灯りと桜
陽が傾き、空の色が淡い茜から群青へと変わっていく頃、柚瑠の庭はほのかな灯りに包まれていた。行灯のような間接照明がところどころに置かれ、夜の桜をやさしく照らしている。
その下で、因幡はすっかり酔いが回った様子で、黒川にもたれかかっていた。
「……ん、黒川……安心する……」
ほのかに赤く染まった頬で、因幡がぽつりと呟く。
「……っ、あのな。人前で、そんな……」
黒川は眉をひそめながらも、因幡の肩に自分の上着をかけてやった。
「もう先生、明らかに飲みすぎです。自分の限界くらいわかっててください」
そう言いながら、黒川の手は因幡の背をやさしく支えている。言葉はぶっきらぼうでも、その仕草は丁寧だった。
「うん、でも……今日は、こうして黒川と桜が見れたから、いいかなって」
因幡が微笑む。いつもの冷静な眼差しに、少しだけ幼さが混じっていた。
「……まったく、調子狂うっつーの」
黒川は顔を逸らしながら、小さくため息をつく。そしてふと、因幡の髪に花びらがひとひら落ちているのに気づき、そっと指先で払ってやる。
「……桜、似合ってました」
「ふふ、ありがとう。君にそう言われると、悪くない気がするな」
そう言って因幡がいたずらっぽく笑うから、黒川は顔を赤くしながらも、なぜか嬉しさを隠しきれなかった。
少し離れた場所では、律と柚瑠が並んで夜桜を見上げていた。
「……柚瑠さん、因幡先生と黒川くん、仲良しですね」
「そうだな。あの因幡があそこまで心を許してるのは、黒川くらいじゃないか?」
「え、そうなんですか……?」
「僕も……律にも、似たような顔見せることあるけどな。嬉しい時とか」
柚瑠がさらっと言って、律が目を見開いた。
「え……そ、それって……」
「ふふ、照れてる律もかわいいな」
「も、もう……柚瑠さん、そういうことさらっと言わないでください……!」
律が顔を真っ赤にして俯く姿を、柚瑠は静かに、楽しそうに見守っていた。
一方、因幡は黒川の膝に頭を預けながら、薄く目を閉じていた。
「黒川」
「……はい?」
「来年も、こうして桜が見られるといいな」
「……はい。つーか、来年だけじゃなくて、毎年来ましょうよ。ちゃんと先生が酒控えたうえで」
「ふふ、じゃあその時は、黒川に酔ってみようかな」
「……先生、ほんとそういうのやめろって……」
黒川の心臓の音が、また少しだけ速くなる。
けれどその隣では、因幡が安心したように静かに息を吐いていた。
夜桜の下、誰もがそれぞれの静かな幸せに包まれていた。




