決めたんだ。絶対負けない、完全無敵の最強ヒーローに。
「おら、大人しく負けを認めちまえって、こっちが余裕しゃくしゃくなの、分からないわけないだろ? お前が必死の顔でよ、ぜぇぜぇ言って耐えてる今以上の手段がこっちにはあるんだぜ?」
十何人もの大人たちが私に向ける銃口は一切の迷いもなくて、玩具をもてあそぶように人を殺す道具を使ってる。止めなくちゃ、私が止めなくちゃだめだ。私以外の人にコレを向けさせちゃいけない、向けさせたくない。
「つってもなぁ、こうパンパン撃ってちゃ弾の無駄だし、疲れる。なぁ、そうだろ?」
リーダー格の筋肉質な強面の男が、仲間たちに目配せを送ってる。私からアイツまでの距離は一気に詰め寄れるほど近くはない。地面には廃材とか工事のための道具が散らばっていて足場も悪い。ホテル、だっけな、そんなのの工事が中止されて何年も経っちゃってて、街から遠いこの工事現場は、誰も好んでは近寄らない。葵と光司を守るサビだらけの重機も、せっかく静かに暮らしてたのにこれだけ撃たれることになっちゃって怒ってるかもなぁ。全部片付いたら拭き掃除とか、してあげ――、
「疲れた可哀想な俺たちは、これを使う」
あぁ、でもごめんね、私、それを償えないで死んじゃうかも。
だってほら、あれ馬鹿な私でも分かるよ。映画でよく見るもん。
手榴弾、だよね。あれを十何人が私に一斉に投げたら、私、どうなっちゃうかな。
ばらばら、かも。
「姫、ありゃ不味いって!」
「出てこないで!」
光司の動く気配を声で制す。
「私が全部抱き止めるから、その隙に逃げて」
「なっ、そんなの出来るわけないだろ! 馬鹿姫!」
「うっさい! 葵も光司も大切なの! 大切なもの守るためなら、私は!」
先輩ごめんなさい。
これが私の精一杯でした。
「死んでも、いいの!」
パタリと銃声が止んで。
「じゃあ、とっとと死ね」
いくつもの殺意の塊が、私に投げつけられて。光司の驚く声が聞こえて。
私は臆病にも目を閉じてしまった。
でも痛みがやってこない。音も聞こえない。
一瞬で死んじゃったのかな。
じゃあ、いまこうして死んじゃったのか考えてる私は誰なの。
幽霊? そうかも。
まだ、まぶたは開けられるのかな。
ためしに動かしてみよう。そこにめっちゃ綺麗な川とか花が見えてて、お母さんが笑ってたら、お母さんが居なくなってからの、パパの話を一緒にしよう。
ガールズトークだよ、なんて言ってさ。きゃっきゃしながらさ。
ああでも、独りきりにしたら、パパ、寂しがるかな。
やだなぁ……やだ。
死にたく、なかったなぁ。
「死なせるかよ」
……誰かな、あったかいな。
あたたかい誰かが、ぎゅってしてくれてる。
「俺は、アンタらみたいな人間は憎んでも憎み切れないほどに大嫌いだ」
とってもいい匂いがする。安心する。いつも、私のピンチにやってくる。
やさしいひと。
「せん、ぱい」
「あとはヒーロー部後輩の俺たちに任せてくれ、先輩」
「はいっ……」
私のヒーロー。