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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第2章 年末における諸騒動
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第1話  ヒーロー部

 



 閉じた窓から流れ込む隙間風が頬にあたる。

 あくびをしたら冷えた空気を深く吸ってしまった。肺が凍ってしまいそうだ。

 私はオンボロアパート双葉荘の自室で、珍しく勉強に精を出していた。勉強用の机をきちんとその用途のために使ったことなど無に等しかったが、これからはそうも言っていられないと、一念発起したしだいである。


 二人の死にたがりが、生きることを決めたあの日、廃ビルでの奮闘から半月ほど。

 過去からの呪縛をほどきあい、新たな日々を進むことにした私、武鎧瑠璃と、

 元呪いの人形であり、今では超能力者となっている和花。

 そして幾多の困難を蹴り飛ばしてくれた都市伝説人形少女、メリー。

 この、人間ひとりと人形ふたりの奇妙な、けれど幸せな暮らしは三週間目に突入。

 今日の日付は十二月二十八日。

 今年もいよいよラストスパートである。


 私はシャーペンを動かし、ノートに文字を刻んでいく。ノートに書いたのと同時に脳みそにも内容が刻まれればテストなど恐れるに値しないのに、と考えても無駄なことを考えているうちは内容を記憶することは難しいだろう。ううむ。

 決意を新たにしてノートに向かう私の後ろでは、メリーと和花がゲームをしている。

「んー……あとちょっとで今年も終わるということでー、新年の抱負を二人からどうぞー、いい抱負を言った人には賞品があるぞー」

 ひとりで勉強しているのもつまらなかったので、そんなことをポツリとつぶやいた。

「えっ、ぐぬぬむ! いま、それどこじゃないわよ!」

「…………」

「あ、和花無言モードなのか……悪い」

 和花は普段ゲームをするときには、あ! とか、ううううー、などゲームキャラにシンクロして声を出すタイプなのだが、対戦中に集中力が極限まで高まると、一切、言葉を発しなくなり、泣く子も黙る無言のファイターになってしまうのである。つまり泣いている子と和花を一緒の部屋にしたら、その部屋は無音になるのだ。

「がんばれー、メリー、応援してるー」

 メリーに背中を向けたまま、左手をゆるりと振った。

「ずいぶん投げやりね! あ! 待って! 死ぬ! あっ、ああああっ!」

 私はメリーの断末魔を聞きつつ、海尋から借りたノートを自分のノートに写す作業の続きにかかる。全身筋肉痛により病室のベッドから身動きできず、学校を一週間休んでしまったため、相当な量が溜まっていた。

 友人をつくることを避けてきた私にとって、ノートを貸してくれる友人ができるとはなんとも僥倖であった。入院中に海尋が私と同じ学部だとわかったときの驚きは言葉にできない。だって、あの天才ときたら技術畑に就職したいくせに、バリバリ文系の学部に通っているのだから。しかも、取ってる授業も三分の二くらいかぶっていた。これは技術志望として不味いんじゃないかと問いただしたら、

「理系行くと実験とかするだろう? もうそういう実験は個人でとっくに済ましてるから、時間の無駄なんだよね。べつに同じ進路希望を持った友達をつくりたくて大学に行っているわけじゃないし、教授に気に入られたくもないんだよ。いわばカモフラージュだね、才能を利用されるのは御免だ。サイト運営も文系の方がしやすい」

 そう平然と語ってきた。わかるような、わからないような。個人で電脳世界を創り上げる頭があるのなら、ノートとる必要もないんじゃないかと思ったのだが、

「恩人のためにわざわざ取ったんだよ。話を暗記して、黒板の内容も暗記して、それで終わりになるのが僕の普通だからね。ありがとうは?」

 私は当然、ありがとうとしか言えなかった。……妹の淨美も天才だったけれど、海尋も十分引けを取らない。二人で共同開発とかしたらとんでもないものが生まれるんじゃないだろうか。

 だが、そういう世界は天才のための物語と決まっている。

 私のような凡才は、ただ天才に憧れるのみ。夢想し、羨望する。

 秀才になろうにも、勉強にはいまいち身が入らない。今いる大学にしても学費の安さと、双葉荘から近いというだけで選んだので、ものすごくいい加減な選択なのだ。人生を上手く運ぶための努力の放棄。それには、つい二週間前まで二十歳の十二月に自分を殺す、という予定を立ててしまっていたことも起因している。むしろ、やっと将来について考える脳の空きスペースができたのだ。

「ふぅ……将来ねぇ……考えたこともなかったなぁ……」

 私がシャーペンを唇に当てながら考え事をしていると、玄関からノックの音が聞こえた。娘っ子二人は白熱のバトルを繰り広げているので、退屈しのぎにちょうどいいかと、私は勉強机から離れ、玄関に向かった。

「どちらさまですか?」

 私はドア越しに声をかける。のぞき窓なんて洒落た物、この双葉荘のドアには付いてない。

「あなたのセクスィな後輩です」

「発音が無駄に凝ってる後輩を持った覚えはない、帰れ」

「ごめんなさい……」

「いや、本気でへこむなよ……」

 ドアを開けると、捨てられた子犬を髣髴とさせる表情と佇まいの姫宮がいた。白いダッフルコートを着ていて、姫宮の生来の赤髪が純白に引き立てられている。四年ぶりの再会が銀色のコテコテした甲冑姿だったことを思うと、このどこにでもいそうな服装がとんでもなくお洒落に見える。私が姫宮の服装を眺めていると、急に姫宮がにやつきだした。

「あはぁ、さては見惚れてますね! そうなんですね!」

「お前のどこに見惚れる要素があるの、例を挙げてみなさい」

「…………んんっと……あ、私、指が綺麗ってパパに褒められます」

 手袋をわざわざ外して見せつけてきた。さすが見た目だけは苗字負けしていない子。小さいながらも細くて長い、形のよい指であった。

「どれ」

 おもむろに姫宮の指をつまむ。

「どうです?」

「……いいハンドクリームとか教えようか?」

 姫宮の指には所々いくつもあかぎれができていた。私はそれを避けてさする。この年の女の子には珍しい、継続した苦労をしている手だった。真冬に鎧を着ても、しもやけにならないのに、どうして指だけは繊細なんだろうか……。

「ぜひぜひぜひ」

「おう、ウチに余ってるやつあった気がすっから、今度それやるよ」

「ありがとうございます! いやー、パパに家事やらせると、ファイアーな方になっちゃいますからね。この間、フランベやるって張り切って、大惨事を引き起こしたので料理を謹慎させていますし。いいんですけど、好きですし……あ、この好きっていうのは家事をさしているので、あしからずです」

「なんだその注意事項は」

 姫宮と私はちいさく笑った。こんなことを言っているが、姫宮は父親思いの良い子であったと思う。現在の家庭環境は、私の知るところではない。

「んで、今日はお前だけか? 石動は?」

「つばさちゃんは澄人さんと都会に行っちゃいましたよ。明日、海の近くで恒例のお祭りがあるって。それで暇になってきちゃいました。ここに住んでるって教えてもらってましたし」

 石動家は年末なのに大丈夫なのか……自分の家の年越し準備をしなくていいのか……。少々友人の家の事情を心配しつつ、私は姫宮に質問を重ねる。

「ウチに同居人がいるのって、石動から聞いた? 人形が二人ほどいるんだけど」

「聞いてますよ。ですから挨拶に来たんですよー。先輩の友達は、私の友達です」

 私を指差し、それから自分の胸に手を当てて、姫宮が誇らしげに笑った。

「斬新なガキ大将みたいになってるぞ……」

 このとき、私は、思い出していた。姫宮と再会した時の状況を、彼女の捕縛した当人を。そしてその二名を鉢合わせさしてよいのかを。かたや甲冑の隙間に無数の枝をねじ込んだ少女、かたやねじ込まれた少女。……どうしてメリーが姫宮を行動不能にしたのか、理由を聞いておけばよかったのだが、すっかり忘れていた。

「瑠璃? お客さん、誰だったのかしら」

「おわっ!」

 メリーが私の身体の隙間を縫って、ひょっこりと姫宮の前に現れてしまった。いけない。

「あら、綺麗な赤い髪の淑女さん。紳士とどういったご関係?」

 にこやかな笑顔を姫宮に振りまいたメリー。二人は知り合いではなかったのか。

「いやいや、綺麗だなんて、えへへー。名前バラしてるってことは、瑠璃先輩の友達で間違いないですね。私は姫宮。名前は五月じゃなくて花の方の、皐月(さつき)! ヒーロー志望の高校一年生っす!」

「ヒーロー? 変身とかするの?」

「そうなれたらいいんだけど、そこまで到達してないんですー……。地道に町内清掃とかのボランティア活動してるんですけど……」

 姫宮はメリーの興味津々な目つきにうろたえながら話した。

「ふぅん、現実的なヒーローなのね」

 納得したように微笑むメリー。

「この町の御当地ヒーローになれたら、ヒーロー部部長としても鼻高々なんですけどね、険しいですよー」

 ヒーロー部?

「なんだそれ、部活動じゃないよな」

「部活動っすよ。私が設立しました」

 エヘン、と胸を張る姫宮。

 私の頭が猛烈な痛みを訴え始めた。なんでまた、この子は自分の容姿をマイナスに引き下げるような行為ばかり繰り返すのか。先輩として忠告しておくべきだろうか。

「まぁー、実情はボランティア部なんですけどね」

「すまない」

 私は姫宮に頭を下げた。私の忠告なんて全く不必要な立派な部活動であった。

「先輩、なんであやまるんです?」

 小首をかしげる姫宮。

「いや、それより、その部活ってどんなことしてるんだ、さっき言ってた清掃とかか?」

 えっと、と前置いて、

「普段は週二回、公園の清掃とか、通学路の横断歩道で黄色い旗を操ったりしてます。おじいちゃんとか、おばあちゃんとかママさんたち&ちびっ子ズと仲良くなれて楽しいですよ。そうそう、さっき、おまんじゅう貰っちゃいました……ほら、これです!」

 姫宮はコロコロと笑いながら、背負っていたリュックを下ろしてまんじゅうを取り出すと、メリーの手をそっとつかみ、メリーの手のひらにまんじゅうを乗せた。

「親睦のおまんじゅーだよ、えっと……」

「メリーよ、ありがとう皐月さん。お茶うけに丁度いいわ」

「どういたしまして、メリーさん。いつも瑠璃先輩がお世話になってます。だらしないでしょう、先輩」

「そうねぇ、学生の本分は勉強だというのにゲームばっかりしててまいるわ……」

「いまさっきまで人のゲーム相手を奪って、そのうえ負けた人に言われたくないわ」

 メリーが両手を「参ったね」という大げさなポーズで固めたまま、額にだらだらと冷や汗を浮かべはじめた。勝ったなら「もう一回!」と和花に再戦をせがむのだが、負けた場合は黙って泣きそうな顔をしたのち、そっと電源を切るのがメリーの常だった。

 そんな風にして暇になって、私の方に来たのだろうという簡単な推理だったのだが、顔の汗を見る限り、その推理は的中していたようである。最初はメリーばかりが勝っていたのだが、和花の飲み込みの早さと、手先の器用さがゲームにいかんなく発揮されてしまい、二人の実力上下関係が今ではほぼ僅差になっている。

「あはは! 仲良しさんですねぇ。なんだか瑠璃先輩、お父さんみたいですよ、それか保父さん。どっちにしても、丸っこくなりましたね」

「丸っこい? べつにメタボじゃないわよ見た感じ……触ってもプ二プ二してないわ」

「やめい」

 メリーが私の腹をつついてきた。くすぐったい。それに便乗するような形で姫宮まで私の腹をつついてくる。

「たしかに。っていやいやそーじゃなくて、雰囲気っていうんですかね。すっごく変わってるんですもん。瑠璃先輩って昔はもっとクールな人でー」

「へぇー、想像つかないわね……」

「たとえばー、あいたっ」

 嬉々として人の黒い歴史を語りだす馬鹿たれにデコピンをして、話を止めさせた。メリーが不満を拳として私の腹に軽くぶつけてきたが、恥ずかしい過去が暴かれるよりはましである。

「次喋ったら、お前の白いコートに真っ黒なコーヒーをぶちまけてやるから覚悟しろよ。昔の俺がクールだったっていうんならホットなコーヒーをぶちまけてやろうか?」

 私が睨むと、姫宮はメリーの耳元に手を当て、

「そうそう、こんなふうに意地悪ばかりするんだよー。メリーさんも気をつけて、ぶちまけられちゃうからね、女の子にも容赦ないからね」

「怖いわね……」

 メリーが肩を震わし、怯えたようにしているが、目が笑っている。私は姫宮にデコピンのおかわりをお見舞いしておく。コレだから昔馴染みの知り合いってやつは厄介なのだ。顔が熱くてしょうがない。これ以上暴露話を玄関先で繰り広げられる前に、姫宮を室内に連行することにした。

「あら、お客様ですか?」

 寝転がってDSの愛犬と戯れていた和花がむくりと体を起こして、姫宮に目をやっていた。今日の和花は着物ではなく、この前ショッピングモールで買った洋服を着ている。着物とジャージだけだと気が付かなかったのだが、私がパジャマを買う時にお世話になったやさしい店員さん(桃子さんというらしい)がコーディネイトした洋服を和花に着せると、まるでモデルのような美しさを誇った。ゆえに、

「うひゃあ!」

 姫宮の餌食になるのも、道理なのである。

「なんですか! 可愛すぎ! メリーさんは抱き着いたら怒られそーだったので我慢したけど、理性が決壊しましたーっ!」

 暴走した姫宮は和花をギュウと抱きしめるとハイテンションのまま、私に質問を連発してきた。四年を経ても可愛いモノ好きは変わっていないようだ。

「とりあえず、和花から離れなさい、話はそれから、だっ」

 私は和花にまとわりつく姫宮の背中に掴み掛り、和花からひきはがした。姫宮は私の方に向き直ると、不満げに唇をとがらせて、

「先輩はまったく。なんでこんな美少女二人と暮らしているんですか……あやしー手段とか使ってません? してたとしたらヒーローとして裁くっすよ」

 頭ごなしに疑いの眼差しをむけられて、やましいことなど一つもないのにも関わらず、私は姫宮の顔から目をそらしてしまった。

「あのぅ……お兄様はわたしを住まわせてくださっているので……あなたの思っているようなことはないのですよ。むしろ、居候の身分なので……」

 豪快に乱れた髪を手櫛で整えながら、和花は姫宮にいった。私は和花の傍により、髪型を整える作業を手伝いながら、

「大丈夫だ、和花。姫宮は全部わかってて言ってる。和花が欲しくて悔しくてたまらないから、理由をつけてどーにかして誘拐しようとしてんだ」

「ゆ、ゆーかい?」

 私の言葉に和花が怪訝な顔をし、姫宮の肩がぴくんと跳ねた。

「な、なにを言ってるですかー。ヒーローがそんな誘拐なんて……そんな……」

 じりじりと私から距離を取る姫宮。この狭い部屋でとれる距離など距離にも満たない。私は畳の上で足を動かし逃げる姫宮を壁際に追い詰め、なるべく重々しい声色で、

「……前科一犯」

「それは言わない約束でしたよぉ! それにちっちゃい頃の事故ですーっ!」

 姫宮が真っ赤な顔して私に掴み掛ってきた。この通り、姫宮は嘘をつけない子である。隠し事もできない。なぜなら、根本が馬鹿だからだ。しかし、馬鹿には馬鹿を補うように特殊スキルがある。

それは、

「怒りのサツキナックゥ!」

「ボディっ!?」

 馬鹿力である。どれだけ馬鹿力かというと、鳩尾に衝撃を感じた私が瞼を開けたとき、腕時計の針が五分ほど進んでいたくらいである。まばたきってこんなに長かっただろうか。畳の感触が右頬にあり、

「私のキックより容赦がなかったわね……生きてる? ねぇねぇ」

 生存確認をするように、左頬をメリーがつついてきた。

「なんとか……馬鹿だから加減を知らねぇんだ……」

「馬鹿じゃないもん! 先輩が意地悪だからですっ」

 ぷんすか、という擬音が見えてきそうなほど頬を膨らまして、姫宮がふてくされていた。

 私は体を起こし、腹をさすりながら大きく息を吐いた。

「そんで、俺の同居人とこんなファーストコンタクトになっちまった感想は?」

「いい出会いだったんじゃないですか」

 これまでのどの行動を顧みて、その胸は張られているのだろう。おかしいな。傷害事件をたった数分前に起こした犯人がこの部屋の中にいると思うのだが。

「姫宮、これからどうするよ。年末だからけっこーどこも混んでるぜ」

 膨らませていた頬をしぼませて、キョトンとした姫宮が目をしばたく。

「遊んでくれるんですか」

 メリーと姫宮が敵対しているのかは今までのくだりで、ない、と判断できた。この判断の裏付けはメリーと二人きりになったときに聞いてみることにして、四年ぶりの再会を果たしたばかりの後輩を邪険にする先輩であってはならないと思うゆえ、遊びを企画することにした次第だ。

 まさか、そんなただの遊びの予定が、とある騒動までの一歩とはつゆ知らず、私たちはこれからどこに行くのかを無邪気に相談しはじめた。






お疲れ様です、お読みいただきありがとうございました。

第2章となります。

待っていてくださった方、遅くなってしまい本当に申し訳ありません。

新たに読んでくださった方、稚拙な文章ですがお付き合いいただけたら幸いです。

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