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ザエッダの弓手 〜 黒と空の物語 〜

誕生日は娼館で ─ 誕生日の祝われ方を間違えた少年の話

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/04/11

     

  ─気づけば、知らない輪の中にいる

 そんな夜ほど、妙に強く記憶に残るものだ

   これはたぶん、その最初の一夜─

   

 

 

 

「ジュード。お前、童貞だろ」


 えらく朗らかな声が、満席の店内に響き渡った。


 その質問だか確認だか分からない台詞は俺に向けられたもので、事実俺は童貞だ。


 だからって──。




 遡ること三時間前。俺たちはどデカい両開きの扉の前に立っていた。


「ここがザエッダ随一の規模を誇る冒険者の宿あーんどお食事の店、〈兎の尻尾亭〉だっ。ここの飯は超絶品な上に、部屋も超々豪華!!どうだジュードっ、凄いだろうっっ!」

「何でアンタがドヤってるのよ」


 ガイドよろしく紹介するのは頼れる前衛コンビ、重戦士アルフジールと神官戦士のマティルダ。本人たちは日々修行中だと言っていたがベテランの風格が漂う。


「……武器屋になんか寄るから。誰かこの武器オタク黙らせて、ってか、沈黙ミュートかけていい?」


 うんざり顔のイーヴォは俺より二つ上だと聞いた。

俺が加入するまでは最年少だったのが、後輩が出来て嬉しいのか部屋ではけっこう話しかけてくれる。

とは言っても、魔導学院をスキップして卒業したなんて話を聞いたら、馴れ馴れしくも出来ない。


「結局、何も買わなかったじゃねーか」

「必要にかられてからでいいんじゃない?使い慣れた武器が一番だよ」

「はっ、装備の質が生死を分けるんだぜ」


 盗賊シーフのデニスは道具に厳しい。

それを宥めるジーンは浮世離れした風情のエルフ。人間とは違う時間に生きている感じがする。

そんな相手に言い返せるデニスは、けっこう凄いと思う。


 俺は話に参加することなく、只々聞き手に回っていた。

ここ二日間行動を共にして改めて分かったことだが、彼らの実力は総じて高い。武器屋で小耳にはさんだ話では、ジーンは精霊弓を作れて、その上弓の腕もかなりのものらしい。


弓手アーチャーいるじゃないか、しかも優秀な)

(……俺、かなり場違いなんじゃ……)


「まぁまぁ、話は中に入ってからにしないか」


 やっと正気に戻ったアルフジールに追い立てられるようにして宿に入る。




「……うわぁ……」


 我知らず、感嘆の声が出る。

普通の飲食店なら八十席くらいあってもおかしくない程広くて、テーブル間の距離がずいぶんと離れている。

プレートメイルの巨漢がすれ違っても、鎧や剣がぶつからないためだろう。

高い天井は長柄武器でうっかり天井を突き破らない為の用心…だったっけ?


 何度も読み返した絵本の冒険者の宿そのものだ。冷静になれと言うほうが無理だった。


「今度は、ジュードがテンションおかしくなってる」


 鼻を膨らませて辺りを見回す俺をイーヴォがからかう。


「あれが依頼用の掲示板。仕事は協会じゃなくて、こういう宿や店で探すことが多いんだぜ」


 イーヴォがちょっと自慢げにレクチャーする。


「あとは、門番とか巡回の衛視、街の人と仲良くなっておく事も大切だな」

「そういうのはアルフが一番得意じゃない?」


 マティルダが軽くアルフジールを小突く。

 ……この二人めっちゃ仲良くないか?


「あ、俺、新しいお守り欲しい」

魔術師ソーサラーが迷信頼みとはね」

魔導士ウィザードだよ! いいだろ別に。まじないは魔導の守備範囲なの」

「信じる心は尊いものよ」


 マティルダが戦神アジーダのペンダントに触れて微笑む。


「見えない存在の力を信じることは大切だよ。精霊の恵みのあらんことを」


 うん、知ってた。エルフは神を信じない。


「あ、マスター、一番奥のテーブルに六人ね」


 空気を読まないアルフジールが、呑気にカウンター越しに主人に話しかける。

その隣でしばし逡巡してから、主人から何かを受け取るイーヴォ。


「今度は白にした」

「また、そんな汚れそうな色を」

「いちいち文句つけんなよ、デニス。燃やすぞ」


 物騒な台詞を吐きつつ、彼は店の奥に進んで行く。つられて近づいた俺はぎょっとして立ちすくんだ。


「……うさぎ……」


 そう、壁一面にびっしりと吊るされた兎の足。兎の脚なんぞ見慣れたはずの俺も、流石にその密度に絶句する。

いつの間にか隣に立っていたアルフジールが説明してくれる。


「ここで、兎の足(ラビットフット)を買って、無事に帰ってこれたら、壁にぶら下げるんだ」


 言われてみると足にチェーンをつけただけのお守りの中にちらほらとプレート付きの物が見える。


[Still alive!]

[I win!]


 そんな言葉が書きなぐってある。

俺は無意識に腰に下げたチャームに手を伸ばした。生まれて初めて自力で獲った兎の足を使って、母が丁寧に作ってくれた細工物だ。


「ジュードのそれ、随分凝った作りね。高かったでしょ」

「これは、母が作ってくれた物で」

「あらあら、そんな大切な物ならこんなところにぶら下げる訳にはいかないわねぇ」

「こんな所とは何だ。聞こえてるぞ、マティルダ嬢」

「あらマスター、私がどれだけこの店の売上に貢献してるか分かって言ってる?」


「(マティルダは大喰らいの上に酒豪なんだ)」


 アルフジールが囁く。


「聞こえてるわよ!」

「僕、お腹空いちゃった、先に座ってるね」


 もちろん、全員があとを追った。

俺は最後尾を歩きながら、何だか嬉しくなっていた。




「とりあえずエール、六人分で」


 待て、このテーブルちょっと、いやめっちゃ広くないか。一分隊が余裕で座れそうな食卓に椅子が十二脚。


「では! ”神々の黄昏” の前途とジュードの加入を祝し」

「前から思ってたんだけど、そのパーティ名なんとかならない?」

「小っ恥ずかしくて口に出せねぇよ」

「エールがぬるくなっちゃう」

「お前ら、ちょっと黙れ。えー、」


 アルフジールは咳払いをして、改めてジョッキを掲げる。


「ジュードの加入と二十日遅れの誕生日を祝して乾杯っ」

「「「「かんぱーい!!」」」」

「……俺の誕生日、何で知って……?」

「昨日の夜、お前の登録証プレート見ちゃったから」


 確かに夕べ、


「年少二人組、風呂行ってこーい」


 って言われて、イーヴォと湯浴みしたけど。


「あの暗号読めるのっ!?」

「古代魔法語は必修科目」

「ちなみに、精霊語に文字は無いよ」

「給仕のお兄さーん、頼んどいたワクワクどきどきバースディパックスペシャルデラックスエディションと、宴会セット十二人前ね」


 え、わくわくドキドキ……、何??

動揺しながらも、俺は先輩たちの優しさを噛み締めていた。

ワクワクどきどき、してるかもしれない。




──眼前に山がそびえ立っている──。


 いや山脈か。向かいに座ってるマティルダの顔が上半分しか見えない。

その隣で鎧戸から漏れる灯りを眺めながら、呑気に空皿を足すアルフジール。


「いい月夜だねぇ。どうよ、俺の絶妙なバランス感覚」

「俺なら、あと二十枚は積める。積まないけどな」


 デニスが興味なさげに、ちびちびと食後酒グラッパを舐めた。

隣席に突っ伏していたイーヴォが、やおら起き上がると、


「……寝る……」


 そう言うとふらふらと立ち上がって、二階に上がって行く。おぼつかない足元を見送るアルフジールの目が優しい。


「なぁジュード。イーヴォさ、ひとりだけ年が離れてるだろ。だからお前が入ってくれてすごく喜んでるんだ。仲良くしてやってくれな」


 そんな表情で優しいことを言われると、なんだか照れくさくなる。


「お客様。あと十分で、ラストオーダーですが」

「おっと、そうだったな。危ない、忘れるところだった」


 アルフジールは、急に張り切りだした。


「なあ、ジュード」

「はい、アルフジールさん」

「俺のことは、アルフでいいって言ってるだろう」

「はい、アルフさん」

「ジュード。お前、童貞だろ」


 あれだけザワついていたはずの店内が、アルフジールがその台詞を発した瞬間《《だけ》》、静まり返った。


「……こういうの確か、“逢う魔が時” って言うんでしたよね」

「んー、この場合、”精霊が通った” かな。妖精でもいいけど」


 俺の恨めしげな抗議の台詞は、さらりと訂正された。


「今の超絶妙タイミング。もしかして狙ったの?」


 俺の心の声を半分くらい代弁したマティルダが、積み上げた皿の下から無造作にメニューを引き抜く。皿の山はピクリとも動かなかった。


「そんな訳あるか。てか、お前、まだ食うのかよ」


 アルフの言う通り、この最悪なタイミングは謀ったんじゃない。たまたまだ。だけどさ、あんな偶然フツーないだろ。


「食べるわよ。前衛はお腹空くの。アルフもデニスも近接職なんだから、分かるでしょ。給仕呼ぶより、こっちから行った方が早いわね」


 マティルダは、左右の男二人を軽く小突いて椅子の背を跨ぐと、何故かカウンターを素通りして、店の外に出ていった。


「肉食獣はせっかちだよな。言ってくれれば、退くのに」


デニスがそう言って、こっちを見た。何だろう、俺に感想とか同意求められても、困るんだけど。


「いや、デニス」


 アルフが口を開いた。


「椅子を跨ぐなんて、はしたない真似をせずに、デニスを跨ぐのが最善だった。最短距離だしな」


 え……。どっちもはしたない上に、デニスに失礼じゃないの? どういう理屈?

冗談なのか本気なのか、全く分からない。


 言われたデニスは、かったるそうな声で、空のグラスを振りつつ、わらった。


「アルフさぁ、察し悪いよな。胃袋を満たしたマティルダは、今から、別のモノを満たしに行くんだぜ。好みの獲物を、跨いで羽交い絞めにして喰っちゃおうーってワクワクしてるときに、俺なんか跨ぐ訳ないだろ」

「だからって抜け駆けする必要があるのか。好みが被る訳でもないのに。で、ジュード」

「ハイ」

「お前、童貞だろ」


 だから。そうハキハキ言わないでくれるかな。


「娼館、連れて行ってやる。心配すんな、成人祝いだ」

「ちょっと待って下さい、誕生日=歪んだ通過儀礼の日って式、おかしくないですか?」

「歪んでない歪んでない、まっすぐに届け、俺の善意」

「そうそう、僕たちからの細やかなプレゼントだよ」


 左右が先輩二人によってガッチリ固められる。

強制連行かっ。

にっこりと微笑むジーンには、全く隙がない。唯一の味方だと思ってたのに。

デニスもぶつぶつ言いながらも、ちゃんとついて来る。

……イーヴォ、もしかして分かってて逃げたのか。


「それにしても、戦神アジーダ、恐いよなぁ」

「アジーダ関係関係ないと思うぜ。マティルダだろ、おっかないのは」

「二人とも彼女を畏怖の対象としてしか見てないよね。太古の昔から女性は畏敬の念を抱くに値する存在だよ。ね、ジュード」


(いや、先輩たち、みんな怖いから!)




(……俺、なんでこんなぶっ飛んだパーティに入っちゃったんだろ…)


 だけど、不思議と後悔の念は浮かばなかった。

 娼館への道すがら、俺は丸い月を見上げる。


 この月を見るたび、きっと今日を思い出す。

 

 

 

 

 

  

 ── End ──

 

 

   

【次回予告】

 

 仲間に連れられ、ジュードは娼館〈虹色の夢〉を訪れる。

店に満ちるのは、噂めいた名と、食い違う証言の数々。


 導かれるように訪れた部屋で、不思議な女と向き合い、穏やかな時間は、やがて境界の曖昧な感覚へと変わっていく。

  

  

 ※次回は、『ザエッダの弓手 03:空色の石』の予定です。

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