第15話 はじめてのげーせん
「さってとー。和花さん、紳士と合流する時間までに買い物を済ましてゲーセン行きましょ、ゲーセン!」
しょっぴんぐもーるに到着するやいなや、無邪気な笑顔でメリーさんが飛び跳ねます。綿菓子の様にふわふわな髪も同じように。こう言ったらメリーさんは怒ってしまうかもしれませんが、わたしはメリーさんと一緒にいると歳の離れた妹ができたような、そんなこそばゆくも温かな気持ちになります。
わたしの着物とメリーさんのごしっく姿はなぜだか人目を集めてしまうようなので、わたしはお兄様に買っていただいた大事なお洋服を身に着けています。メイド服を着るのも楽しかったのですが、やはり、わたしはこのお洋服を着ている時が一番ほっこり。
「あの、メリーさん、ずっと気になっていたのですけどゲーセンとは? 言葉からはなにやら蠱惑的な雰囲気を窺えます」
「ゲーセンはね、ゲームセンターの略。素晴らしい所よ。なんてったって」
メリーさんはその小さい指を組み合わせて長方形を作りました。お兄様がわたしたちの写真を撮るときに指でつくる四角にそっくりです。
「これくらいの画面でしか和花さんと戦えなかったけれど、ゲーセンではテレビくらいの大きい画面でバトルすることができるわ。迫力も解像度も段違いよ……ってなんだかあの眼鏡みたいな台詞を口にしているわね私……」
ははあ、とわたしは大きく口を開けたまま固まってしまいました。はしたない。慌てて口元を手で隠して話を続けます。振袖がないと顔を大胆に隠せないので注意しなくては。
「大変興奮するわたしが容易に予想できてしまいますね……」
「ええ、きっと喜んでくれると思うわ。小銭の貯蔵は充分だから安心してちょうだい」
ふふん、と笑顔で胸を張るメリーさん。わたしもつられて笑顔になります。
「ありがとうございます。えと、バイト代が出たら今度はわたしが御馳走? しますね」
「えへへ、遠慮なくゴチになるわ、ありがと。それじゃ、ええと……」
メリーさんはずいぶん使い込まれているのであろう手帳を肩掛け鞄から取り出しました。備忘録でもつけているのでしょうか。
わたしが持ってきた鉄の手押し車に、メリーさんが面妖な素材で出来た買い物籠を入れて、いざ出発と相成りました。この硬くも弾力のある籠……謎です。
歩き出したわたしたちは、精肉売り場にやってきました。
新鮮なお肉がさばかれた状態でずらっと並んでいる図はいつ見ても圧巻です。
「あの子たち、ものすごくアバウトに肉がいいよ肉、って言っていたからメモの意味がないわね。些細でいいから詳細が欲しいわ」
「姫宮さんたちの、お肉への情熱には並々ならぬものを感じました」
そうね、とメリーさんは小さくため息を吐きます。
「……適当に買ってホットプレートで焼肉やるのがいいかしらね。その方がきっと賑やかになるでしょう」
「昨日のお鍋も楽しかったですもんね」
「ふふ。そうね、その通りだわ。ちょっと前まで人間たちと鍋パーティができるだなんて、夢くらいでしか見なかったもの」
なんだか、わたしと二人でいるときのメリーさんはちょっぴり素直です。
「夢が叶ってよかったですね」
片手でふんわりとメリーさんの頭を撫でてみました。
「むぅ……べ、べつにっ。私は夢が叶った、だなんて。そこまではしゃいだ記憶はないわよ。ほら早くカゴに入れて次の採集ポイントに行きましょう。健康に悪いしお野菜買わなくちゃ」
「はーい!」
わたしとメリーさんは次々に食材を買い込んでいきました。そして会計を済まし、いつものように人目のない所で双葉荘まで転移しました。冷蔵庫に買った物を全部詰め込んで、これからはわたしたちの自由時間です。
再度しょっぴんぐもーるに戻り、青葉さんとお兄様、姫宮さんと山吹さんを待ちます。集合時間は午後四時。あと三時間は遊べます。
否、真剣勝負で語り合うことができます。
「ここがゲーセンよ。どうかしら、胸の鼓動を抑え切れるかしら」
キラキラとした画面たち、荒々しい音楽、そして数十人といるであろう拳闘士たちの熱気がわたしの身体を包んでいます。予想通りです。興奮しないわけがありません。
「め、メリーさん、わ、わたし、もう、だめ」
身体のぷるぷるが止まりません。
「そうでしょう、そうでしょうとも。分かっていたわ」
メリーさんはわたしの手をむんずと掴むと、小銭入れを差し出してくれました。
「いってらっしゃい。あなたは私が認めたファイター」
わたしはその想いをしかと受け取り、メリーさんとの激闘の日々を回想します。わんふれーむに全力を懸けた二人の日々を。
「そんじょそこらの相手に負けるだなんて、ぜったい許さないんだからね!」
「はいっ!」
対戦相手の方は、わたしを一瞥すると鼻で笑う方、なぜだか視線を泳がす方、〝めえるあどれすこーかん〟〝せきがいせんつぅしん〟なる謎の呪文を唱える方などが居ましたが、呪文を唱えていた方はいつの間にかいなくなっていて、メリーさんがスッキリした顔をしていたのだけ明瞭に憶えています。
そこからの記憶は、ちょっぴりおぼろげです。自分の意識が混濁するほどまでに、わたしは血に飢えていたのでしょうか。いえ、違います。わたしと研鑽を続けた彼女の強さが本物であるということを確かめられている瞬間が、わたしにある種の快感を与えていき、戦いにのめりこんでしまったせいでしょう。
その快感は、わたしにかすかな自信を与え、これから待ち受ける最終決戦への大きな不安を募らさせてきます。店内の拳闘士をすべて撃破し、たどり着いたのは盟友であり宿敵である、
「……待っていたわ」
メリーさんでした。
「お待たせしました」
もはや二人に言葉はいりません。互いに硬貨を投入し、反射神経を研ぎ澄ますのみ!
「レディーッ、ファイッ!」
どこからともなく気合の入った審判さんまで登場したわたしたちの勝負は、多分に漏れず激闘となり、数分前の敵は今の観客さんといった形で多くの人々を熱狂の渦に巻き込んだそうです。というのは、後からわたしが正気に戻ったとき、メリーさんから聞いたお話。
こうして、わたしはげーせん初陣を果たしたのでありました。
待ち合わせまでの残り時間は、
「いいものを見せてもらった!」
と悶えていた人々から頂いてしまった缶ジュースを、メリーさんと待ち合わせ場所である大規模食事処で嗜みながら潰していきたいと思います。
「それにしても便利ですね、こんな大規模な食事処があって、しかも自由に座れるとは」
「フードコートっていうのよ、和花さん」
「ふーどこーと……勉強になります。いつもお世話になってすいません」
わたしがそういうと、メリーさんは微笑みながら、
「いいのよ、可愛い妹ができたみたいで毎日ハッピーだわ」
そんなことを仰ってくれたので、わたしは大層赤面してしまったのでした。