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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第1章 死を望む「私」と、死を運ぶ「人形」
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第18話 ねじまげメガロマニア

 


 そして私は、石動に和花と呪いのこと、そして私が死のうとしていたことをかいつまんで説明した。石動は私の頭を一発げんこつで殴ってから席に戻り、

「触った人間を殺す、かぁ……しかも〝殺す〟力の応用で破壊することもできる……そうとう強いね、その子。力もだけど、精神も。抑え込んでいた呪いが暴走して自壊、か……瑠璃ちゃんはその子を治してあげた?」

「治せるなら、すぐ治したいさ。でも、俺は死にたがりじゃなくなっちまった。和花の呪いを打ち消すことができなくなった……だから石動にお祓いを」

 石動はぽかん、と口を開けた。

「必要ないよ。ちょっと怪我するかもしれないけど、いやちょっとは嘘、その子の呪いはめっさ強力みたいだから、破壊攻撃をちょくでくらったら骨の一本、二本は持っていかれるかもだけど、瑠璃ちゃんは呪いじゃ死なないよ。死にたがりとか不幸が日常で呪いが消えるなら、不幸な人が、呪い返しの心配ないぜー! って、呪いを使い放題になっちゃう」

「和花の仮説が間違ってた、ってこと?」

「いやー、希望を消すために呪いが出来てるっていうのはあってるさ。幸せを妬む感情、恨みをぶつけたくてしょうがない負の思いを儀式で対象にぶつけたりするから……でもね、瑠璃ちゃんが、死にたがりだったから呪いが無効化されたんじゃないよ。瑠璃ちゃんの能力とかに起因してる」

 ぺしぺしと額を叩きながら石動が説明を続ける。

「モノを治し、彼らの思いを無駄にせず、動かすことのできる力。それだけでもかなり、んー、仮に希望量としましょ。未来的に生み出す希望量がかなりのものとなるのね。それに加え……、んっと、ちょっとこっちきて」

 石動の手招きに応じて、隣にいくと、私の耳に石動がささやいてきた。

「瑠璃ちゃん、アイドルやってたじゃない? それってあの子に話してもオッケーなの?」

「………………関係あるのか?」

 石動の顔を見つめる。石動は極々真剣な表情だ。そして一言、

「めっさ」

「……許可します」

 私は大人しく席に戻った。石動がこういう場で冗談を言うやつではないと知っているから。

「瑠璃ちゃんは昔、児童向け番組の主役キャラであり、テーマソングも何曲も歌ってたよね。それによって当時の小さい子たちは夢と希望を与えられたわけよ。あたしと同世代の女の子でアレを一話も見てない人は異端ってくらいだったんだから。かくいうあたしも瑠璃ちゃんのファンだったからなー」

 石動は頬を指でかきながら照れたように話す。

「あ、アイドル? 主役キャラ? と、突拍子なさすぎよ……」

 メリーが私を見てすっかり硬直していた。フォローはあとでしておこう。

「それで、俺が昔アイドルだったことと、呪いの無効化にどんな関係があるんだ」

「瑠璃ちゃんが過去に生み出した、人間への希望とこれから生み出すモノに対する希望……。つまり、瑠璃ちゃんには希望を無限に生み出す可能性が内在してるのよ」

 希望を無限に生み出す可能性? これまた、呪いよりも胡散臭く、とんでもない話だ。

「ちょっと頭痛くなってきたぞ……」

「我慢してってー。あのアニメ、長寿で、今もシリーズやってるでしょ。それに初代は特に人気が高いらしいわ……現シリーズよりはるかに。大人になって初代の良さがわかる人も出てきたみたいで……あ、これ誰情報かはあえて言わないけど」

澄人(すみひと)さんだろ……あの人が起きる前に帰るからな……」

「兄貴は好きだからねー、日曜朝の時間帯オンリーで愛してるからねーっと、閑話休題……いい、これだけは憶えててね。どんなに不幸にさせられそうでも、呪われそうでも、希望はそれに打ち勝つための力になるんだよ。長々だべっちゃったけど、まとめると、瑠璃ちゃんがこの世に与える希望は常人じゃありえない量なの。無機質な物体の願いを叶えるプラス、超人気アイドルとしての歴史……そこから導き出されるのは、ひとつの真理。『瑠璃ちゃんにはどんな呪いも効果がない』、それがあたしの結論」

 多大な情報量を一度に話されて、私は頭の整理に時間を取られた。私には呪いが効かない。それほどの希望量。無限。いやまて。

「俺に、異常に大量の希望が内在してるなんてありえないはずだ。俺は和花から、致死量の希望を集めるように言われてたんだぞ、希望を集めれば、呪いであなたを殺せ…………」

 私は言葉を失った。そうだ、なんで、その可能性に気が付けなかった。私が言葉を紡げずにいると石動が、困ったような顔をして、

「……それはその子の、嘘、だったんだろうね。最初から瑠璃ちゃんを救おうとしていたんだと思う。いきつく果てに、自分が壊れることも知ってて。すっごい優しい子だね……ちょっと、悔しいくらい」

 和花の嘘。私が、死が娯楽だと嘘をついていたように彼女も嘘をついていた。ただ死に向かって日々をすり潰していた私に、希望を希求させるために、致死量の希望なんて嘘を。和花の笑顔が、いくつも、いくつも頭に浮かんでは消えていった。

「私も、死にたがりには呪いが効かない、なんて聞いたことなかったから、おかしいとは思っていたけれど……そういうことだったの……」

 メリーがちいさく、呟いた。私は拳を固め、石動を見る。

「石動、ありがとう。お前が居なきゃ、俺は和花の真意に気づくこと、できなかった。相談もせずに……死のうとして、ごめんな」

 石動はぷいと顔をそらして、

「ったくぅ、愛のあるゲンコ一発で勘弁してもらえるなんて、瑠璃ちゃんはとんだラッキーボーイだっつーの……気が付かなかったあたしもわりぃけど……ほれ、念のため、お札貼ったげる、こっちこいこい」

 私は首で指示してきた石動の隣にいく。

「……和花ちゃんの呪いが、瑠璃ちゃんの治療作業中に、破壊能力をいかんなく使ってくるかもだかんね……触れたら死ぬ呪いと、破壊はちょっと別物の匂いがするし……これは、その防御用。数回しか防げないけどないよりいいっしょ」

 石動は近くの桐箪笥からお札を取りだし、私のシャツの袖をめくりあげ、両腕に文字が書かれた紙を何枚も貼ってくれた。そして最後の一枚は、パチン! と思い切り叩きつけるようにして貼ってきた。

「いってぇ……」

「にしし、闘魂も注入してみた……終わったら、また遊ぼうよ、姫も呼んで、みんなで」

 石動の切なげな瞳に、私は自分が選ぼうとした、自死という選択肢がどれだけ愚かだったかを、再確認させられた。

「うん……そうだな。お札、サンキューな。メリー、行こう、和花の元に」

「了解よ、絶対に助けましょう」

 メリーは私の傍に近寄り、手を握ってきた。

「ん、石動さん……あなたも、来る? なんだか、そんな目をしているわよ」

 メリーの呼びかけに、石動は肩をぴくんと震わせ、首をかしげると、

「えっ! んんんー。深夜に出かけたら父さんに怒られちゃうしなー……。それに、ほら、パジャマだし。いまは着替え待つ時間も惜しいでしょ? あたしは待ってるよ。あたしにやれることは、やったから結果を教えてくれれば、さ。あっと、瑠璃ちゃんはあとで変更したアドレスを報告することも忘れないように、約束ね」

 私は、鬼のような迫力を石動の最後の一言から感じた。

「睨まなくても、教えるよ。もう、死ぬ予定は寿命以外にないからな」

「うんうん、それならよし! いってらっしゃい、お二人さん」

 私とメリーは威勢よく石動に送り出され、石動の部屋から消えた。


 まばたきを終えると、私は和花の待つ、双葉荘二○一号室に帰ってきていた。

 もう、触れることに恐れはない。話したいことがたくさんある。和花を救うのだ。

 私は六畳の布団のふくらみに近づき、掛布団を取る。

「なっ!」

「えっ……」

 メリーと私は言葉を失う。そこには枕やパジャマ、雑誌が詰め込まれていて肝心の和花が、

「どこ行ったんだ……」そこにはいなかった。

 ズボンのポケットにいる私の携帯が、着信の振動を私に伝えてきた。焦りを感じながら、携帯を取りだし、着信を見ると、海尋だった。

「もしもし!」

『きみ! 和花さんがネットに晒されているぞ、数分前に僕のサイトに届いた写真をメールで送る!』

 海尋が言葉を切ると、メールが送られてきた。急いで操作し、メールをメリーにも見えるようにして確認する。

「……和花だ……これは、あの廃ビルか!」

 写真には、左腕から紫色の炎を出して闇夜を照らしながら、撮影者に向かって歩いているように見える和花の姿が写っていた。背景として写りこんでいる苔むした壁、灰色の地面に落ちている雑多なゴミ。そう遠くない廃墟でこれだけ条件が揃えば、あそこしかありえない。

『知らせて正解だったかい?』

「愛してると言ってもいい、サンキュー、海尋!」

『はっは! 愛か、友情愛(フィーリア)なら大歓迎だよ。僕もそこに向かってる。きみも急げ!』

「おう! 行くぞ、メリー!」

「まかせなさい! あ、靴、はきなさいよ!」

 シューズをはき、私はメリーと手をつなぐ。そして魔法で、視界が廃墟に変わる。

 足にはガラス片の感触、視界は壁の隙間や窓から入り込む月光だけが明かりとなっていて、空気はジットリと淀んでいる。地面に目を向けると、足元に火のついた煙草の吸殻が落ちていた。不良がたむろしていたようだが、和花の出現により、逃げたか、もしくは――。

 後者ではないことを祈り、私はゴミを蹴飛ばしながら和花の探索を開始した。

 最初に到着した階には誰も居なかったため、私は非常階段まで走った。

「紳士、ストップ!」

 私はメリーに手をつかまれ、つんのめる。

「上る前にちゃんと下見なさい! 崩れてるわよ、馬鹿っ!」

 怒鳴るメリーの言うとおり、あと一歩踏み出していたら、コンクリの隙間から夜の闇に真っ逆さまであった。

「すまん、この階、結構高かったのな……断面が風化してるし前から崩れてたみたいだ」

「まったくもう……となると和花さんは下ね、急ぎましょ」

 崩れていない下りの階段をメリーが駆けていく。私はそれを追う。

 階段を下りて、初めの階に飛び込み、ビルに点在する部屋を探索していると、古い事務机が通路を作る様に並んでいる部屋に、倒れている人間がいた。まさか、和花の呪いにやられてしまったのだろうか。私は倒れている人に駆けよる。しゃがんで脈を確認し、呼吸があることも確かめ、私は声をかける。何度か声をかけると、男性の目が開いた。

「大丈夫ですか」

「う……ん。大丈夫、です。逃げてたら、滑って頭を打って……記憶がありません」

「なにから逃げていたんですか」私は核心に迫る。

「ここ、心霊スポットでしょう? 怖いモノ見たさに来たら、本物がいたんですよ……写真を撮って、いつも見てる情報投稿サイトにそれ、送信してたら注意がおろそかになってました……いっつつ……」

 男性は頭をさすりながら立ち上がった。私も姿勢を起こす。

「それは赤い着物の女の子、でした?」

「あ! そうですそうです! もしかして写真見てくれたんですか!」

 男性が興奮気味で話す。

「ありがとうございます。とてもいい写真でしたよ。気をつけて帰ってくださいね」

「ええ、もう気を失うのはごめんです、起こしてくれてありがとう」

 嬉しそうにはにかむ男性を送りだし、私とメリーは探索を再開した。男性がここまで逃げていたということは、この階にいる可能性が高い。私とメリーは男性以外が部屋にいないことを確かめ、戸の外れた入り口から部屋を出た。すると、

 ドゴォ! となにかが破壊される音が聞こえた。しかも、結構近い。いる、彼女が。私は、不安と期待がないまぜになった感情を胸にふくらまして、音の方へ駆けた。幾何学的な灰色の廊下をひたすら走る、助けなければ、死なせない、絶対に。

 廊下の突き当り、会議室と書かれたプレートが崩れた壁の上にあった。和花は扉を壊して奥に進んだらしい。真新しい砂埃が空気中にもううとまっていて、視界が悪い。

「この先に、和花がいるのか」

 隣にいるメリーに声をかける。

「注意しなさい、彼女が彼女でないかもしれないから。呪いに意識を奪われていたら、私にも、あなたにも容赦なくあの炎が放たれるわよ」

「そうか、じゃあ」

べりり、と私は左腕のお札を数枚はがし、メリーの両腕にぺたぺたと貼った。

「おさがりで、ごめんな」

「私はいいのに……まぁ、貰っておくわ」

 私とメリーは、崩れる壁の破片に注意しながら元会議室に入室した。窓の多い部屋で、月明かりが多量に差し込んでいた。私とメリーは部屋の奥へと進む。もう、人影は見えていた。後は、近づくだけだった。頼りなく揺れる、紫色の光の元へ。




 夜空の星がよく見える大きな窓のすぐそばに――――彼女はいた。

 私とメリーは、すでに両腕を失い、崩壊しつつある和花の姿を、直線距離で二十メートルほど離れた場所から、黙って見ていた。紫陽花の通路のような、一本道の距離。

 私たちは、すぐに声をかけることが、できなかったのだ。

 月光に照らされた顔に涙がつたっていたから。光りの粒が、地面に落ちていたから。ぬぐえるはずの手を失くし、無抵抗に水が落ちてゆく。

「お兄様、メリーさん……どうして……どうしてここが、なぜ来てしまったのですか……わたしはもう、自分の呪いで終わります、もう、誰かを殺すのは嫌なのですよ……巻き込みたく、ないのですよ」

 ぽつり、ぽつりと、和花が言う。

「わたしは、お兄様に嘘をつきました。とてもひどい嘘を。どうしてか、わたしの呪いは、お兄様を蝕めませんでした。初めてのことでした、驚きました。わたしの呪いは幸せな人も、不幸な人も無差別に、殺し続けたのに……」

「嘘なんて、どうでも! あれは俺を、俺に希望を探させるためについたんだろ!」

 私は和花に駆け寄ろうとする、が、彼女の腕のあった部分から紫炎が飛び出し、私が踏み出そうとした場所を破壊した。下の階へ続く穴が開いた。明確な、拒絶だった。

 無理して近寄ることも許されない、見えない心の壁が私たちと、和花の間を隔てる。

「人と、一緒にいたくて、わたしは誰かのそばにずっといられなかったから……。希望を探させるためなんて、そんな、そんなのわたしが嘘をつくのを正当化しようとして、自分に何度も言い聞かせた言葉です。わたしはそんな優しい人形じゃないです」

 和花は喋りながら、泣き続ける。

「和花さん、聞いて。私だってあなたと同じよ」

 メリーがいった。

「自分に施された呪いが効かない人間。そばにいられる人間、それは呪われた人形にとって希望以外のなにものでもないわ……私も、紳士に無茶な報酬をねだったのよ。一緒に、いたくて、だから……だから! お願い、紳士に治されてちょうだい! お別れなんて、嫌よ!」

 メリーは叫びながら、嗚咽を漏らしていた。

「メリーさん……違いますよ、メリーさんとわたしは違います。わたしはいるだけで、お兄様の迷惑になります。触れた人を殺してしまうわたしを、外に出られないわたしを、一生、お兄様に面倒見させるなんて、できません、できないですよ……申し訳、なさす、んぐっ!」

 ゴオッ、と和花の右肩からバーナーの火のように紫炎が噴出した。腕の次は、肩。彼女に残された時間が、少ないことを紫色は嫌でも如実に伝えてくる。

「は、はぁっ、ふ、ふぅ……」

 和花が苦しそうに息を荒げると、噴き出ていた炎が少しおさまった。

「お兄様をわたしの呪いが呪えなくても、わたしの存在が呪いになってしまうなら、わたしは自分を失くします。お兄様のおかげで、わたしはわたしを壊す方法を見つけられました。命と罪を溜めこんできたわたしの最後としては、ぬるすぎるくらいです」

 和花は、私とメリーの方を見て、力なく笑った。顔には、ひびが入っていた。アリスの記憶が私の脳裏をかすめる。私は、

「ちがう、そんな最後は認めないぜ、和花」

 和花の元へ、一歩踏み出した。

「っ……こないでぇっ!」

 紫炎が勢いよく飛んでくる。私はそれを右腕で受け止める。炎の消失と共に、お札が一枚破れて散った。

「もう俺には力がある。あの頃の俺じゃない。だから、俺はキミを救う。そのために、ここまで来たんだ。最初の夜に言ったろ? 殺してきたのは呪いだ、キミじゃない。本当に罪を償うべきなのは、キミに呪いを施したクソ野郎だ。本当は人間に愛されるべき人形を、殺しの道具に仕立てやがった、クソ野郎がな」

 私は和花に語りかけながら一歩一歩、少しずつ距離を詰めていく。

「いや、いやぁ!」

 また一つ、飛んできた火球を右腕で殺した。お札がまた一つ散っていった。

「キミは俺の過去を背負ってくれた。そして、その呪縛を解いてくれた。知ってるか? 紳士の業界ではな、お礼もせずにさよならなんて言語道断なんだぜ」

 次は二つの紫炎。両手でそれらを消し去る。左手の札はすべて散った。

「今度は俺の番だ。俺にキミの過去を背負わせてくれ。俺がキミの未来を切り開いてやる、どんな傷だって、どんな呪いだって!」

 みっつの火球を右腕でまとめて受け止める。ついに両手の札がすべて散っていった。防ぐ手立てを失った私に、再び三つの紫炎が襲い掛かってくる。が、

「私だってこんな最後認めないわ! 行きなさい! ヒーローはあなたよ! 瑠璃!」

 私の前に転移してきたメリーが両腕で受け止めて守ってくれた。

 私は走りだす。

「俺が、残らずまとめて治してやる! 俺を信じろ! 和花!」

 火球は、走り出した私に飛んでこなかった。

「……おに、さ、ま」

 私を見て立ち尽くす和花の両肩が紫炎に包まれ、崩れていく。崩壊が進行し始めてしまったようだ。私は駆けよりながら、集中力を高めていく。超能力のコツを脳から引きだす。

 師匠、私は、あなたには敵わないけれど、仙人にはなれないけど、

「――無力な現実を完全に否定し、無限の非現実を完全に肯定し、現実を蹂躙する力――」

 大切な人を救うヒーローに、なると決めた!

「否定すべき現実を捻じ曲げる誇大妄想(メガロマニア)ッ! それが、超能力!」

 私は紫炎ごと和花を思い切り抱きしめる。味わったことのない激痛が全身を襲った。

 私は大きく息を吸い込み、

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉオオオオオオッッッッ!!」

 吠えた、腹の底からすべてを出し切る様に。痛みを意識の外に飛ばすために。集中するための意識を保つために。

「お、に、い、さ……だ、めぇっ……壊れ、ちゃう、よぉ!」

 すべてを否定する、彼女を苦しめる現実を否定する、忌々しいクソったれな呪いを否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定す――――――、

 和花と私の接着面から白い光が、あのとき、間に合わなかった無念を晴らすように、

(やってやれッ! 瑠璃ッ!)

 懐かしい少女の声が聞こえた気がした。不思議と痛みが体から綺麗に消えていった。

「うちに、家に帰ってこい! 帰って、とっとと寝る! 明日も早いんだ!」

「う、うぇ……え……るり、にぃさま、帰り、たいよ! 明日も生きたい!」

 涙や鼻水でまみれた和花が、私の胸の中で叫んだ。

「その意気だ! キミの不安も、過去も、涙も俺が治す! 背負う!」

 真っ白な光が強くなっていく、闇を照らしだす超常的な光が私と和花を包んでいく。

 視界が光で埋まり始める。彼女の深く深くに根付いた暗闇を凌駕する、強い強い白光。

「生きるぞ! 和花!」

「うんっ……生きる!」

 瞬間、元会議室をすべて余すことなく照らすような閃光が私の身体から放たれた。

 ――うまくいった。

 その放たれた光以上の確信が私の心を満たした。

 だが心は確信だけで満たされたわけじゃない。

 背骨が折れんばかりに強く抱きしめてくる温かな両腕が、

 私をいつまでも離そうとしなかったのである。

 




 朝はどんなに疲れていてもやってくる。それは全人類に与えられた宿命のようなもの。

 窓からの日差しを感じた私は、布団から抜け出て、台所に向かう。

 三人分の朝食を作るために。

 あの夜、和花を廃ビルで見つけた夜から、二週間が経っていた。年の瀬が近づき、田舎町も都会程とは言えないが、年末特有の慌ただしさを感じさせるようになった。

 これまでの二週間、私は色々なところに奔走していた。

 まず一週間は病院での入院生活を余儀なくされた。『触れた人間を殺す』呪いを完全に和花から除去するために密着した私は、いたいけな少女に密着した報いを受けたのである。全身が原因不明のひどい筋肉痛に襲われ、腕一本動かせなくなっていた。もっとひどい状態になることも覚悟していた私は、ある意味、拍子抜けしてしまったが、全身が超強力な筋肉痛に見舞われるのはなんとも、じわじわ全身を絞め殺されていくような痛みであり、ベッドの上から一歩も動けないことでトイレもままならなかった。必然的に、恥をかいた。

 病院に連絡してくれたのは、廃ビルに駆けつけてくれた海尋だった。深夜にも関わらず、三駅を走ってきた海尋には感謝しているが、私が動けないのをいいことに写メを撮りまくった恨みは忘れない。

 退院してからの七日間は、学校が冬休みとなったことで、その分、盛り沢山だった。

 まず初日。和花とメリーと私で石動の元へ向かった。和花を視てもらいたかったのと、私の生存報告をするためだ。石動によると、和花の破壊能力は呪いではなく、自分を壊したいという和花の願いから発現していた超能力だったらしい。私の知らない場所で、電球を割っていた時代から、孤独に死を考えていた和花を思うと、胸が苦しくなった。肝心の和花の呪いは、

「ばっちし! もう和花ちゃんは呪われてないよ、よくやったよ、瑠璃ちゃん!」

とのことだった。自分が地球外生命体でよかったと、心から思えた瞬間だった。


 二日目。紫陽花のオヤジさんに和花の呪いが解呪されたことを報告しに行った。

「がっはっは! やるじゃねぇか!」

 と私の肩を思い切り叩きながら、オヤジさんは大声で笑い、ひとしきり笑ったのち、静かに和花を見つめた。

「嬢ちゃん、あんなところに閉じ込めて……本当にすまなかった……」

 と和花に粛々と謝っていた。そんなオヤジさんに、和花は、

「いいえ、ずっとわたしを置いていてくれたから、お兄様に出会うことができました。本当に、感謝しても感謝しきれません」

 と泣いていた。そうか、と一言つぶやいて、オヤジさんは和花を抱きしめながら、大声で泣きはじめた。二人分の泣き声が骨董屋に響き渡った。


 三日目は石動、それから甲冑後輩の姫宮(ひめみや)と地元を歩いた。姫宮は四年前に父親が海外出張した関係で、私や石動と離ればなれになってしまったのが寂しかった、と前置き、

「その分を取り返しますっ! なんせ花の女子高生ですから、フルパワー全開ですよー!」

 と赤い長髪を振り乱しながら、夕日に照らされた雪景色の神社の中を、犬も正気を疑うほどのハイテンションで駆けまわっていた。それを眺めて、私と石動は、

「「馬鹿だなぁ」」

と声を合わせて笑った。「馬鹿とはなんですかー!」と抗議されたのは言うまでもない。


 四日目は海尋主催のパーティに招待されたので、和花とメリーと共に参加した。

私の回復と和花の解呪記念のパーティとのことで、目を見張る料理がテーブルに隙間なく並べられていた。茉子さんが、DSによくわからない謎の装置がカスタマイズされた物体から立体映像として原寸大に現れたときには、海尋の科学力のすごさを改めて思い知った。

「これがホントの3DSだよ。裸眼立体視なんてすでに前時代的としか言えないね」

 海尋が誇らしげに胸を張り、

「海尋くん、これっ、触れないの、すごくっ、くやしいんだけ、どっ」

 工藤さんが必死に料理に手を伸ばしていたのが印象に残った。


 五日目、ショッピングセンターに出かけた。ゴスロリ少女と着物姿の少女に挟まれて買い物するのはかなり目立つ行為だった。和花の洋服を買ったり、和花が見てみたいと思う場所に突入したりと、かなりアグレッシブな買い物だった。ただのショッピングモールも、和花にとっては遊園地に勝るとも劣らない場所だったのだろう。その日の夜、和花は興奮して眠れない様子で、私が買ってあげた絵日記にぐりぐりと一心不乱に何か描いていたのだが、私が覗きこんだ刹那、和花が悲鳴を上げ、間髪入れず私の頬をビンタしてきたので彼女がなにを描いたのかは分からずじまいだった。和花がメリーの影響をうけて武闘派になりつつあるのを危ぶみながら私は眠った。


 六日目は、華の湯に和花を連れて行った。お風呂好きな和花はメリーがする銭湯のマナー説明を数日間にわたって真剣に聞き、準備万端の状態で、初銭湯に臨むことになったのだ。風呂からあがった時には番頭さんとも打ち解けた様子で、

「メリーちゃんと和花ちゃんを悲しませたら一生出禁にするからな」

 と男湯の脱衣所にいた私は素晴らしく良い笑顔で言われたので、誓います、と返事をした。

「くく、冗談だよ。アンタなら言わなくても、んなことしねぇってわかってるっての」

 やさしく微笑む番頭さんに、私は心の中でもう一度、誓いを立てた。


 七日目、つい昨日のことだ。

 私は朝一でメリーに頼み、実家の自室に転移してもらった。家を飛び出した頃から、家具も、なにもかも変わっていない、女の子の部屋にしか見えない、私の部屋が視界に広がる。

「じゃ、終わったら電話しなさい」

 そういうとメリーは消えた。私に気を遣ってくれたのだろう。私は勇気を総動員し、不思議軍団の待つ、ぬいぐるみの山まで歩いた。

「……みんな、久しぶり」

 私が山に声をかけると、もぞりと山が動き、ギョロリとした二つの眼がこちらを見てきた。

「瑠璃!? おい! 瑠璃だぜ! 我らの君主が帰還したぞ!」

 山からミリタリーが飛び跳ねてきて、私の胸におさまり、

「何年ぶりかは忘れちゃったけど~、ルリルリのことは忘れてなかったよ~」

 シロが次いで私の胸にジャンプしてくると、

「さぁなでるんだ、るりっち! 執拗に!」

 最後にチェシャが無理矢理、二人の隙間に飛び込んできた。私は変わらない三人に、安堵し、顔をほころばせ、そっと床に彼らをおいた。彼らの周りには文房具やオモチャたちも続々と集合し、山がすべて私の背後にいる三人のところに集まった時、瑠璃色のドレスを着た少女の姿があらわになった。アリスは最後に会った時のまま、眠っていた。

 私は、アリスの傍にひざまずき、手を握った。私の手はあの頃より大きくなっていて、彼女の手をしっかりと握ることができた。

 頭の歯車を回し、集中する。そして、

「ひさしぶりだな、瑠璃。ふふ、随分と大きく、なったのだな」

 白髪の少女は目を開いて可憐に微笑んでくれた。

「アリスのおかげだよ、なにから言えばいいのか……遅くなって、ごめん、それと……」

「いいからこい、ぎゅっとしてやるぞ」

 上体を起こし、私にむけて両手を伸ばしてきたアリス。童心に帰って、私はアリスの胸に顔をうずめ、声を押し殺して涙を流した。アリスも、泣いていた。

 涙が互いに収まったのを見計らい、私とアリスは、沢山の話をした。当時のこと、これまでのこと、そして、

「瑠璃、わたしたちは平気だぞ。もっと広い世界を見てくるのだ。それからでよい、本当に帰ってくるのは。その時は我らが不思議軍団、一堂となって盛大に歓迎するからな。うるしぃもメイド長としてまだ屋敷にいるから……あーもう、本気で嬉しくて、顔がにやけてしまうぞ、どうしてくれる……」

「アリス……」

「ふふ、顔は相変わらず可愛いが、男の眼になったな、瑠璃。それみんな、瑠璃が帰る時間までしっちゃかめっちゃかにしてやれ!」

「え、ちょ、うわ―――――っ!」

 私は不思議軍団式歓迎を全身に味わってから、武鎧家を後にすることにした。

 電話でメリーを呼び出したときにメリーもしっちゃかめっちゃかにされ、軍団が彼女に集中したどさくさに紛れて、アリスがこっそり私に近寄り、

「しゃがめ」

 頬にキスしてきた。それは私とアリスだけの秘密である。




 そんな怒涛の一週間を過ごし、本日は晴天。朝食作りも邂逅の間に終わった。

「ほれ起きろー」

「むー」

「うー」

 布団に寝転がる二人を起こし、布団を片付け、テーブルを設置し、料理を並べ朝食をとる。今日の朝食はサニーサイドアップとベーコン、それと卵サンドだ。寝ぼけ眼の二人はもくもくと食料を摂取していく。

「もうちょいで、今年も終わるな」

「そうねー……なんだか不思議な感じだわ……」

「ですねー……なんだか不思議な感じです……」

 全く同タイミングで、全く同じことを二人が喋った。

「キミらは双子か。そういや、お年玉とか、用意した方がいいのか……いる?」

「いや、そんな、お年玉なんて」

「いえ、そんな、お年玉なんて」

 二人して手を顔の前で振りながら返答してきた。

「キミらが双子じゃない方がミステリーだよ……お金はあるからちゃんとあげるよ」

 私はアイドル時代に稼いだお金を学費や家賃に当てているのだが、それでもお釣りが十分すぎるほどにある。しかし、あまり使い過ぎてはいけないと自戒するため、一般的大学生と同じように低家賃のアパートで暮らしているのである。

 そしてこれからも、ここで暮らしていくのだ。

「これからも、よろしくな、二人とも。大好きだよ」

「っ!」

「っ!」

 なぜかゲホゲホと二人が激しくむせたのを眺めつつ、私はマグカップのコーヒーをすすった。不思議な出会いから始まったこの生活は、苦いコーヒーでさえ、とびきり甘いものに変えてしまいそうなほど幸せなものだ。もう、二度と、死のうなんて思わない。

 私は生きていく、前を向いて活動していく。広い地球の中で、地球外生命体のような私と寄り添ってくれる、大切な人たちと共に。大切なモノたちと共に。そう、決めたのだ。

 むせる二人の背中をさすりながら、私は心の底から笑い、そして二人を抱きしめた。

「……もう」

「……ふふ」

 この現実は、誇大妄想じゃない。捻じ曲げたくもない。

 私の愛すべき、そして愛おしい、宝物のような日常なのである。




主人公がのっけから死にたい…という文章に引かず、ここまでお付き合いくださった方、本当にありがとうございます。

死にたがりの物語はここでおしまいです。これからもちょっとずつ、彼らの日々を掲載していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

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