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ねじまげメガロマニア  作者: 草津 辰
第1章 死を望む「私」と、死を運ぶ「人形」
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第11話 治療、進行、三人組

 



 まずは道すがら、暴徒化していないキャラクターたちに触れて、正気に戻していく。

 ウイルス感染でのデータ破壊、ならば私のモノ治療能力で治せるはずだ。

 私は手始めに近くにいた金属バットの少年と、回り続ける男性を治療した。

「うあ、なんだぁ、手が超いてえ。なんで俺バットなんて持ってんだ?」

「うええ、目が、回るるるるる……」

 短い集中じゃウイルスを消すのが関の山か。痛みまでは消せない。三半規管が狂いにくるっている男性を電柱にもたれさせ、私は正気を取り戻した少年に話を聞く。情報を集めないと、効率的に治療を行えないだろう。

「なあ、この町で人が集まる場所ってどこか教えてもらえないかな」

「ん、人が集まる? だとしたら夕飯時だし商店街の方じゃねえかな。あの道をまっすぐ行けば見えてくるぜ」

 少年は道路の分かれ道の左側を指差した。

「わかった、サンキュー!」

 しばらく道を走り、対岸まで行ける横断歩道が見えてきた。信号はまともに稼働していない。道路には無人の車が列をなしていた。白線と黒いアスファルトのコントラストの上では、大量の人間が踊り狂っていた。その横断歩道の先に、(かのえ)町商店街と書かれた商店街のアーチが見える。ここを通り抜けるしかないようだ。

 横断歩道を渡る合間にも、私は治療を続ける。一、二、三……二十四。横断歩道を占領して季節外れの盆踊りを開催していた人たちを日常に返す。

 商店街のアーチをくぐる。そこは笑顔が飛び交い賑わっているはずの場所。

その面影はすでにない。

 なぜなら――影のように体を黒く染め、赤く目を光らせた暴徒たちが私たちを睨み、今にも襲い掛かろうと、獣のようにヨダレを垂らしていたからだ。数十人の暴徒の手にはそれぞれ包丁、薬局の看板、防犯用のさすまたなどの凶器を携えていた。

「紳士、ここは任せて!」

 メリーが開口一番、地面を思い切り蹴って、暴徒の群れに突っ込んでいく。

 制止する間もなかった。が、制止する必要もなかった。メリーは暴徒が繰り出す斬撃や、拳を軽い身のこなしで華麗に避け、暴徒の懐に潜り込む。

 そして暴徒はメリーに触れられるやいなや宙を舞い、そのまま自由落下のダメージを受けてその場にうずくまった。メリーが暴徒を飛ばす高度は、私のときより気持ち高い気がする。ゲームのキャラだから加減を緩めているのだろう。

 私と和花はメリーが行動不能にさせた暴徒の近くに行き、治療をしながら前進した。治療を施すと目の赤い光も消え、正気に戻ってくれた。メリーが時間を稼いでくれているので、怪我まで治すことができる。

 私が治療しているあいだもメリーは、アハハハハ! となんとも楽しそうに笑いながら暴徒を駆逐していく。転移させたり、直接キックをかましたり、魚屋から持ってきたタコを暴徒の顔にはり付けたりと、攻撃方法も多種多様。まさにドS。ウイルスに操られているただの人間と怪力魔法少女じゃ、勝負する前に結果が見えていたのだな。メリーの背中は女の子らしく小さいものだが、敵をぶっ飛ばし、道を切り開いていく背中はとても大きく見えた。

 商店街をメリーの先導でどんどん駆け抜けていく。そしてメリーが気絶させた暴徒を、私はどんどん治療していく。頭の中の歯車がぐるぐるとまわり続ける。

 このまま治療を続けていけば、海尋の負担を減らして、工藤さんを守ることに繋がるだろうか。わからない。だけど、それでも今、私にできることはこれだけ、だからこれを精一杯。

 私が決意を固めていると、なにかが、なにかがっ!

「どほぉっ!」

 背中を向けて吹っ飛んできた女の子が私の腹部に直撃した。痛みに耐え、なんとかキャッチに成功する。よくみると前方でメリーと戦っていた子だ。木刀を巧みに使って善戦していたはずだが、敵わなかったのか。私は女の子を地面に降ろし、治療をした。

「ふあぁ!」

「んのわぁ!」 

 治療が完了するとともに、ジャージ姿の少女が目を覚ました。少女は眠り足りないと言わんばかりに、呑気にあくびをしている。

「はへ、商店街? あなた、だあれ? なんで私、木刀?」

 少女は上半身を起こし、私にのしかかりながらふにゃふにゃとした声で語りかけてくる。髪から香るシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐる。そばにいた和花は私から少女を引き剥がそうとしてくれるも、『人間に触る』ということを意識してしまうのか、少女の肩をつかめず、両手の袖をパタパタとしながら、

「うあ、あわ、お兄さまっ、お兄様押し倒されないで! 気張ってください!」

 涙目で応援してくれた。

「う、うん、あんがとな!」

 少女は運動部にでも入っているのか、寝起きで脳みそのブレーキが緩んでいるのか、かなり力強い。右手に持った木刀が私の脳天に振り下ろされたら流血沙汰必須! 

 私は少女を必死に両手で引きはがしながら、混乱した頭で説明する。

「えっと、キミはウイルスに操られて、そんでさっき治った!」

「そっかぁ! じゃー、寝てもいいよねぇ……おやすぅ」

 二秒と経たず、少女はスヤスヤと寝息をたてはじめ、木刀をコロリと手放した。私はこの隙に少女から逃れ、立ち上がる。

 この子、ジャージを寝巻にして寝ていたところを操られたのだろうか、気の毒に。私は寝ぼけ少女が持っていた木刀を拝借することにした。私は武道の心得もないし、ほんの申し訳程度だが、なにかの役に立つかもしれない。

「よし和花、いこう」

「はい」

 武器を手に入れ、攻撃力もアップしたところで、メリーを追いかける。二十メートルほど離れた位置にいるメリーは、襲い掛かってきた暴徒たちを全員八百屋にポイポイぶち込んでいた。いくらたくさんの物を揃えている八百屋だからって、人間まで陳列しなくていいだろうに。

 私と和花は野菜と果物が無残に砕け散った八百屋のなかに入る。店内が、ふいに雨雲が通ったかのようにビチャビチャになっていた。メリーが暴徒を放りこんだ衝撃で野菜と果物のしぼりたてミックスジュースが店内を浸していたのだ。微妙に赤色成分がまじっているのは……ちゃんと治すから大丈夫。べたつく暴徒たちを治療していくのには、集中のほかに忍耐力も要した。

 八百屋から出ると、商店街は静けさを取り戻していた。なぜか。

 暴徒たちが全員気絶していたからである。八百屋の前に気絶した暴徒が山ほど集まっていた。私と和花が八百屋にいる間に、引き寄せられてきたのかもしれない。

 メリーがいつもの不敵な笑みを浮かべているので、最初からこういう作戦だったのだろうな。私がメリーに微笑むと、メリーはウインクを返してくれた。

「紳士、ハリーハリー」

「オーケーオーケー」

 その場にいた暴徒の治療を終わらせ、入ってきたときとは反対側にある商店街のアーチを抜けると、再び住宅街になった。

 商店街から住宅街直通というのは便利だが、どうにも不思議な感じだ。ゲームだから理不尽な境目で地形が飛ぶのも納得だけれども。

 新しいマップを観察すると、立派な門が建てられてたり、黒い柵を隔てて芝生が植えられた広い庭があったりと商店街のアーチをくぐる前の住宅街より、高級な雰囲気である。だが三階建てや四階建てが乱立しているせいで、家と家の隙間に暗い路地ができ、得体のしれないナニカが潜んでいそうな気配がどろりと漂っている。高級な家の間の濃い影は不吉な空気をこれでもかと私に放出していた。夜ということで、なおさらに。

 そんな高級住宅街を走っていると、和風のお屋敷からエプロン姿の黒い影が飛び出してきた。手には高枝切りバサミを持っている。

「和花さんをお願い」

 メリーはすぐさま黒い影に飛びついて行った。

 にしてもあの暴徒、こんな住宅街に一人で潜伏してるなんて、どうしてだ。隠れることが目的なら、飛び出さずに私たちがいなくなるまで待てばよかったはず。

「なら別の考えってわけだ」

 私はあたりを観察する。するとすぐそばに暗い路地。今までで一番大きな洋風建築がその路地を作り出していた。なにげなく私はその家の表札を見る。そこには、

 工藤、と書かれていた。

「……っ! この家の表札、工藤だ。この路地に逃げ込んだのか」

「そうですね……不穏な空気です。メリーさん! こっちです!」

 高枝切りバサミ暴徒とマイハサミで渡り合っていたメリーが、和花の呼びかけに片手を振り、五秒後、メリーは私たちの元へ瞬間移動で戻ってきた。意識を失くした暴徒と一緒に。決まり手はボディブローでした。ハサミ関係ない。

 私が暴徒を急いで治療していると、メリーが暴徒の持っていた高枝切りバサミを拾って、なにやら睨みつけるように観察している。そして王子様に一目惚れをした乙女に勝るとも劣らない、大変可愛げのある表情で、瞳を潤ませながら、

「っあ、わああぁっ……た、戦ってる最中から気になっていたけれど、やっぱり、やっぱりこれ……ずっと欲しかったメーカーのだわ! 『万能スペシャルサービス千変万化アタッチメント高枝切りバサミー!』」

 うんちゃら切りバサミを両手で掲げながら、声色高らかにハイテンションで叫び始めた。ミー、ミー、ミー……と住宅街に黄色い歓声がこだましている。アタッチメントの前に、名前に色々付き過ぎて 結局どんな高枝切りバサミなのか、わけがわからない。愕然としながら私が治療を続けていると、

「ほら私呪いがあるじゃない。通販の電話かけられないのよ……そのうえ住所不定だし、店頭で買うのはなんだか恥ずかしいし。ああ、貰っちゃだめかしら……。ねぇねぇ、こっちのモノって持ち帰れるのかしら、ワクワク紳士ぃ!」

 ガチャガチャと暴徒が持っていた高枝切りバサミを伸ばしたり縮めたり、頬ずりしたりしながらメリーが尋ねてくる。出会ってから一番女の子らしい顔をしている気がする。

「いや、なんでもらえる前提で話を進めるし、俺の呼び方がキミの感情になってんだよ、俺は新聞紙であらゆるオモチャを作り出すとかできませんよ」

 治療が終わり、黒く変色していた鋏暴徒が、ただの庭師の男性になった。

「ん、んん」

 庭師は目をこすって、かぶりを振り、立ち上がった。私たちの姿を見てポカンとしている。

 メリーはそんな庭師のエプロンを引っ張って、

「これ私にくださらないかしら。あなたがウイルスに操られているのを助けてあげたのよ、ねぇねぇ良いでしょう?」

「ん……仕事道具だから無理」

「あっ……」

 悲しそうなメリーの声。メリーから素早く高枝切りバサミを取り返した庭師は、エプロンのポケットから小さな鋏をとりだして、メリーの手にそっと置いた。

「こっちなら。ダイヤモンド砥石で砥いだからすごい切れ味だよ。太い枝もきゅうり同然」

「わぁ……ありがとう、いただくわ」

 照れつつ受け取ったメリーは満面の笑みで鋏を鞄にしまった。ただでさえ高い戦闘力なのに、新たな凶器をゲットするとは……。


 メリーが上機嫌になったところで、三人で暗い路地に突入する。

 路地に入って最初の角を曲がると、見張り役なのか赤い瞳が四つ待ち受けていた。

 みるからに格闘技を生きがいにしていそうな筋骨隆々暴徒コンビは、まるで狭い路地裏をふさぐバリケードのように私たちの歩みを妨害しようとしてくる。

 こちらに猪突猛進に突っ込んでくる筋肉一号。あのタックルを受けたら骨の二、三本はいってしまいそうだ。急ぎ私は指示を出す。

「和花、そこ破壊!」

「てりゃあ!」

 和花は呪動拳を筋肉一号の進路上に放った。月面のクレーターのように地面がえぐれ、平坦な道にふいに段差ができる。その段差に筋肉一号は全力タックルの勢いのまま引っ掛かり、期待通り盛大に転んだ。頭を打ったらしく、呻いてもがいている。私はすぐさま接近して治療を開始した。その間にも筋肉二号が私の方に襲い掛かってくる。ウイルス同士に仲間意識でもあるというのか。

 私が身構えると、メリーのキックが筋肉二号の横腹を薙いだ。私に気を取られていた筋肉二号は不意打ちをうけた格好となり、路地裏の壁に肉体を叩きつけられ、意識を失った。

「私を無視とは失礼千万よ」

「うへぇ、えげつねえ……」

「えげつなさも人生の必須アイテムよ。早く治療を進めなさい」

「わかってるって。サンキューな」

 筋肉コンビを撃退した私たちはさらに歩みを進める。路地裏は一本道で迷うことはないが、定期的に暴徒が出現するので油断できない。気分はすっかりRPGのパーティだ。エンカウントが多すぎて、いささかゲームバランスは悪いが、こっちには強キャラが二人もいる。私はさながら、武道家と魔道士の影にかくれながら回復薬に従事する僧侶と言ったところか。どうやっても主人公にはなれそうにない。

「おいおい、あれは卑怯じゃないか」

 私たちは歩みを止め、置いてあった粗大ごみの影に隠れる。進路上に、どこで手に入れたのか知りたくもない銃器類を携えたスーツの集団暴徒がいるのだ。その数、見えるだけで九人。顔に傷があったり、やけに派手なスーツだったりするので、おそらくその道の人たちなのだろう。

「どうする、さすがに銃を連射されたらメリーでも避けられないだろ」

「そうね。あんな人数でばら撒かれると、避けるどこの問題じゃないわね。下手な鉄砲なんとやら、よ」

「数うちゃあたる……数。あの、わたし、行ってきます!」

 和花が立ち上がり、集団に向かっていった。和花に気が付いた集団は銃口を和花に向けて、殺意を放つ。激しい銃声が人数分続いた。しかし、和花は無傷。その意味を理解できない暴徒たちは弾薬を問答無用にぶっ放し、やたらめったら棒立ちの和花に弾丸を撃ち込む。

「味方にすると心強いわね。当たるそばから粉微塵だもの……」

 メリーが和花を見て、ポツリとつぶやいた。先日鋏を消されたメリーだけに、言葉には当事者ゆえの実感があった。紫色のオーラを全身にまとう和花は、まるで鬼火のようだ。着物には破壊の後一つ見えないため、繊細なコントロールで体をオーラの膜で包むようにおおい、銃弾を防御しているのだろう。紫炎にくべられた銃弾は飲み込まれ、役目を果たせずに消えていく。

 銃という楽器を使った暴力的な音楽会は、長くは続かなかった。弾薬は無限ではないようだ、ナイス仕様だ、海尋。地面には無数の薬莢がむなしく転がっている。殺意を解放する手段を失くした集団暴徒は装備を小刀に持ち替えていく。

 だが、それも無駄だ。銃弾という障壁がなくなった以上、

「淑女に刃を向けるなんて、ナンセンスだわ」

 メリーがそのまま隠れているわけもなく、集団暴徒は順繰りにメリーの魔法で打ち上げられた。地に落ちた強面の暴徒たちが体の自由を取り戻す前に、私は急ぎ、治療をする。

 その場にいたすべての暴徒たちを正気に戻すと、路地裏に立ち込めていた空気が軽くなった。ウイルスの干渉がこの場においてなくなったせいだろうか。自分の行為が物事を前進させているかもしれない。その予測は私の身体を軽くした。何人でも治してみせる。

 再びランダムに現れる暴徒たちをいなしながら進んでいくと、ひらけた大通りに出た。遠くの方に高層ビルが見え、商店街付近よりもかなり都会的になってきた。住宅だけではなく、コンビニも見かける。

 あたりに暴徒化した人影もない。ここで少し休憩することができそうだ。

 走りっぱなしは、かなりしんどい。戦い続けてきたメリーはもっと疲労が蓄積しているだろうし、和花も走るという行動に負担を覚えているだろう。こういう一度の休憩が生死をわけるかもしれない。私たちは立ち止まって息を整えることにした。

「工藤さん路地にいなかったな……」

「そうですね……」

 和花の声のトーンが落ちていた。

「きっと大丈夫よ、こんな広いとこに出れたのよ。きっとどこかに逃げているわ。そう信じましょう?」

 メリーが和花にそっと笑いかける。

「そうですね……信じます」

 暗い表情だった和花の顔が明るくなる。まるでメリーが和花のお姉ちゃんみたいだ。

「さて……治療を続けるにもここは人通りが少ないし、これからどこに行くかな……」

「紳士ってゲーム好き?」

 メリーが真剣な顔で聞いてくる。いきなりなんだろう。

「好きだけど……」

「ならわかるでしょうけど、探索系ゲームにおいて大事なのは、マップを入手することよ。このまま当てもなく闇雲に走り回るのは、体力的にも時間的にもロスが大きすぎるわ。方眼紙にメモをとれるような地形でもないし、どうかしら」

「そうだな、それが先決だった。焦って戦うより、所持品の充実を目指すのが合理的だな……ってかメリーって格ゲー以外もやるんだ、方眼紙とかさ」

 メリーは視線を下に向けて、

「……それなりに。和花さんは下駄で歩きにくくないのかしら、平気?」

「だいじょうぶです。走り方もメリーさんを見て理解できましたし。遅れはとりませんよ」

「そう、辛くなったら言ってちょうだい。私の肩、貸してあげるわ。……物欲しそうな目で見ても、助平紳士にはボディタッチさせないわよ」

 和花の手を握りながらメリーが私の顔を睨んできた。

「だから違うって、事故なんだよ、あれは!」

「言い訳は見苦しいわ、事故であれ、見たのなら事実よ。まー、紳士は若いんだし、お元気そうでなによりよ、まったく」

 見たのは事実なので(ほんの一瞬だが)何も言い返せなくなった私は、交番を探すと意気込み走り出したメリーに手を引かれる和花の後ろを走った。

和花が一回振り返って私に、「本当に気にしないでくださいね」と困ったように笑いながら言ってくれた。天使は実在した。私は和花の隣を走ることにした。

 人気のない通りを走りながら、ふと思いついたことを話しかけてみる。

「『I-dea(イデア)』ってさ、日常を体験するゲームってことでいいのかな。人間しか出てきてないし。そのへん海尋に聞いとけばよかった」

「そういえば、ムサシくんみたいな動物も見かけませんね」

「どうなのかしらね。銃火器が出てくるのよ、かなーり、きな臭いわ。無意味に銃を出現させるゲームはないと思うし……日常系なら凶器なんて作る必要ないでしょ」

「そうだな……あー、なんか嫌な予感がしてきたぜ。大体こういう発言をした後にろくでもないことが起こったりすんだよな……定石だと」

「定石なんて蹴っ飛ばしてあげるわ」

「わたしも、消し炭にしてあげます」

「むやみに頼もしいなキミら……」

 都会めいてきた風景が流れていく。地面がアスファルトの単純なものから、いつの間にかレンガばりでカラフルなものになっていた。銀行や弁当屋、クリーニング店が立ち並んでいる。普段ならば多くの人が歩いているのであろうはずの道も、すっかりゴーストタウン化していて、誰の声も聞こえない。

「お、あったぞ、交番」

 ゴーストタウンを駆けていると、真四角で小ぢんまりとした交番を見つけた。私の部屋と同じくらいの大きさである。私たちは町の地形を把握するためと、新たな情報を手に入れるため、交番に入った。が、平和の使者、ポリスマンは留守。

「ここも無人か。ここらへんには人間を配置してないのか?」

「駄眼鏡、茉子さんにだけ気合を入れて後はおざなりなんじゃないかしら」

 ハン、とメリーが私の横を通り抜け、交番を物色しながら笑った。

「でもでも、それだと工藤さんは普通に生活できませんよね。海尋さんが会っていない間も、この世界は動いているらしいですし……誰もいないお店なんて不便だと思います」

 交番の入り口に立っている和花が言った。

「……どっかで待ち構えてるか、隠れてるのかもな。さっきも仲間同士で助け合ってたし、かなりの数を治してきたからウイルス同士であいつらはヤバイ! って連絡してるとか」

 私はメリーの物色を手伝いながら、話をする。二人で床のダンボールを探ることにした。

「ねぇ、ウイルスまで人間のようにして話すのね、紳士って」

「んー。無機物を無機物と簡単に思えないんだよなぁ。だからメリー、守ってもらってる立場の俺が言うのもなんだけどさ……怪我、気をつけてな。人形でも怪我は痛いんだから」

「なによそれ……あなた、私が化け物みたいな人形だってわかったのに一ミリたりとも怖がったりとか、畏れたりしないのね、やっぱりズレてるわ」

「そりゃメリーは化け物じゃないからな。友達だしさ」

「……ともだち、ね」

 交番の床に置かれていたダンボールを調べていたメリーが、手を止める。ちいさい肩がプルプルと震え、金髪の尻尾もゆらゆらと揺れている。

「くふっふふ……ふはぁー、やっぱり変人なのね、紳士は。くふ、いい、意味でね」

 くすぐったそうな笑い声をあげたメリーは調査を再開した。

「いい意味の変人って……。うーん、地図ないなー……」

「そうね……機密っぽい書類くらいしかないわ」

「ちゃんと元に戻しとけよ、それ」

 私とメリーが探索に手間取っていると、和花がおずおずと交番の中に入ってきて、そのままグレーの戸棚を開けた。私は和花の後姿を見る。和花は棚からなにかを取り出すと、こくこくと確認するようにうなずいていた。

「お兄様、これじゃないですか?」

 そうして私の元に来た和花の手には、『庚町タウンマップ』と書かれた紙が握られていた。

「和花、お手柄!」

「えへへ、よかったです……あの」

「ん?」

 私は和花の黒い瞳を覗く。すると和花の目が水泳を始めた。ものすごい泳ぎっぷりである。目線がまったく合わない。

「あ、いいえ! やっぱりなんでもないです」

 両手を顔の前でふりふりと振って和花が微笑んだ。どうしてか頬が少し赤らんでいた。

 三人で交番の中央にある事務机の周りに集まる。といっても狭いのでテーブルにそれぞれ寄っただけなのだが。

 和花は丁寧な手つきで折りたたまれていたマップを机の上に広げる。開かれた姿を見てわかったのだが、マップは机の全面を覆うほどに大きなものだった。小さな町の地図ではないのかもしれない。なにか、変だ。

『転移マップ解禁を確認』

「えっ、はっ、ふぇっ?」

 和花が見知らぬ声に驚き、私を見て、メリーを見て、もう一度マップを見た。

 マップを開いたとたんにガイド音声が聞こえ始めたので、どうやらこのマップが喋っているらしい。未来的なアイテムだな。いかにもステルス迷彩に興奮していた海尋が好きそうなモノである。

『地区指定無入力を確認。お気に入り登録最上部の地区へ転移します』

「な、なにかわたし、とんでもないことをやってしまったような!」

 慌てふためく和花をよそに、ガイド付きマップはぼんやり青く光り始める。

「待て! お気に入り登録ってことは誰かが定期的に使ってるんだよな……質問良いか?」

 私は机上のマップに話しかける。するとマップは光を急速に失い、

『質問を承認。転移を一時停止します。どうぞ』

「サンキュー。キミの所有者は誰かな」

『質問を確認。ユーザー・misato・makoの二名が登録されています』

 みさと・まこ。マップは私の質問にそう答えた。みさとの方は誰だかわからないが。まこは、茉子、工藤さんではないだろうか。このマップを使うために、私たちが走ってきたルートを彼女が駆けたのかもしれない。私はもう一度、質問をする。

「最後の利用者、それと時間は?」

『質問を確認。ラストユーザーはmako。最終転移はおよそ二時間前です』

 私たち三人は目を合わせる。もう殆ど間違いないだろう。腕時計を確認すると、『I-dea(イデア)』に来てから二時間ほどが経過していた。工藤さんが追われているのを現実世界で見ていた時間と一致する。

 私たちはなにを言うでもなく、うなずく。頼もしい少女たちの目はぎらぎらとしていた。

「最後に転移した場所に連れて行ってくれ」

『依頼を承認。転移・学園地区・実行まで・三秒前』

 私が依頼するとマップが青く強い光を放ち、私は交番の中が深海になったかのような錯覚をおぼえた。私の視界は青一色に染まる。あまりにも眩しい光に、私は目をつぶらずにはいられなかった。





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