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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第1章 死を望む「私」と、死を運ぶ「人形」
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第12話 世界を犠牲にしてまでも

 



 青い光に包まれ、数秒が経過した。

 まぶた越しに感じる光がなくなり、夜の自室で睡眠時に目を閉じているほどの光の感覚しか感じなくなったので、私はそっと目を開いた。すると、そこにはごく一般的な学校の校門があった。『私立漣高校』と校門のプレートに書いてある。学校の規模はそれほど大きくない。本当にごくごく普通。時間が夜というせいで、七不思議な空気が立ち込めてはいるが、とりたてて目立つ所のないシンプルな外観の校舎である。

 私たちは校門を通り、校庭へと足を踏み入れた。砂利が敷き詰められた灰色の校庭には、おかしな行動を繰り返す人間も、獣のような暴徒の姿も見えなかった。

そこにいたのは、電脳世界で生きる少女――工藤さんだ。私たちが駆け寄ると工藤さんは警戒するそぶりを見せたが、すぐに私たちだと気が付いてくれたようで、その場にとどまった。見たところ怪我もなく、服装の大きな乱れもない。追われていた暴徒からは無事に逃れていたみたいだ。私は安堵のため息をもらす。

「よかった、無事だったんだな」

「な、なんでみんな、みんなはあっちの人間だよね。どうして」

 工藤さんは驚嘆の声をもらした。

「俺は超能力者でね。ちょっとズルをしたんだ。ゲームでいうとチートか。いや、俺のことはそれくらいにして……工藤さんはウイルスにやられてないのか? 町はすごいことになってたけど」

 私の話に目を白黒させていた工藤さんはかぶりを振った。

「えっと、あたしは海尋くんに特別丈夫に作られてるから、なんとかだいじょぶ。あの黒くなった人たちに捕まってたらヤバかったかもだけど……ぎりぎりココに逃げ込んだのさ。ピンチになったらエリア移動はゲームの常識だよ、ってチートとか知ってるくらいのゲーマーならわかるよね」

 へへ、と工藤さんが笑う。おおいにわかりますとも。ゲームくらいしか私にはこれといった趣味がないし。骨董品あさりは言ったら引かれそうだし。

「でもどうやってここまで? 暴れてた人たちすっごい沢山だったと思うけど……」

「ん、襲われたけど、和花とメリーが守ってくれたんだ。超能力者って響きはいいけど、俺はあんまりバトル向きじゃないからね、情けねえけど」

「そっか、いろいろあるんだねぇ……」

 工藤さんは和花とメリーを交互に見る。

「和花ちゃんにメリーちゃん、マッチョじゃないのにお兄さんを守るなんて、えらいぞー!」

 そう言うと工藤さんは笑い声をあげながら和花とメリーの頭をなでた。メリーは頭をなでられるのが好きなのか、まんざらでもないという顔をして大人しくしている。一方で、和花が触られることへの怯えの色を顔に出しているようだが、おそらく心配はない。

 工藤さんに対して、和花の呪いは発動しない。もっと言えば、発動するはずがないのだ。あまり言いたくはないし、それに私は工藤さんを人間として認識しているつもりだ。しかし、厳密に言えば、工藤さんは、『生身の人間』ではない。和花に呪いを施した誰かも、まさか『データ』でできている存在に触られることは想定していないだろう。よって、工藤さんの身体は呪いに蝕まれないはずだ。

「大丈夫だろ?」私は和花に視線を送る。

「はい」和花は緩んだ笑顔を浮かべた。

 工藤さんは私と和花を見て不思議そうに首をかしげた。

「そいで、みんなどうしてこっちに?」

 和花とメリーの頭から手を放して、工藤さんが私に問う。

「超能力でウイルスにやられたみんなを治しに来たんだ。えっと、工藤さんの気に障ったらすまないんだけど、俺はモノを治療できる力を持っててさ……」

「あは、気にしないよー。あたしは海尋くんに作られたんだから、モノだって自覚してるし! 逆に気を遣わせちゃってごめんね」

 眉をハの字にして工藤さんが笑った。

「いや、そんな。謝らなくていいよ」

「ふふ。にしても、治療能力でウイルス駆除かぁ。とんでもないワクチンソフトだね、お兄さん。あ、そだ、モノなら治せるんだよね。ごめん、これ治してほしいんだけど……」

 おずおずと工藤さんが携帯電話を差し出してきた。ディスプレイやボディのいたるところにひびが入っており、このままではまともに使用できる状態ではない。逃走中に破損したのか。私はそれを受け取り、治す。

「うわっ、まぶしっ……」

「はい、治ったよ」

 損傷をすべて治療した携帯を工藤さんに返した。

「すごいね……新品みたい。ありがとう、これで海尋くんに電話できるよ」

 工藤さんが携帯のボタンを操作すると、ワンコールで海尋が出た。

『茉子っ! よかった、やっと、つながった』

 海尋の声といっしょにすさまじい打鍵音が聞こえる。作業はまだ続いているようだ。

『増殖させるタイプのウイルスが激減したおかげで、なんとか無事に終わりそうだよ。そのまま学園地区で待機していて。外にはまだ増殖タイプと感染タイプがいるから、いまそこから出るのは危険だ。感染源を探して駆除するからそれまでの辛抱だからね』

「うん、了解。海尋くん、あのねこっちにね」

 工藤さんが海尋への言葉を口にしようとした瞬間だった。校舎の屋上に何かがいたのを私は見た。そして、次に私が屋上に目を向けたときにはその姿はなく、

 それは工藤さんの背後にいて、

 私が知覚するよりもうんと早いスピードで、

 彼女の腹部に銀色の細長い刃を貫通させていた。

 日本、刀?

 彼女の紺色のセーラー服が赤黒いシミに浸食されていく。月光に冴える銀色の先端からピチャリ、と工藤さんの中身が垂れ、すぐに銀色は回転をくわえて肉をえぐりながら工藤さんから引き抜かれた。

「あ……ぅ?」工藤さんは刺された部位をなでて、口から真っ赤な液体を吐いた。

 彼女の肉体が制御を失って校庭に倒れる。

 なにがおきて、彼女がどうなって、いまこれはゲームなのか、現実なのか。

 そんなこともすっ飛ばして、何かのブレーキが外れて、残機0だとかどうでもよくて。

 保身より先に体が動いていて、みんなを守るとか身の丈に合わないことを思って。

 私は工藤さんに刃を突き立てた黒い影に、突撃し、勢いよく木刀を刺した。

 ズヌル、と形容しがたい肉の感触が木刀越しに伝わってくる。そのまま私は痙攣する影を押し倒し、木刀を引き抜いて、ウイルス感染と私が負わせた傷を修復した。

「工藤さん!」

 私はうつぶせに倒れた工藤さんの身体を仰向けに返しながら名前を呼んだ。しかし彼女の返事はなく、虚ろな表情で、あ、あ、ぅうと痛みにもがく声を出すだけだった。

『その声! なんできみがそっちに。そんな発明品まであるのか!』

 つながりっぱなしの携帯電話から海尋の声が聞こえた。

『なッ、茉子が重大な破損を負っている!? なにが』

「……刺されたんだ、黒い影に、でも大丈夫だ、俺が治す。死なせない!」

 私は工藤さんの上着をめくり、傷口を露出させた。とくとくと今も命が流れ出ている。

 私は傷口に手をそっと当てる。工藤さんの身体が痛みという信号に従って震えている。

『馬鹿を言うな! 世界はもう一度でも、なんどでも作ることができる! でも茉子は茉子一人だけだ! 唯一なんだ! この世界(イデア)を犠牲にしてでも僕はその子だけは守る、感染源を探すよりウイルスを除去するより僕は茉子の修復を優先する!』

 海尋は工藤さんの損傷で動転していた。言葉にいつもの冷静さが欠けている。それほどまでに工藤さんが彼にとって、かけがえのない人なのだろう。けれど、世界は決して、二人きりでは、回ってはくれない。

「やめろよ、そんなことしたら、彼女の友達が、家族が死んじまうだろ。世界が消えて、彼女だけひとり残って、ひとりでいったい何をすればいいってんだ」

 私は集中を始めようとするが、海尋の説得に意識を持って行かれていてうまくいかない。

『僕がいる。彼女には僕がいるんだ。近い未来、こっちにだって連れてきて!』

「それまでは誰にも、誰の温もりにも触れられないで生きるのか、工藤さんは。そんなの、寂しすぎて死にたくなるぜ。それに家族が、大切な誰かが死んで悲しまないような人間かよ、この子は。絶対違うだろ!」

『しょうがないだろ! 僕は……いまだに全然信じられないんだ。きみがそこにいることも茉子を治せるということも、ぜんぶ……』

 私の手が工藤さんの血液で色を変えていく。校庭の灰色に赤い水たまりができている。このままじゃ、工藤さんの命が!

「頼むよ、たった十秒だけでいい! この世のどんな奇跡も魔法も呪いも信じなくていいから、俺を! 俺だけ、信じてくれ!」

 思いの丈を吐きだして、私は海尋に懇願した。この気持ちは通じるだろうか、非現実を否定する青年よ。たったひとつだけ、信じてもらえないだろうか。

『ぐ………………たす、けて』

 腹の底からしぼりだしたような海尋の悲痛な声が聞こえたのを合図に、私の歯車は急速に回り始める。頭の中に金属がこすれる音が鳴りやまなくなる。集中速度がみるみる加速する。死なせない、私の目の前でもう、二度と、大切なモノを死なせはしない。激しい胃の痛みも、不快な頭痛もすべて、それを教えてくれる。これは、きっと体が死なせたくないと叫んでいるんだ。死なせるなと怒鳴っているんだ。案ずるな、私の肉体よ。任せておけ絶対に、この子を黄泉には行かせない!

 そして集中が完全になった時、白い閃光が私の両手と工藤さんの傷口の接着面からもれて、まばゆくあたりを照らした。

 彼女の腹に開いていた傷口は跡形もなく消え去り、もう血が溢れることはなくなった。生気をなくしていた工藤さんの顔にだんだんと血の気が戻る。が、意識はまだ戻らない。

「終わったぞ、海尋、工藤さんは無事だ。だからもう泣くなって」

『な、泣いていない。……確かに、全部修復されてるね……ありがとう、本当に』

「……いいさ、俺は、ただ」

「紳士、会話の前に周りを見て」

 メリーに従い顔を上げて周りを見渡すと、だだっ広い校庭は黒い人影で埋め尽くされていた。その数は目測で計ることができないほどの、絶望的物量。獣のいななき声がそこかしこで発声される。興奮しているのか、はたまた仲間を駆除されてきた恨みなのか。一歩も動けないほどのプレッシャーが獣たちから、こちらにむけて放たれている。

「大ピンチってやつかしらね」

メリーは自嘲気味に言って、鞄からナイフを取り出し、かまえた。

「しかし生き残らなくてはなりません、ここでは終われません」

 和花が両手に紫炎を発現させる。だがいくら和花の破壊力が高くても、この数では……。

『……ふふ、ははははは!』

 工藤さんの手元から、この状況に不釣り合いな声が聞こえてきた。まるで物凄く面白いコントを見ていて、それが愉快で仕方がないといったような、明るい笑い声。

『一か所にこんなに集まるなんて、愚の骨頂だね。いくら徒党を組んでも無駄だってことを世界の創造者が教えてあげよう――異物排除作業を開始する。きみたちは動くなよ』

 海尋の声が途絶え、校庭が複数の太陽の光を浴びているかのような明るさに覆われる。今は夜だというのに。これは、頭上からの強い光。

 見上げると、空から数本の柱が降ってきていた。その柱は地面に近づくにつれ、自らの巨大さを私たちにうったえてくる。いうなれば光の柱、極太のビームだ。天から下された罰のように、輝かしい光が黒い獣たちを焼き払っていく。

「はは……すげえな、こりゃ。圧巻だ」

「きれいですね……」和花は光に見惚れ、両の手の紫炎を消し、

「なにかしらこの必殺奥義。ハナっからこれ使いなさいよね……」

メリーはあきれた調子でふてぶてしく文句を垂らし、ナイフを鞄にしまった。

『一体一体にこんな大技が使えるわけないじゃないか。ここぞって時に使うからこそだろ。きみこそ、ちゃんと頭脳を使ったらどうだい?』

「ぐぬ……もどったら覚えてなさいよ……」

 光の軌跡には気を失って倒れている人間の姿があった。ド派手なエフェクトに反して、その光の柱はとてつもなく慈愛に満ちた、世界を守護するための兵装だったようだ。何本もの光はウイルスをしらみつぶしに消滅させていく。おぞましい漆黒が失われていき、本来の多種多様な色彩が人間たちに帰ってくる。

 そして黒い獣を一掃し、すべてを正常に回帰させると光の柱はもう、降ってくることはなかった。校庭を静寂がつつむ。

「ん……」

 工藤さんの瞼が持ち上がり、瞳があらわになる。意識を取り戻した工藤さんは、ぼやけた表情のまま、私の手のひらをそっとつかんだ。

「治してくれたんだね……ありがとう」

「こっちだって、助けられてよかった」

 私も工藤さんの手を握り返す。データである彼女も、たしかに体温を持っていた。

『……いよっし! かなりのウイルスを駆除することに成功した! あとは感染源を見つければ……ところできみ、いつまで人の彼女の手を握っているのかな?』

「す、すまん」

 重量感のある海尋の声の迫力に負けて、私はパッと手を放した。

「あはは。手ぐらい、どうってことないのにねぇ」

嫉妬する海尋とうってかわって、工藤さんはケロリとしている。

『手ぐらいって! あのなぁ僕だって』

「だって、海尋くんはさ、あたしを現実に連れて行ってくれるんでしょう? そしたら毎日、ううん、毎日じゃなくたっていいや。いま触れられないぶん、たっくさんデートしようね。色んなとこ、見てみたいんだ、あたし……」

 工藤さんは手にしていた電話を耳に当てて、マイクにそっと優しく語りかけた。あたたかな声色は人の心をもみほぐす。海尋も例外ではないだろう。

『茉子……勿論だよ。たくさん見に行こう。必ず実現してみせるから……それまでは』

 私たちの周りに、甘くとろけた空気が漂い始めると同時に、メリーが胸のわだかまりを一気に排出するような、大きなため息を吐いた。

「イチャイチャは他人の目がない所でやったらどうなの? 見てられないわ……さっさと感染源ってやつを探しましょうよ。どうせ、この学校の中にいるんでしょーし」

 メリーは漣高校の校舎をにらんでいる。

『そうだね、あれだけの馬鹿げた数を揃えてきたんだ。ここに何もないわけがない。僕も駆除作業と並行して他の場所も検索してみる。そっちの様子はモニタリングしておくから、なにかあったらサポートするし、大船に乗ったつもりで。それじゃ、茉子は校舎のなかを案内してあげて。念のため電話はつなぎっぱで頼むよ』

「うん、わかった。みんな着いてきて!」

 工藤さんが校舎に向かって走り出した。私たち三人はそれを追いかける。






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