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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第2章 年末における諸騒動
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第11話 作為的な勘違い


「お待たせしました、旦那様、すぐに飲んで、すぐにお帰りなさいませ。むしろ帰れ」

 私は注文されたコーヒーを力強くテーブルに置きつつ、言う。

「きみの態度までアイスになってないかい? なんだ、変にトゲがあるなあ、今日のきみは。接客をするにあたってツンデレ属性でも付与されたのかい?」

 ぺしりとストローで頭を叩いてやってから、ガムシロとミルクをテーブルに置いた。ツンデレじゃないってのに。

「海尋」

 私は少しの緊張と、今まで隠していた後ろめたさを感じながら、声をかけた。

「ん?」

「私の名前、知りたい?」

「おお……一人称まで女の子になるとコレはもはや。ほんと、茉子に見せてあげたいなあ」

「ちゃかすなよ……こちとら真剣に緊張してんだぞ」

「知りたい。僕はきみの友達だから。教えてくれるのなら、知りたい」

 ストレートなまなざしに、顔が火照る。同世代の人間からの真っ直ぐな好意というものを受け取りなれていない私は、心臓を跳ねさせてしまった。体が熱い。この格好のせいもあるのだろうが、精神が少し女性寄りになっているのかもしれない。移ろいやすい難儀な精神だ。

 私は海尋の耳に口を寄せて、

()(がい)瑠璃(るり)

 忌々しい五文字をつぶやいた。肩から重たい荷物を降ろしたような感覚がした。騒がしい店内、傍にはメリーと海尋しかいない。カミングアウトにはちょうどいい状況だったのである。予想通りというか、海尋は私の顔を見て、口を開けたまま動かなくなってしまった。

 と、思いきや。爛々と目を輝かし、ガッシと私の腕をつかんでくる。そしてそのまま、私の耳元でささやく。周りのお客様の目線と、先輩メイドたちの不審な目が怖い。

「ぶが……きみがあの……ルリカ、なのかい?」

「……うん、その、痛いから、離せ」

 すまない、と言って海尋は手を離した。そして、そうか、と一言おいて、

「瑠璃ちゃん、きみに話すべきことがある。武鎧の人間なら、知って損はない話だと思う」

 武鎧が知って損はないこと……。私は、ごくりと唾を飲んだ。

 淨美の力に、なれるかもしれない。

「わかった、仕事が終わったら、話してくれ旦那様」

「ああ……名前、ありがとう、瑠璃ちゃん……男だ男だって言ってたけど、きみはやっぱり女の子だったんだね」

 ぎりぎりぎりぎり。

「いった! いててて! 手の甲をつねらないでよ!」

「メイドに失礼を働くからでございます。デートのお誘いならもっと丁寧にしないと、乙女は逃げちゃいますよう? 旦那様」

 やっぱり女の子、とか何を言うかコイツは。


 でも、海尋はルリカ=正体が男というのを知らないので、この反応が自然なのか。

 なんだか変な誤解が誕生したような気がする。


 しかし、この誤解はさすがにここで撤回できない。


 私と浄美は性別を世間的に入れ替えている。

 現在、私は表舞台から抹消されているし、きよは男として世間に認知されている。

 私が性別を偽る意味は、すでに形骸化している。


 ゆえに、ヒーロー部の面々のようにただの高校生などになら、

 私の正体と性別どちらもを知られたとして、問題にはならない。


 だが、海尋は日に何百万アクセスの情報サイトを運営する管理人。特別な人間。

 素性を明らかにした以上、海尋には勘違いさせたままの方がよいのかもしれない。


 私は、友人をだまし続けなければ、ならないのか。


「メリーちゃんもどさくさに紛れてつねらないように」

「ちぇ」

 メリーがあわてて身を引っ込めた。男二人の会話に退屈していたのかもしれないな。

「ちょっと! 新人ちゃん! みーくんとなにイチャイチャしてるの!」

「ぐぶっ!」

 私は突然、首根っこをつかまれる。引っ張られた襟元が気道に食い込んでむせる。どうやら私より低身長の人から引っ張られたようで、危うく仰向けにすっころんでしまいそうになった。

 み、みーくん?

「サチ、今日も元気だねえ」

 私が後頭部を床に激突させるかもしれなかったというのに、海尋の声は呑気なものだ。私の後ろから移動し、海尋に詰め寄ったメイドの、丁寧に編まれた三つ編みが私の腰を直撃した。痛くないけど、髪の毛ながっ!

「みーくん! サチを無視してなんで新人ちゃんと話してるのよぉ!」

「この子、僕の友達なんだ。それにサチを無視してたわけじゃないでしょ。サチのシフトはこれからなんだから」

「そっ、それはそうなの……でも、ほんとに、友達なの?」

 猜疑(さいぎ)(しん)モロ見えの視線が、私の頭の先からつま先までねぶるように移動している。勘弁だ、恋愛系の女性の嫉妬は怖い。本当に、怖いのだ。否定は早い方がいい、なにごとも。

「同じ大学の、友達で、その好きとか全然まったく、(ちり)ひとつ、毛ほどもないので。ご安心なさってください……ええと」

「サチって呼べばいいの、先輩をつけるとさらにベストなの」

 睨みつける両目の鋭さは変えずに、サチ先輩が言う。三つ編みがたゆたっている。なげえ。

「サチ先輩が思うような、不埒な間柄ではないので、どうか、ご勘弁を……」

「……ふーん、なかなか丁寧な謝罪なの。許してあげてもいいの。でもでも、デートっていうのはなんなの? 聞き捨てならないの」

 怒ってらっしゃる。のののの、の連打波状攻撃である。サチ先輩の口調は相手を脱力させる効果、もしくは私は免疫があるタイプだが、ない人をひっじょうに苛立たせる効用があるだろう。イコール、私は攻められながらも、どこか気が抜けていた。

「アレはからかいついでに言っただけです。好意を持った男女が遊びに行くのがデートですよね。それなら、私はあらゆる意味で該当しませんので。聞き捨てちゃってください」

「むー……新人ちゃん、サチより大人っぽくて、みーくんの好みそうなの、不安なの」

「あー、可愛いよねえ、瑠璃ちゃん」

 海尋よ、空気を読もうな。あとで、憶えとけよ。まじで、恨むからな。

「可愛いって言ったの! 聞き逃さなかったの! な、殴るの!」

「ちょ、いやその、サチ先輩の方が断然、スーパー可愛いです!」

 拳を、どうか拳を降ろしてくださいませ!

「そんなの知ってるの! みーくんに言われなきゃ意味ないの!」

 そうして私が三つ編み魔人に詰め寄られていると、

「紳士ったら受難ねぇ」

「あっははー」

 畜生、ドサドコンビは頼りにならんぞ! 

 どうする、どうする、どうする――――っぐえ。

「はいそこまでー」

「じょ、女王様なのっ」

 私の隣でサチさんが、宙に浮いた足をバタバタさせてもがいている。

「ふたりとも、お仕事しないと、清掃用のバケツにドタマ突っ込みますよ」

 一日に二度も首根っこをつかまれるとは、知る由もない。背後にいる人物の心当たりなんて一つしかないので、私は振り返らず、すみませんでした! と叫んで仕事に戻った。サチ先輩も同様だったので、久恵さんの人心(じんしん)掌握(しょうあく)は、よく行き届いているようである。

「ご、ごめんなの。新人ちゃんに女王様の恐怖を味あわせちゃったの」

「いえ、慣れてますので……」

 仕事に戻って、すれ違いざまにサチ先輩が謝ってくれた。海尋のことを抜きにしたら、いい人かもしれない。だが、警戒は怠らないようにしよう。油断は大敵だ。

 それにしても、女王様か。妙にしっくりくるのがすごいな。正体は本物のメイドなのに。

「なにか失礼な考えをしている電波を受信しました~」

 ワタシハ、チュウモン、トル。リョウリ、ハコブ、ソレダケ。

「あら~、急に圏外になりましたねえ~。よきかなよきかな~」

 コワイ、チョウ、コワイ。ア、ナンカ、リクエストサレタ。

 …………ダンナサマニ、ニャンニャン、イウ、ソレダケ。

「ニャン、ニャン」

「きみ、新人だね~。硬いよ、笑顔ぉ。もっと柔らかくニャンニャン言わなきゃ~」

 オマエ、イツカ、ミテロ。グタイテキニ、ヘイテンゴ、ミテロ。

「ニャンニャンなの~☆」

「ひゅーっ! さすがサッチー!」

 ダンナサマカラ、ハナレル、ワタシタチ。

「フォロー、アリガト、サッチー」

「お詫びなの。どうして片言なの」

 恐怖から、と口にしたらさらなる恐怖に襲われる気がした。

「あらぁ~?」

 オット……テーブル、フク、ソレダケ……。




 無心になること数時間。おやつの時間に差し掛かった頃。

「サチちゃーん!」

「わあ、来てくれたの!」

 サチ先輩の〝の〟のアクセントに慣れてきた私は、遠くでかわされるファンとおぼしき人とサチ先輩の会話を聞き流していた。お帰りなさった旦那様が座っていたテーブルを一生懸命拭く。こういう単純作業は無心になれていい。

端から端へー、キュキュキュ~。

「サツキちゃん、今日は、部活終わりなの?」

「ううん! これからだよ! 近くの公園でやるから、ちょっと会いたくて来ちゃった!」

 いや、いやいや……いや。まさか、そんな。海尋に続いて、なあ。ありえん、ありえん。

「これ。差し入れ」

「ありがとうなの、アオイちゃん! アオイちゃんのクッキー、サチ大好きなの!」

「……さち、あの人」

「ん? あっ、そうそぅ! 新人ちゃんなの。お仕事そつなくこなしててね、すごいの!」

「そう」

 なにやら足音が近づいてきているような気がするが、気のせいだ。気のせい気のせい。よし、五番テーブルはピッカピカである。やはり、私の身体に染みついた掃除スキルは死に絶えていなかったようだ。むかし培った杵柄に感謝してやまない私は、一テーブル拭き終えたことだし、そそくさと休憩室に逃げようかと思うのですが、久恵様、許可を。近くでパフェと生ビールを運んでいた久恵さんにアイコンタクトを試みる。

「サボりって、よくありませんよね~。私、真面目な人が大好きですね~」

 許可を――っ!

 ぽむん、と優しく肩を叩かれる私。背後には、人の気配。振り返ってはいけないと、首の骨が可動を許さない。ボタンを押された目覚まし時計のように、私は一言も発することが出来なくなっていた。

「ゴミ、ついてた」

 気づいてない、のか。ただ親切心でゴミを落としてくれただけなのか。ならば、まだ回避できる可能性がある。このまま、お辞儀をするふりをして顔を伏せながら、休憩室にいったん逃げ込むという選択肢ッ! あとで久恵さんに絞られることを考慮すると、あまりに無謀すぎる作戦だが、男には、やらなきゃいけないときがあるのだ! 

 実行! お辞儀、駆け足、いける、これはいけるぞ! ついてきている様子もない!

 じゅ、順調すぎて自分の強運が怖いぜ!

「うあっ」

 突然、頭頂部に衝撃。まずい、お客様か誰かにぶつかってしまった! 

 今度こそ、すっころぶ! そしてすべて終わる!

「おっと」

 男なのに、腰に手を回されるとは……早くお礼とお詫びを……っ、

 のわああああああああああああああああ、まじかああああああああああ。

 私はとっさに、私を助けてくれた男性から離れ、顔を伏せた。

「大丈夫? よけれなくて、ごめん」

「…………」

 この声、そして、一瞬顔を上げたときに見えた黄色髪は、どう考えても。

「光司? 新人さん怪我してない?」

「新人ちゃん、平気なの?」

 心配してくれるのはありがたいのだが、そして申し訳ないのだが、逃げ場が、どんどんなくなっていく。後輩に女装復活がバレ、新しくできた後輩二人にも女装がバレ、とどめにサチ先輩に女装がバレて、リベラメンテ追放、そして留置場へ……。

「あー、なんだあ、へっへー」

「っ!」

 いつの間にか素早く、私の懐に潜り込んだ、真っ赤な髪の毛少女が笑う。この笑顔と頭髪を、見間違うわけなどない。姫宮皐月その人である。しゃがんで上目づかいで私を見ている。

 そして五秒の沈黙後、

「ルリカちゃんじゃないですか」

 にんまりにんまりしている姫宮。

「違います」

「ああ、瑠璃さんかぁ! サチと同じとこで働いてるんですね」

 私の前にいる山吹くんがなにやら普通に納得している。私の否定は無かったことのようにスルーされた。私は観念して顔を上げることにし、苦笑いしながら山吹くんと目を合わせる。山吹くんは、似合ってますよ、と言ってくれた。複雑である。

「んっと、新人ちゃんって、みんなと知り合いなの?」

 サチ先輩が、ヒーロー部の面々、そして私を見てから姫宮に尋ねた。

「うん! 私の先輩かつ、ヒーロー部の後輩だよ! 私たちにとっても新人ちゃんだねー!」

「ほわー、何だかすごい偶然なの。……む、コレ以上立ち話してると怒られるの、新人ちゃん、お仕事に戻るの」

「はい、サチ先輩。冷静な判断、お見事です」

「ふふーん、褒めても何も出ないの」

 私はウインクするサチ先輩の指示に従い、メニューを眺めているお客様の方へと歩こうとした。しかし、姫宮に呼び止められる。

「その、あのね、私たち、お店の近くの公園で活動してますから、仕事終わりにでも見に来てくれたら嬉しいです!」

 こんな年末にも活動しているのか。先輩かつ後輩の部活動風景を、年末の思い出に記憶するのも、悪くないだろう。

「……余力が残ってたら見に行きます。店出てすぐ右にある公園ですよね、お嬢様」

「そうです、ありがとうございます!」

 そして仕事に戻った私であったが、メリー&海尋のいるテーブルに自然と合流し、ちらちら私を見ながらティータイムを楽しんでいたヒーロー部諸先輩方に羞恥を感じて、めっきり仕事の効率を落としてしまったのである。

 この世に、〝ドジっ子メイド〟という属性が存在していなかったら、いまごろ数人の旦那様に殴られている所であった。特に、私が水を洋服にかけてしまっても笑顔を崩さない旦那様には、大粒の涙が出た。本当にいるのだ、こんなにも寛容な御仁が……世の中は、捨てたものではない。




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