第3話 客観の五分、主観は永遠
青葉さんと世間話を交わし、十分ほど車内で過ごすと風見堂が見えてきた。
タクシーが風見堂の傍で停車する。私は料金を払い、タクシーから降りた。私のあとから降りてきた青葉さんの顔色は、すっかりよくなっていた。疲労はなんとか回復したみたいだ。
そして私たちは風見堂の前に立った。
風見堂。私が師匠と共にいた頃に足しげく通っていた喫茶店。
一見しただけではただの渋い民家なのだが、玄関に設置された今日のランチ、現在実施中のキャンペーンなどが書いてある黒板がこれでもかと喫茶店感を演出している。屋根にはその名前の通り、風見鶏がいて、冬の風にくるくるとその身を任していた。
私は玄関のドアに手をかけ、来店を知らせるベルを鳴らしながら店内に入った。ドアを押さえて青葉さんを中に入れ、私も奥へと進む。
「おや、ウチで会うのは久しいね。いらっしゃい」
店の最奥にはコーヒーカップやティーカップが飾られている棚があり、その棚の前に笑顔のマスターがいた。白髪をオールバックにしていて、着ているのは燕尾服。まさに紳士という出で立ち。私のようなエセ紳士とは違い、重厚な趣がある。紫陽花のオヤジさんも実年齢よりだいぶ若く見える人だが、マスターはピンとした背筋、計算されているかのような華麗な食器磨きの動作など、別ベクトルで若く見える大人である。
ちなみにオヤジさんとマスターはアンティーク好きという趣味が一致していて、しょっちゅう互いの店を行き来する仲だ。私は、ゆえあって風見堂へ足を向けることを避けていたのだが、和花に宣言したあの夜を越えて、私は一生懸命生きていくと決めた。
どんな過去も、少しずつ乗り越えなければならないんだと思う。
そうしないと、誰かの過去を背負えないだろうから。
これはその一歩だ。
「姫宮たち、二階ですか?」
私はマスターに訊く。笑顔になるよう努力をしながら。
「うん、やっぱりあそこが好きなようだ……褪せないのだろうね。さて瑠璃くん、ブラックは飲めるようになったかい。ブルーマウンテン、良い豆が入ったんだ。この国じゃ珍しく、本物のね」
マスターはカウンターに移動しながら私に語りかける。
「じゃ、それいただきます。青葉さんはどうする? コーヒー飲める?」
隣にいる青葉さんは少し考えるように眉を眉間によせ、
「……お砂糖、いれれば」
硬い口調でなにか重大な決意をするように言った。
そんな青葉さんの様子を見てか、マスターが、
「お嬢さん、無理しないで。ウチは紅茶もやっているよ。それも苦手ならレモンスカッシュでも作ろう。お酒以外の飲み物なら大抵扱っているからね」
風見堂は本当に何でも出てくる。ドクターぺッパーは基本として、ルートビアも楽勝なのでわざわざ専門店に行かずとも摩訶不思議飲料たちを堪能することができる。師匠はそういうニッチな飲み物ばかり注文していた。仙人だからなのだろうか。
「お紅茶に、する」
もじもじと体を揺らしながら青葉さんがマスターに注文した。
「はい、どうもありがとう。美味しいの作るから、上で待っててね」
注文の二品を作り始めたマスターの言葉に従い、私たちは二階に上がった。優しい曲調のクラシックが流されていて、昼下がりの今の時間にまどろむにはぴったりの場所だった。
そんなまどろみが充満している空間に、彼らがいた。壁際の六人掛けのテーブルに姫宮とメリーと和花、そして全身を黒系統の色彩でコーディネイトしている服を着た、黄色髪の少年が座って談笑している。
「あ、お兄様! こちらですよー」
私に気づいた和花が手を振ってくれた。私たちはそそくさと彼らに近寄り、それぞれ空いている席に腰かける。
長方形のテーブルに対面するような形で三席ずつ配置されていたので、ちょうどヒーロー部と瑠璃家でわかれた。右端の席に座る私の隣にはメリーがいて、その奥に和花がいる。私の目の前には姫宮がいて、その右隣に黄色髪くんがいる。和花の前には青葉さんが座る形となった。こ、これがコンパというやつなのだろうか……みたいな座り方でなぜだか面白い。男女比が明らかにおかしいが。
「紹介しますね、この子は山吹光司くんです。ウチの部における白一点です。けど、コードネームはイエロー」
姫宮の隣に座る少年が私に会釈をしてくれたので、私も返す。
「山吹です、普段はレッドとブルーの保護者をやってます」
彼のその一言に相当な苦労が込められていることが初対面にしてわかった。猪突猛進娘と、ドジっ子を保護するのは生半可な覚悟では勤まるまい。
「えっと、俺の名前はもう聞いてるかな。苗字、込みで」
私は名乗る前に確認を取る。姫宮が紹介してくれていればいいのだが。
山吹くんは不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あれ、瑠璃さんて男だったんすか。女の先輩って姫から聞いてたんすけど」
よし、姫宮にはあとで説教することにして、今は視線を投げつけるだけにしておく……。そんな怯えた顔をするなら最初からイタズラを仕込むんじゃないよ、お姫様。
「残念ながら男だよ。よろしく山吹くん」
「よろしくっす。いやははは。すみません、美人さんだなって思ってました」
頭の後ろをかきながら快活に笑って山吹くんが言う。
「なんか喜んでいいのかよくわかんねーやそれ」
私も笑いながら答える。会話の雰囲気というか、声の大きさというか、コミュニケーション能力が高そうな印象だ。おそらく新天地をすぐさま故郷に変えてしまうようなタイプの子だろう。
「んで、これからのことなんだけど、みんなどこ行きたいか決まった?」
私が問うと、メリーが、
「カラオケが得票率多かったわよ。なんだか高校生らしいわよね」
こちらを見て微笑んだ。彼女はにんまりとしたまま話を続ける。
「遊園地とかテーマパークも出たけれど、せっかくだから色々な場所を回ろうって。紳士が格好つけて奢るなんて言い出すからみんな遠慮しちゃってたわ。私なら迷わず、最大効率で紳士を絞りにいくのだけど……」
「笑顔で恐ろしいこと言うな、悪女か」
「淑女よ」
両頬をつねられる。そのまま左右に頬が引っ張られ、横に伸ばされてゆく。
「いへへ……ひゃなせ、ひゃなせへりー」
私はメリーの両手を振りほどこうとするが、この淑女、怪力であるからして全くビクともしない。
「まぁー、そんなわけでこの町を巡りましょ。まったく。心配かけた分だと思いなさいね。ほっぺで済ますなんて私ったら寛大過ぎでもう菩薩になれちゃうかもしれないわ」
「ごへんごへんへ」
メリーが寛大な菩薩様に殴り倒されてもおかしくない発言をしていると、マスターがやってきて、私と青葉さんが注文したものを持ってきてくれた。さすがにメリーもマスターが現れると手を放してくれたのだが、マスターになんだか生暖かい目で見られたのが気になってしょうがない。
私はマスターが淹れてくれたブルーマウンテンをすすり、メリーに受けたダメージを癒す。ふと青葉さんの方に目をやるとマフラーを首元まで下げて、目を閉じながら紅茶を嗜んでいた。一口飲んで、ほぅ、と息を吐く仕草がとても様になっている。
「先輩、葵をたぶらかしたら先輩でも許しませんよ」
気管に流れ込もうとしていた液体を吹き出してしまいそうになった。手でふさいだは良いものの、手が少し濡れてしまう緊急事態発生。
「お兄様、はい!」
「ありがと……!」
和花がすかさずテーブルの上にあった紙ナプキンを取ってくれたので、ありがたくそれを受け取る。手と口を拭きながら私は姫宮を睨む。
「……花の女子高生様をこの禍々しいオーラを常時体から放ってる腐れ大学生がたぶらかそうとするわけないだろ。てかお前が許したとしても国家が許さねえし。そもそも青葉さんが俺にたぶられるわけないっての」
姫宮は私の睨みを今度は意にも返さず、
「うふふふふ……四年も経って、こういうのに免疫ないんですね」
とにやにやし始めた。こ、こいつ。
「瑠璃さんって純粋そうっすもんね、ほら、雰囲気が、すれてないっていうか」
山吹くんがフォローしてくれているが、それはフォローになっていない。
「…………るり、ここコーヒー……」
青葉さんが自らの白い頬に指をうずめて、私にサインを送ってきた。
私はあわててそこを紙ナプキンで吹く。
「ついて、ないよ」
最近の高校生はほんとに恐ろしいよ……!
*
喫茶風見堂から出た私たちはカラオケへと向かう。
高校生トリオに圧倒された私は、和花の隣で怯えながら道を歩いている。メリーは山吹くんと話していて、姫宮は青葉さんに抱き着いたり、避けられたりを繰り返していた。
通行人とすれちがっても、誰も和花を不審な目で見ることはない。誰も彼女を人形だとは思わない。人とすれ違うたびに、まだ呪いの人形だった頃の感覚が抜けきっていないのか、私に体を寄せてくる和花。
前に思い描いていた、和花と外を歩くこと。
それがしだいに普通のことになっていく。
異常だった光景が日常に溶け込んでゆく。
和花が歩くたびに鳴っていた下駄の音は、今は聞こえない。
けれど、和花がシューズを履いていても私にはあの軽妙な音が聞こえるような気がする。
軽やかな和花の足取りは、見ているだけで微笑ましい。
「今日はいいお天気ですねぇ。昨日は雲しかなくて物足りませんでした。やっぱりお日様は気持ちがよいものです」
そよ風のような和花の声。両腕を後ろに組んでメトロノームのようにゆっくり揺れている和花。そんな彼女の声がさらりと私の身体に染みていく。
「そうだな。俺さ、冬の晴れた日、けっこー好きなんだよ。風の冷たさと、太陽のあったかい感じが丁度良くて」
雲のない空から降ってくる陽光は私たちを隔たりなく照らし、活力を与える。
「なるほど。寒いのと、暖かいの両方味わえますものね。あ、そうです」
ぴた、と和花が私の手を触る。私の手はすっかり冬の空気に浸されていたので、血が通っていないのではないかと思えるほどに冷たい。それと対照に、和花の手はぬくもりに満ちていた。和花は体温が高い。一緒に布団にいると、つい彼女の方に体が向く。この前なんて、寝ぼけたメリーが和花から離れず、二時間ほど和花が起き上がれなくなっていたらしい。
「こうすれば、わたしがお日様になれます。あなたのお体、すぐに冷えてしまいますから」
そうやって笑う和花は、体温なんてなくても太陽くらいに輝かしいと思った。
出会ったときから和花はよく笑顔を浮かべる子だった。それ以外ないくらい。
あの夜を越えてから、彼女はどんどん、明るさを増していったように感じる。
嘘を付いている罪悪感から、本人の無意識が影を作っていたのかもしれない。
明るくなっているということは、和花は安心できているのか。
そうだといい。
「ほんとは、こういうの、男が女の子を温めるはずなんだけどな。俺じゃ無理みたいだ。無駄に細くて、脂肪付きにくいからさ」
「ご心配なく。ちゃんと、あったかいですよ」
「え? どうして」
「それは秘密です」
人差し指を口に当てて、おそらくその秘密以上に真剣な顔をする和花に、つい、笑いがこぼれる。今日はずいぶんと秘密が多い日だな。
そうこうしているとカラオケ店が入っているビルの前に着いた。狭いエレベーターに六人が無理矢理収まり、ビルの三階まで上がる。そしてぞろぞろとエレベーターから降り、カラオケに入店する。
小ぢんまりとした店内だが、私の記憶に残るカラオケのイメージとの差異が大きかった。内装がとても綺麗で、ホテルの廊下をそのまま持ってきたような空間である。もっと荒れ放題というか、ヤンキーの兄ちゃんたちがくる場所とばかり思っていたが、時代は移りゆくみたいだ。
姫宮たちがよく来る店ということで、慣れた場所特有の空気感がヒーロー部の三人から漂っている。そんな世間一般的高校生と違うのが、我らがドールズ。喫茶店ではカラオケよりもっと絞れるスポットを所望していたメリーときたら、カラオケの店内を見て目を輝かせていた。姫宮が受付のお兄さんとやりとりをしているのを横目で見ながら、私はメリーに声をかける。
「妙に落ち着きないな、もしかしてカラオケ初めてなのか?」
「そ、そうだけれど、なにか文句があるかしら……もうここから音楽が流れているのね」
メリーは店内に流れるロックに合わせるように、足でリズムを取っていた。そのリズムが金髪に伝わり、ポニーテールがねこじゃらしに似た動きをしている。
「せんぱーい、二時間くらいでいいですかね、他も行きますし」
姫宮が私を呼んだ。
「ん、任せる。あ、ドリンクバーつけて」
「了解でーす!」
身振り手振りを交えて受付のお兄さんとコミュニケーションしている姫宮。三十秒ほど待つと手続きが終わったようで、部屋番号の書かれているであろう紙を見ながら駆け寄ってきた。
姫宮の案内で通された部屋は、六人ということもあって双葉荘より、上等な部屋に通された。つまり、広い。ここで暮らせるのではないだろうかという思考がよぎるほどに。
六人はそれぞれ黒い革張りのソファに座っていく。
「俺の知ってるカラオケじゃない……」
つい、呟いてしまう。
「わぁ、なにやら上にまあるいキラキラがありますよ」
立ち上がり背伸びをしてミラーボールに手を伸ばす和花。しかし、さすがに届かない。
「和花ちゃん、見てて」
山吹くんが部屋の照明を消して、ミラーボールのつまみをいじる。銀色の球体から部屋の四方八方に光彩が飛散し、天の川のような世界が出来あがった。
「け、絢爛っ! 山吹さんったら絢爛です!」
「だろー? 光りを名前に持つ俺にかかれば軽いもんさ!」
和花と山吹くんがはしゃぎあっていると、青葉さんが私に謎の装置を渡してきた。大きさはカーナビくらいか。タッチペンが付いていて、まるでゲーム機のようだ。それにしてはずっしりとした重さがあって持ち運びには不便そう。私は謎の装置を膝の上に置く。
「なにこれ?」
私が青葉さんを見て尋ねると、青葉さんがぽかんと口を開けた、のがマフラーに隠れていない頬の動きでわかった。
「これで、曲。入れられる。知らない?」
「ええっ! そ、そんな! いやまったく知らんかった……」
国語辞典より分厚い紙のカタログしかしらない私の認識に革命が起きた。ぴぴぴとどこか可愛い音を立てながら、私は適当に電子カタログをいじってみる。色んな企画とか、ボイスチェンジャーまであるのか……若い子たちがカラオケに足しげく通う理由が分かったかもしれない。私の知るカラオケは純粋に歌うだけだったし、膨大な量のページをめくり、曲を探すことがわずらわしいというものであっただけに、かなりの衝撃である。
「珍しいね」
耳元で青葉さんがささやく。彼女の声はささやきでさえ、素直に耳に入る。深夜にひとりで聞くラジオみたいに。そう、それのパーソナリティのような包容力のある声をしている。
「先輩は天然記念物だから。この前なんてファミレスのドリンクバーも知らなかったんだよ」
メリーと一緒に傍にやってきた姫宮が言う。無制限に飲料が飲める奇跡のメニュー、ドリンクバーを知ったのはつい先日のことだ。
「正直、これよりビビった」
私の前に立つメリーが私に憐みの視線を投げかけてくる。唇の端が震えてさえいる。
「えっと……紳士、今度のディナーはファミレスにしましょう。私がおごってもいいわよ」
「な、なんで? ありがたいけど」
「いいのよ、ファミレスにいく相手、今ならいるでしょう? 行きましょ、せっかくだし」
ぽん、と肩を叩かれた。メリー……いいやつ。
「さぁさ、時間限られてるし、先輩、トップバッター頼みました!」
私の手にマイクをねじ込んでくる姫宮。
「た、頼まれるの? 若い子らが先に歌った方がよくないか?」
「るり、るり。歌って、これ、歌って」
なぜかテンションの高い青葉さんが例の機械を差し出してきたので、それを受け取り、画面を見る。
そこには、
「祓ラピっ!?」
私のデビュー曲だった。『祓って! ラピス☆ラズリ』通称、祓ラピである。
「どうして青葉さん! どうし……あ!」
今日の出来事を脳内で早戻しし、問題のシーンを再生する。それは銀行強盗事件解決直後の一幕。私の携帯電話が青葉さんの耳に移動し、彼女の鼓膜を揺らした声、やけにでかい声。そう、いまカラオケルームからこっそり出ようとしている赤いロンゲの女子高生。
「そこの馬鹿宮! ちょっとお話があります!」
「みんなの飲み物とってきますー!」
私が言葉を飛ばしたのと全く同タイミングで姫宮が部屋から出ていった。
それからのことは、羞恥と色々な感情がごちゃ混ぜになって、鮮明には憶えていない。子供の頃ならまだしも、成人した状態であの歌を歌うのは不味い、と青葉さんに交渉するも、
「シャイニンガー。ルリカ。二人とも、私のヒーロー」
と潤んだ瞳で言われて、気持ちに応えようと思えないヒーローはヒーローではない。
そう、私は歌ったのだ。デンモクで曲を初めて入れ、デビュー曲を熱唱したのである。腹の底から声を出して、薄い壁から自分の声が隣室に漏れることもいとわず、女児向けアニメの主題歌を。今でも私を慕ってくれている、少女のために。そして、私に無限の希望を生み出す可能性を与えてくれている一要素、『ルリカ』で居続けることを全うするために。
歌詞も、リズムも、音程も、リクエストされたダンスもオールパーフェクトに。
後輩の友達と、自分の同居人たちが見守る中で『ルリカ復活祭』は密やかに、カラオケの店内で行われた。私はドーム公演も経験していたが、アレは規模が違い過ぎて逆に緊張などぶっ飛んでいく、頭が真っ白になる、興奮だけになる。ファンを喜ばせたい、失敗したくないという強い気持ちを持てば、それを燃料に何時間でも動けるのだ。
しかし、このカラオケの一室、そして久しぶりの絶唱は簡単にはこなせない。
胸が軋み、冷や汗と汗の混合物が肌をなでていく。顔面がサウナの焼石のようになる。声が震える。言うなれば絶不調のコンディションだ。だがそれでも、元プロの意地がある。経験がある。記憶を呼び出し、トレースし、当時を再現する。約五分間が永遠に感じる。
山吹くんの熱いコールが聞こえる。
和花の愛らしい手拍子が弾ける。
メリーのにやけ面が見える。
姫宮のタンバリンが歌と絡み合う。
青葉さんの真剣なまなざしが注がれる。
私もノリに乗ってくる。
約一名を除いて最高のお客様たちだ!
笑顔が自然に出てくる、体のキレが増していくのが分かる。
Cメロを過ぎて、最後のサビに差し掛かる。
そこで溜めこんでいた声量を一気に爆発させる。盛り上がりを最高潮にする。
「カンペキ祓除でもう平気!」
「「へいきー!」」姫宮と山吹くんが飛び跳ねる。
「悪霊たちすらメロメロさ!」
「「めろめろーっ!」」
「送り出しちゃう三途まで!」
「「りばーっ!」」
「祓って祓うよ! ルリカちゃん☆」
膨張した盛り上がりの空気が沸点に達して、曲の終わりに空間を割るような感触がした。それはパズルの最後のピースをはめた感覚に近い。やりきった―――ここちよい疲労感と数年ぶりの達成感が、体と心に湧いてくる。
「るり」
青葉さんが近づいてきた。
フルコーラス歌って踊ったので、息切れにみまわれ、青葉さんに返事ができない。下を向きそうな首を、なんとか青葉さんの顔が見えるように引っ張り上げる。
「ん?」
「すごくかっこよかった。握手、して」
そっと差し出された青葉さんの手。抽選一名の特別握手会だ。
「へ、へへ、サンキュー」
私は青葉さんと握手し、ソファに腰かけた。姫宮が持ってきてくれたウーロン茶を一気に飲み干す。五臓六腑が元気になる。
全力を出し切った私は、あとのことを若い者に任せることにした。
山吹くんは流行のバンドの歌を、姫宮はもちろん特撮熱血系、メリーは洋楽、和花はマイクを物珍しげに扱いながら渋く演歌を歌った。全員歌うジャンルが異なるバラエティに富んだカラオケとなっていて、曲調が変わったり盛り上げ役が二人いたりして飽きも来ず、二時間があっという間に過ぎていった。