第16話 急転の瞬間
「なー、姫? どして公園来たん。買うもん揃ったし早めに和花ちゃん達のとこいこーぜ。あそこ遊ぶとこもあるし」
公園のベンチに座って休憩してる光司が声をかけてきた。
「ちょっとねー。ヒーローは少年との約束を守るものなのだよー」
私は光司の隣に腰かける。ふたりの間には買い込んだ荷物があって、それを見てるだけで明日が楽しみになってくる。年越しパーティが瑠璃先輩とできるなんて、来年は良い一年になりそう。
「あー、昨日の怪我やっぱなんか一悶着あったんだろー。隠し事はやめろよなー。姫とか青の秘密主義とか極力全部一人で解決するって考えはさぁ、仲間としちゃハラハラするぜ」
缶コーヒーを飲み終わった様子の光司が、その黒い缶をゴミ箱に投げ入れながら言う。
「ハラハラさせちゃうのは、ごめんだけど。やっぱり、私ができることは、私がした方がさ、みんなが苦しくないじゃない」
光司の目をみて訴えてみる。いつも通り、しらーっとした呆れたような瞳。
「それが姫のヒーロー哲学ってやつ?」
「んー、幼心に影響受けたのかも。あっ、きたきた。ユウキくーん!」
私はベンチから立ち上がって駆け寄ってくるユウキくんに大きく手を振った。
「お、お姉ちゃん、ホントに今日も来てくれたんだ……」
もこもことした帽子をかぶって、厚着をしているユウキくんはほっぺが林檎みたいに赤い。
「えっへへー、来ちゃった」
「あ、あの、あのね、昨日のお礼、持ってきたの」
ユウキくんのリュックから出てきたのはカラフルな大きい紙袋。差し出されたそれを、私はちょっと緊張しながら受け取る。
「わは、嬉しいなぁ、えへへ、開けていいのかな?」
「うん!」
ユウキくんのピカピカの笑顔に、私も笑顔を返してからそっと紙袋を開けた。
「あ、これっ!」
そこには宝物が入ってた。ずっとこの子と一緒だったのが一目でわかる。
「兵法戦隊モノノフファイブの五輪合体ニテンマルだー!」
現在絶好調放送中の戦隊物で大活躍中の巨大ロボ! のおもちゃ!
で、でもちょっと待って。
「えっ、えっと、これ、ユウキくんの大切な宝物じゃないの? 私なんかに……いいの?」
戸惑いながら、しゃがんでユウキくんと目線を合わせて大事なことを訊く。
「お姉ちゃんにあげたいの。あのね、お姉ちゃんホムラみたいだったから」
私は息をのむ。
ホムラ。モノノフファイブのレッド。
「強くて、イジメから助けてくれて。それからね、髪の毛が真っ赤ですーっごくかっこよかったんだぁ! だからね、お姉ちゃんにはニテンマルがピッタリかなーって」
……ああ、いけない。いけないなぁ。
「わっ、どしたの、どこか痛いの?」
「……ううん、ちがうよ、痛いんじゃないよ。へへ、昨日も言ったでしょ。こーいうのにはね、理由が沢山あるんだよ」
「悲しかったり、苦しかったりじゃ、なくて?」
ずず、と鼻をすする。かいかぶり過ぎだよユウキくん。私、かっこよくないね。
「うん、ちょーうれしいの。ちょーうれしくても、お姉ちゃん、泣いちゃうの」
私は、ぐしぐし、服の袖で乱暴に涙をぬぐって、勢いよく立ち上がる。
「ふっふっふ! 超絶ありがとうだ! ユウキくん!」
それから私は光司も巻き込んでしばらく三人で遊んだ。もちろんヒーローごっこ。
迎えに来たユウキくんのお母さんに、私の決めポーズを見られたのは、うん、気にしない。
ユウキくんを見送った私たちはどちらともなく笑い始めた。
「くくく、姫、すげぇじゃん。ファン一名ゲットだな」
「はっはっは! もっと褒めるがよいよ! あ、その写メは即刻消すことね!」
初対面のお母様に目撃された、私の衝撃的場面を撮影したケータイ片手に笑ってる光司を思い切り指差す。
「いーじゃん、ユウキくんもめっちゃ笑顔で」
「む……あとで私におく」
チュン。と、鋭い音がして、光司の手からケータイが消えた。
いや、吹っ飛んだんだ。
「は?」
「っ」
視覚を越えた私の感覚、悪く言えばあてずっぽうな勘が猛烈な警鐘を鳴らす。
とっさに光司にタックルをして、地面に倒れこんだ。
すると、さっきまで光司が立っていた延長線上にあった木の細い枝が折れて、空中で円を描き地に落ちる。
「おい姫、重くはないけどしっかり襲い掛かる女子の柔らかさに理性がピンチ」
「頑張って。……狙われてる、よね」
「……だろうなぁ」
私は能力を発動させた。これで遠隔からの攻撃も耐えることができる。でも、私の身体じゃ光司を覆いきれない。
私たちは、そろって素早く走り出した。
「なんなん、銃撃っしょ、さっきの。襲われる心当たりとか、あるか俺らに」
「悔しいけどしがないボランティア部だから、諜報機関とかマフィアとかの線は薄……」
――銀行強盗に巻き込まれた。
「まさかね……」
アスファルトにゴムが思い切りこすれる音が複数、やけに装飾過多な四台のバンが横断歩道を渡ろうとした私たちを取り囲んだ。もう少し走ればリベラメンテがある。あそこに逃げ込めればと思ったけど、そう甘くは行かないみたい。ましてや光司を守りながらこの人数は。
「うへ、リベラにも怪しいマッチョが入ってったぞ。怖いもの知らずの典型だな」
光司が立ち止まって息を整えながら言う。
「そうなると、私たちは私たちで何とかするしかないみたいだね」
私は拳を固く握りしめて光司と背中合わせにバンを見つめる。私の前には二台、光司の前にも二台。どうやって潜り抜けよう。
脳内でめまぐるしく思考を繰り広げていると、一台のバンから大柄な男が降りてきた。目だし帽とミリタリージャケット、それに安全靴。いかつさの集合体みたいな見た目をしてる。
「わざわざ誘導にかかってくれて助かるぜ、ガキども。時間がない。人の目と足をせき止めるのも金と労力がかかるもんでね。大人しく拉致られてくれりゃあ、おじさんたちは幸せなんだが」
いやらしい笑みを浮かべて近寄る男の手には、そこにあっちゃいけないものがあった。
「その帽子……!」
「ん、ああ、これなぁ。ほら」
男が手をあげると、さっき男が出てきた車から、のそりと現れた細身の男の腕の中には、
「こういうこった」
頭に銃を突き付けられ、眠りに落ちているユウキくんがいた。
「母親にも眠ってもらってる。どうだほら、イーブンだろ。お前ら二人と、親子二人。お前らが来れば助かる命だ。優しいだろ、俺たちは」
「……子供に手ぇだす時点で優しくねえよ」
お腹の底から吐き捨てるように、光司が言い切った。
「私たちならどうでもいい。ユウキくんたちを解放して」
私もあらんかぎりの憎悪をこめて、男たちを睨む。
「威勢がいいなぁメスガキ。お前らはヒーロー部、とかいうので間違いないよな。話によりゃあよ、おかしな青い髪の女が俺たちの仲間を世話してくれたんだってな。え?」
「あの子は当然のことをしたまで」
「黙れよ」
ユウキくんの額に男の銃が押しつけられた。私は言葉を収めるしかなくなる。
「また青髪にやられちゃ面倒だからな。馬鹿みてぇに面倒だが、外堀から埋めさせてもらうことにした。超能力だか何だか知らねえが、いま俺がやられねえところをみると、強いのは青髪だけってことだろ」
ひっひっひ、とやけに愉快そうに男が笑う。
「こうやってお前らだけのとこを狙えば人質作戦も有効ってわけだ。知的だろ、俺たちは。さぁ乗れよ。年の瀬におじさんたちとテーマパークに行こうぜ」
ぞろぞろと降りてきた男たちに私たちは抵抗できるわけもなく、捕縛されてしまう。ユウキくんと、お母さんは私たちと交代するように降ろされた。せっかく、友達になれたのに、ごめん、本当にごめん。
「もちろんテーマは処刑だ。何度も人質を使うってのは芸がないがな」
突然顎を掴まれて、私の額と、男の額がぴったり合わせられる。
「嬲り殺しになるお友達をたっぷり鑑賞できるのは、きっと二度とできない貴重な体験だぞ」
ギョロリとした男の目。荒い息。
薄汚くて、けれど振り払うことのできない大人の殺意というものがそこにはあって。
「おい! 姫になにしやがッ、ぐ、げはっ……」
「こう、じ……」
お腹に当てられた冷たくて硬い銃と、光司を狙ういくつもの殺意を見た私の身体に、暴れまわる意志が宿ることはなかった。