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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第2章 年末における諸騒動
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第6話  さすがお嬢様、機知に富んでいらっしゃる

 



 高校生トリオとは華の湯の入り口で別れ、私たち双葉組は六畳間への帰路についていた。時刻は午後九時。メリーが風呂上がりだからか髪を解いていて、くせっ毛がぴょんぴょんと跳ねていたり、渦を巻いていたりしている。髪を下ろすと、幾分か大人っぽい。

 和花はなにか考え込むようにして、自分の手のひらに文字を書くようなしぐさを繰り返している。いったいどうしたのだろう。

 気の知れたもの同士の心地よい沈黙に包まれながら、道路を歩く。三人分の足音がする。ふいにメリーがハミングを始めた。それは例の私のデビュー曲だった。一番のサビまでメリーが奏で終わった頃には双葉荘の前についていた。

「いい歌だったわ、キャッチーで」

「子供番組の歌だからな。憶えやすくないと」

 ドアに鍵を差して、開ける。窓からの隙間風のせいで、部屋が外よりずっと温かいということはなかったが、やはり外よりは中の方が落ち着く。メリーと和花を入れてから、室内に入った。

 鞄を降ろし、畳の上に胡坐をかく。二人が洗面所で手を洗っている水音が聞こえる。先ほど歩いているときに携帯が震えていたので、チェックしてみる。華さんからメールだ。


〈今日はありがとな、名前。アンタが名乗らねーから、アタシもタイミング逃してたよ。そんで、本題なんだけど、例のアンドロイド発表会、五人まで行けるんだと。よかったら一緒に行かねーか? 

 和花ちゃん好きだろ、こういうの。年明けになっちまうけど、大学まだ休みだし。誘いたいやつ他にいたら誘ってもいいぞ〉


 絵文字も顔文字も一切ない所が、華さんらしい、と思いながらメールを読んだ。

 手洗い等をすませて和花がやってきたので手招きする。和花は、すとんと私の隣に座った。

「なんですか?」

「番頭さんからメールが来たんだけど、ほら、俺の実家、武鎧重工主催のアンドロイド発表会こないかだってさ。和花、どうする?」

「行きます、ぜひとも」

「おお……即答だな」私は口をぽかりと開けたままになる。

「お兄様のご実家のお仕事ですからね。それはもう拝見したいです」

 ふんふん、とうなずきながら和花が言う。その様子に、私はつい破顔してしまう。

「メリー、キミも来るだろ? 番頭さんと出かけるなんて滅多にないぞ、かなりレアだ」

 台所でマグカップを手に持っているメリーに話しかける。ココアの甘い香りが鼻に届く。メリーは優雅にココアを一口飲んで、

「愚問よ。華さんからの招待を断るわけがないわ」

 なぜか誇らしげに胸を張りながら答え、ココアの付いた唇をなめた。

「了解、じゃあ返信しとくな……あ」

 アンドロイド関連でちらつく眼鏡が一人。……こういう、誘いの電話、してもいいのか?

とりあえず番頭さんに電話してみる。

『ふぁい』

「こんばんは、なんか食ってます?」

『わりー、アイス食ってた。どした?』

「俺の男友達誘ってみていいっすかね。アンドロイドとかロボットとかに熱心な奴で」

『おー、そりゃまた適材適所……あ、はいどもー、また明日ー……うん、誘ってみな。アタシは全然構わねぇからさ』

「ありがとうございます、色々」

『んだよー、かしこまっちまってさ。礼を言うのはこっちだ……色々とな』

 華さんの顔は見えないが、優しく微笑まれている気がした。

「……はは、じゃあ、おやすみなさい。また明日」

『へへ、またな』

 電話が切れる。続いて私は、携帯を操作して数少ない男友達に電話をかける。

三回コールしたところで相手が出た。

『やぁ、きみから電話とは珍しい。どうしたんだい』

「すまんないきなり。実はさ、武鎧重工アンドロイド発」

『当たったのかい!?』

「うひゃ、大声だすなよ」私はとっさに耳から携帯を離す。

『すまない、あやまる』海尋の声は急激に委縮していた。私は安心して電話を耳の傍に戻す。

「さては、お前応募してたんだな」

 私の問いかけに、ため息が返ってきた。

『してたとも……外れたけどね。オークションだともう高騰してるし、いっそ裏口で行くのもアリかと思ったけど、ちょっと思うところあってやめたよ』

 裏口をやろうと思えばできる海尋が恐ろしい。コレだから一歩間違えると、マッドな方向に傾きそうな才能を有しているやつは困るのだ。

「なるほどね。そこで朗報なんだけど、当選した人に一緒に行かないかって誘われてさ、海尋を誘ってみてもいいか訊いたらオッケーでたんだ。良かったら来いよ」

『なに、それは……ありがたい。これで大義名分のもとに武鎧の技術を観察することができるよ。茉子をこっちに連れてくる研究も進むかも』

 海尋の声が喜びの色に染まっている。誘ってよかった。ちょっと胸が温まる。

「じゃあよろしくな。予定空けとけよ」

『うん、わかった』

「そんじゃまたな、おやすみ」

『僕は寝ないけどね。お休み』

 海尋のそっと語りかけるような睡眠のあいさつの後、電話が切れた。ううむ、女の子が海尋に囁かれたら瞬時に落城するのだろうか……。女性化教育を受けてはいたのだが、恋愛禁止という、正に箱入り娘的教育方針だったので、そこらへんの感覚は解せない。まあ、箱に入れられなかったら、入れられなかったで、色々と私の貞操が危うい事態になっていたかもしれないので、すこしは箱入り方針に感謝するべきだろうか。

 それにしても、まさか年越し後の予定が年越し前にひとつ埋まるなんて。何年ぶりだろう。もし家に独りでいるときだったら小躍りしていたかもしれない。私は携帯を勉強机の上に置いた。

 今では、携帯が普通に着信を告げたり、誰かに発信したりする。もしこの子を動かしたら、私と感動を共有できるかもしれない。ようやっと、携帯くんは本来の使役用途を、自らの存在意義を果たせているのだから。いや、この考え方は少し上から目線過ぎだ。私の独断で、彼は力のやり場を失っていたんだから。携帯を置くときに、ほぼ真っ白のノートが入ったが、私は見なかったことにした。


 明日だ、明日。明日から本気出す。


 ジャケットを脱いだ私は手洗いをすませ、畳のうえにうつぶせにねっころがった。

 今朝、姫宮に腹パンをくらって以来の畳と思うと感慨もひとしおである。

 銀行強盗に遭遇したのに無事に帰ってきたというのも、驚嘆すべき事実だ。あの窮地を単身で救ってくれた青葉さんには、いくらお礼をしても足りないだろう。

 和花は、だらけている私の横で、絵日記をつけていた。無理矢理覗くとビンタかパンチが飛んでくるので後姿を見守るだけにする。夢中になって書いているので声をかけるのも悪い。こうなったら最低、 一時間は無言モードか。今までの統計的に。

 ならば、ここが頃合いだろう。

 私は体を起こしてジャケットをわざわざ着なおし、玄関から外に出る。

 そして携帯を取りだし、電話をかけた。

『は、はい。私、メリーです。な、なにかしら』

「一服に付き合ってくれないか。それと、ちょっと訊きたいことがあるんだ」

『へっ? う、うん。わかったわ。すこし待っていて』

 電話を切って三分ほど待つと、隣にメリーが現れた。この前ショッピングセンターで買ってあげた、黒いゴスロリマントを羽織っている。自然に着こなしていて、伊達に淑女を名乗っているわけではないということがわかる。

「おろしてみたけれど、似合うかしら」

「もちろんです、お嬢様。お召し物と、ストレートな髪型、どちらもお似合いでございます。二重の意味でおろすを使うとは、さすが機知に富んでいらっしゃる」

 メリーはぷいと顔をそらしてしまった。

「別に、エスプリを利かしたわけじゃないわよ。あとその口調禁止。なんだかむず痒いわ……。和花さんにはいつものように書置きしておいたから安心して」

「うん、ありがとう。歩いて公園にいくか、それともキミが魔法を使うか。どうする」

「魔法にばかり頼らないの。歩きましょ。瑠璃は運動不足なんだから、もっと歩くべきよ」

 やれやれ、と首をふるメリー。連動して、ウェーブ気味の金髪がなびく。

「はい、すみません、お嬢様」私は胸に手を当ててお辞儀をした。

「だから禁止だってばぁ」

 出発前のやり取りを終えて、私たちはいつもの一服場所、近所の公園に向かった。

公園に着くと、入り口で酔っ払いの人が木にもたれかかっていたが、その人以外は誰も居ない。静かだ。このままでは生々しい嗚咽というノイズが定期的に入ってきそうなので、いつものベンチではなく、入り口から遠い、パンダや象がデフォルメされた遊具に乗って話をすることにした。メリーが象、私はパンダに腰かける。

 私は煙草をジーンズから取り出し、吸う。一日ぶりの煙が肺を満たす。

「いつも一本しか吸わないわね、煙草」

「ん、ジンクスみたいなもんだから」

 メリーに返事をしてから、吸い、また吐き出す。風向きを読んで、彼女に煙がかからないように気を付ける。

「細かいところがやっぱり紳士ね」

 私の様子をじーっと見ていたメリーが呆れたような口調でいった。

「いや、最低限のマナーだよ」

「……訊きたいことって、なあに」

 メリーは毛先を指でいじりながら、話す。私は灰を携帯灰皿に落とした。

「この公園で甲冑を捕まえたの、憶えてる?」

「ええ、憶えてるわよ。それがどうしたの」

「あれの中身、姫宮だったんだよ」

 私がそう口にした瞬間、メリーの指の動きが止まった。そして、おおきな溜息。

「瑠璃が何にも言わないから、嫌な予感はしていたけれど……ぐぬう、皐月さんには悪いことをしたわね。今度謝らないといけないわ」

「やっぱり初めて会ったんだな。ちょっと肝が冷えたんだぜ、今朝」

「私はいま内臓が氷河期を迎えているわよ……分析紳士は、私がなんで甲冑を捕まえたかを知りたいの?」

「ううん、言いたくなきゃ、言わなくていいよ。姫宮と敵対してるかしてないか、それを確かめたかったんだ」

「ふうん……あら、言わなくても済みそう。瑠璃、アレを見て」

 メリーが指を差す先。そこに視線を送ると、

「……え、甲冑?」

「いいえ、ストーカーよ」

 こぼれたメリーの言葉を脳が処理するより前に、視界からメリーが消えていた。

 直線距離十メートルを一秒でゼロ距離にするメリーの魔法、テレポーテーション。

 距離をつめたメリーはためらないなど一ミリもないと言わんばかりに甲冑を蹴飛ばした。ガシャガシャと金属音が鳴って、甲冑が激しく地面に打ち付けられる。アレは痛い。

 夜の魔法少女は、容赦を知らない。彼女は夜になると選択した相手以外から姿を消すことができる。といってもこの能力の内容は、私の推論に過ぎない。それでも不可視の敵を相手にしている甲冑が一方的にやられているのは事実。メリーは地を這う甲冑を踏みつけ、踏みつけ、踏みつけ、とどめにもう一度踏みつけた。甲冑がピクリとも動かなくなる。

「ただいま。終わったわ。兜の隙間から見たけど、中身なし、よ。安心して」

 中身なし?

「オカルト的な?」

「そう、オカルトね。いわゆる動く甲冑よ。襲われている私も正体が分からないし、瑠璃にも分からないだろうから動く甲冑って認識でいいと思うわ。なぜかつきまとわれていて、出会うと襲われるのよ」

「なっ! 襲われるって、聞き捨てならないぞ」

 私は力任せに煙草を灰皿に押し込んだ。もし誰かにメリーが狙われているのだとしたら、私は狙ってきたそいつを許せない。

 そんな私の心を見透かしたような、困っているような笑みをメリーが浮かべる。

「いいのよ、そんな顔しなくて。私は特別だって、前にも言ったでしょう。滅多なことじゃやられないわ。月イチの恒例行事みたいなもの。慣れっこなの、負けたこともないし」

「慣れっこって……えっと、たしか前、言ってたよな、俺ならアレの相手に丁度いいみたいなこと」

 中身が姫宮の甲冑を捕まえたメリーが、そんなことを口にしていた気がする。

「そうね、試してみたいことはあるけれど……」

「それ、いまやってみようか」

 私はファンシーな象の上に立つ少女を見る。それに応えるかのように、少女も、その綺麗な瞳をジッと、私に向けていた。そして、うつむき、首を左右にふる。

「……ほんとに、いいのかしらね。わからないのよ、私も。瑠璃は和花さんを救ったわ。これ以上、視界を広げなければ、もう、余計なことを考えないで済むじゃない」

「メリーは大切な友達だ。余計なんかじゃない」

「……そう……」

「俺さ、こんなでも超能力者で、本日からヒーロー部の部員なんだ。んでな、困ってる人は助けるのが、部長である姫様の活動方針なんだよ」

 私は努めて、微笑みを作った。

 すると、数秒とまどったような顔をしたメリーが、空を見上げ、

「なるほど――――。これが部活動なのね。初めてだわ」

「初回から物騒だけど、なんだかヒーローっぽいから悪くないだろ?」

「ええ、そうかも」

 メリーは空から目線を落とし、私に無邪気な笑顔を見せてくれた。

私はメリーの指示に従うために、仰向けに倒れている甲冑に近づいた。所々へこみができている。メリーの本気(まだ余力を残していそうだが)キックは凶器になりえることが実証された。ひとまずその事実は脳の〝絶対に怒らせてはいけないリスト〟に詳細を記憶させておくとして、私は集中を開始する。

 手のひらを温もりのない銀色に添える。私の温度がのりうつっていく。

 それと同じくして、私の集中は『彼』の中に入っていく。頭の歯車が回る。

「完了だ。もう、こいつは動ける」

 私がそう呟くと同時に、甲冑の首が動いた。そして右腕を私の傍にいるメリーにゆっくりと伸ばす。だが、その手は彼女には届かない。あきらめたのか、彼の右腕が地面に落ちる。

「今回もこちらが負けか。たまったものではない。(あるじ)は甲冑遣いが荒すぎる」

 深い、耳の奥で反響するような声。私より最低十年は年上に感じる声だった。

「はて? いま、声が。もう力も残っていないというのに体が動く。これは……」

 甲冑は自らの変化に戸惑いを隠せていない。カタカタと足が震えている。意外と小心者?

「毎度ご苦労様ね、ブリキさん。空っぽの身体で動ける気分はどうかしら」

 メリーが不満をぶつけるように、はん、と息を吐いた。

「貴様、よくも幾度も足蹴にしてくれたな。高くつくぞ。主はお怒りだ。捕食者の癖に、平然とのさば」

 メリーが甲冑の頭を地面にめり込ませそうな勢いで蹴った。

「あなたに発言権はないわ、捕虜。生かしているだけありがたいと思いなさい。このままただの鉄くずに変えたっていいのよ。私にはそれができる。わかるわよね」

 普段と違う、都市伝説な彼女の凄みを感じた。単語の一つ一つに、対象を恐怖させる念が込められているように感じる。その恐怖を甲冑も感じ取ったのか、彼の言葉は途切れた。

「いい子ね。でもポイントはあげない。主、だったかしら? どうして私を狙うわけ? あなたも何度も壊されかけるまで使われて、離反したくはならないの」

 メリーが甲冑に問う。私は先ほどの甲冑の言葉を思い起こす。主、お怒り、捕食者。これだけではメリーがどんなことに巻き込まれているのか到底判断がつかない。わかるのは、毎月、命を狙われていることだけ。

「っふふふ。そうか、そうか、そうか。貴様とこうして話すのは初めてだったな。そうか。主があそこまで憤怒する理由。それは貴様の無知。貴様の無自覚」

 甲冑の兜から嘲笑が漏れている。

「なにがおかしいのよ。適当抜かしてると、また蹴るわよ」

「無理はない。無理だ。貴様は知る由もない。捕食者は、捕食した者を気にも留めん。略奪者は奪ったモノにしか興味を抱かない。元の所有者には、一片の同情もない。それだけだ」

「真面目な口調でデンパ振りまいてんじゃないわよ。私が無知っていうなら教えなさいよ、私が知れば、主さんの怒りもおさまるんじゃない」

「貴様が貴様でいる限り、主は貴様を許さない」

 公園の暗闇に、冷淡な甲冑の声がたゆたう。許さない、と言われた本人は意味をつかみかねているようで、ごくり、とつばを飲み込んでいた。細い喉元がちいさく動く。

「なんなのよ……どうして、許されないのよ」メリーの拳が固まる。

「貴様が貴様でなくなれば、こんな遊戯は終焉を迎えるだろう。それも、貴様には無理な」

 痛い。つま先が痛い。甲冑ってやっぱり丈夫に出来ているんだな。安物のスニーカーではなく、丈夫なブーツを履いてくるべきであったか。メリーもブーツだもんなあ。

「なにをする、貴女がでてくる幕ではないぞ!」

「貴女じゃねえ、貴方だ。発音の具合で分かんだよ。メリーに好き放題言いやがって」

 私は、つまり、ついカッとなって蹴ったのである。甲冑の胴体をためらいなく。自分でもびっくりしている。ほぼ無意識でもモノを壊さないように気をつけているのに、それを越えて攻撃が行われたことに。

「瑠璃、あなたモノは大事にするんじゃ」

 メリーが私のジャケットの袖をつかむ。そこにはいつもの力強さがなかった。私はメリーの頭をそっと撫でる。すこし、震えていた。心がぞわりと黒く染まる。

「するさ。けど、俺はこいつを許せなかった」甲冑を睨む。「誰だか知らねえが、メリーのことを許さねえんなら、俺だってアンタを許さない。そう伝えろ、主ってやつに」

「愚かな。見た所、ただの人間だというのに、超常に関わるか」

「アホか。俺がお前を動かしたんだぜ。充分そっち側だろうが。変人なめんな」

 我ながらまったく格好良くない啖呵である。

 しかし、格好悪くても啖呵を切った以上、いまより進展した関係になってしまったのだ。

 地に伏す甲冑、そしてまだ見ぬ主と。

 もう、無関係ではいられない。

「ほう、貴方が動かしたと? 興味深い。まじないの感触がなかったということは、別のなにか、か。脅威になりうる。貴方を測位対象とするよう主に進言しておこう。自らの過ちを、泣いて後悔するがいい」

 実にしみったれたセリフを残して、甲冑は跡形もなく消えた。ぼこぼこにされて最後は逃げるという甲冑に対して、私は噛ませ犬の雰囲気しか感じなかった。自分がオカルト甲冑に脅されたというのに、泣くに泣けない。まったく、三流過ぎる悪役である。

「ばか。瑠璃まで狙われちゃったじゃない」

 メリーに怒られた。もー、という深い憤りの声と、抗議の視線が私の顔にあたってくる。

「かまわない、これでキミが一人で俺と和花を置いて消えたりもしないだろうし」

「もっ、元々しないわよ、そんなこと……」

 唇をむすんで私を上目づかいで見てくるメリーは、その背丈相応の子供に見えた。けれど、見えるだけで、この子は大人だ。きっと私よりも。だから先手を取ったのだ。大人がひとりで無茶をしないように。


 私はメリーに甲冑についての話を訊きながら家に帰った。

 気が付いたときには自分が狙われていたこと、

 約月一回携帯にかかってくる謎の着信の後、動く甲冑が現れるということ、

 そして狙われる心当たりも、主と呼ばれていた相手にも覚えがないこと。

 以上三点、どれも明瞭な手掛かりにはなりえないものだった。

 つまり、情報的にはこちらが圧倒的に不利ということだ。

「じゃあこの前の、変な電話っていうのは……」

 和花と初めて公園に行った時に聞いた、メリーの〝変な電話に出たでしょ〟という言葉。あのときはてっきり自虐ネタかと思ったが、実情は全然違ったようだ。私に数回かかってきた無言電話。あのなかのひとつが主へと繋がっていたりするのだろうか。

「っと……ただその、暇だったから瑠璃を追跡能力で追いかけたのよ。そうしたら和花さんと一緒に話してるのを見て、帰ろうとしたの。でも、甲冑――皐月さんが歩いていて、私があなたの部屋に泊まったから、呼び寄せたかと思って、えっとその……」

 私の顔を見たり、地面に目をやったり、目をつむったり。忙しそうな挙動でメリーが話す。

 私はなにも言わず、メリーの手をそっと握る。言葉がスラリと出てこない。誰かを慰めるとき、私はアリスに手を握ってもらっていた過去を思い出す。だから、こうして手を介した接触をしてしまう。悪い癖だ。

「心配してくれたんだな」

「違うわ、迷惑をかけたのよ」

 拗ねたような口調のメリー。私は苦笑する。

「まあ、姫宮には謝った方がいいかもな。でもアイツのことだ、笑って許してくれる」

「そうだといいけれど……」

 私の手を握り返してきたメリーは、それきりなにも言わず、ただ黙っていた。

 家に帰ると、和花が布団にくるまって寝ていた。傍により、座ると、すぅすぅと静かな呼吸が聞こえた。唇を緩ませ、幸せそうな寝顔をしている。

「瑠璃、私も寝るわ。のぞいたら、飛ばすから」

 隣にいる私を見ず、ただ畳を見下ろしながら、ぼおっとした調子でメリーが言った。いつも彼女の身体から放出されている覇気が全然感じられない。風が吹いたら、それこそ飛ばされてしまいそうな心細さしか、今の彼女からは感じない。冗談も通じそうにない。

「それは遠慮したいな」

 玄関から外に出て、メリーが寝巻に着替えるのを待つ。

 謎めいた甲冑の正体を明らかにしたい。だが、こればかりは来月の襲撃を待つしかないのだろうか。

 こういう時こそ、自分が戦闘に特化した超能力者ならばと思ってしまう。

 師匠に教わっていたから、戦闘向き超能力もやろうと思えば、できる。だが、初めからそれに特化した人間と比べれば、軽い。否定も、力も軽い。とって付けただけの刃じゃ、きっとなにも切れやしない。子供の喧嘩には使えても、非常時には、足りない。戦車に槍で挑んでも、結果は見えている。

 不審者に襲われた番頭さんを、私単独では、救えなかったように。

 人を殺すスイッチを手にした強盗たちを前にして、誰一人、救えなかったように。


 私は、ことさら命がけの非常時において、無力だ。


 ジンクスを破って、もう一本煙草を吸いたくなる気持ちを抑える。頭が痛い。超能力者であるから、己の無力さがわかる。私が仙人ならば、こんな悩み、味のおかしな飲料を飲み干しながら、飄々と、そして軽々と乗り越えるだろうに。

 私は空から月に見降ろされている。こうして独りで考え事をする時間が最近では著しく減少していることに気が付いた。今月の初めの頃は、ずっとそれだけしかしていなかったのに。他人のことを考えず、ただ、自らの死と、アリスへの贖罪だけ。それだけだった私に、随分と懸案事項が増えたものだ。 その増量加減を今一度整理してみよう。

 和花の呪いを解呪することはできたが、彼女の過去もクソ呪術師の正体も知らない。

 メリーのことを許さない謎の主についても、甲冑の思惑もわからない。

 彼女たちと一緒にいるは良いが、その実、まだ私はふたりをよく知らないのだ。

 それから海尋の世界『I-dea(イデア)』を襲ったウイルスの作成者も気になる。天才と拮抗するあの技術力は、私の実家にとっても脅威になりえるんじゃないだろうか。実家のことはすべて(きよ)()が受け持っているので、私がとやかく言う資格はないのだが。

 私は顎に手を当てながら考える。

 だめだ。

 まったくなにも見えてこない。

 電灯一つないトンネル、それも、出口があるかもわからず、歩いても歩いても進んでいる気のしないトンネルに頭から飲み込まれてしまっているみたいだ。

 下手な考えは休むに似るというが、こんな行為、気休めにもならない。

 憎々しいことに、いくつもの謎たちは私の脳髄にはいない。

 やつらはまだどれも等しく、真っ暗闇の中にいるのである。





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