桜の振る庭
春のやわらかな風が、満開の桜をふわりと揺らす。淡い花びらが静かに舞い落ちる中、柚瑠の広々とした屋敷の庭には、ピクニックシートと小さなテーブルが置かれていた。
「わあ……やっぱり柚瑠さんちのお庭、すごく素敵です……!」
律が感嘆の声をあげて、目を輝かせていた。色とりどりの弁当箱を両手いっぱいに抱えて、楽しそうにテーブルへ並べていく。
「律、これ全部お前が作ったのかよ。……張り切りすぎだっての」
黒川は半ば呆れたように言いながらも、手にはきちんと日本酒と梅酒の瓶、それに缶ビールを持っていた。
「ふふ、花より団子って言うけど、今回は団子より酒、かもしれないな」
因幡が手を後ろに組んで穏やかに笑うと、その隣では柚瑠が既に杯を手にしていた。
「せっかくだし、始める前に勝負でもどうだ? 一気飲み、僕と因幡で」
「……酔ったら後悔するのは柚瑠のほうだぞ」
「それはどうかな?」
さっそく始まる、妙な大人の対決。横で律が苦笑して手を合わせた。
「お花見って、そういう行事でしたっけ……?」
「だから言っただろ。張り切るだけ無駄だって」
黒川が溜息交じりに言いつつも、どこか楽しそうに肩をすくめる。律は柚瑠の横に座って、少し照れながらも徳利を傾けた。
「柚瑠さん、飲みすぎないでくださいね……あっ、でも、まだ少し入りますね」
「お、ありがとう律。横で注いでくれるなんて、嬉しいな」
律の頬がぽっと赤く染まる。それを見て、因幡がにやりと笑った。
「黒川も、注いでくれたりするのかい?」
「は? しねえよ。……っていうか、先生は律くん見習ってもっと自重してください」
顔を逸らしつつ、黒川はそっと弁当の一つを開いた。「……あ、これうまい。鮭のやつ」
「ほんとですか? よかった……!」
「でさ、そういえば」
柚瑠が酒をくいっとあおってから、わざとらしく口角を上げる。
「因幡と、ついに同棲始めたんだろ? 黒川、夜中に幽霊じゃなくて先生が横にいるって、どんな気分だ?」
「は、なんでそういう話に……っ、くだらないからやめてください……!」
黒川は耳まで赤くなりながら、おにぎりを無言で口に放り込んだ。因幡はというと、まったく動じる様子もない。
「別に、黒川が一緒にいるだけで、悪霊よりよほど心が落ち着くよ。……時々、可愛すぎて困るけど」
「せ、先生っ!?」
おにぎりを喉につまらせかけて、黒川が咳き込んだ。律と柚瑠も、思わず顔を見合わせて笑いをこらえる。
「ふふ。こうしてると、黒川の素直なとこがよく見えていいな」
因幡はさらっと、黒川の手に自分の指を絡ませてきた。
「……もう、ほんと……! 先生、ここでそういうのやめろっての……律くんとか、見てんだぞ……」
顔を覆いたくなるほどの羞恥に耐えながら、それでも黒川は因幡の手を振り払わなかった。
柔らかな陽光、舞い落ちる桜の花びら。その中心で、少しずつほどけていく4人の距離。
それは、春の訪れとともに芽吹いた、小さくも温かな絆だった。




