二月十四日の下ごしらえ
「あの、黒川くん。今日、ちょっと付き合ってくれませんか?」
律がそう連絡をしてきたのは、柚瑠が霊媒師学会で家を空けた日のことだった。
理由を聞けば、「バレンタイン用のチョコケーキを作りたい」と、思いのほか真剣な顔。
「柚瑠さんに渡したいんです。でも俺、ケーキ作るの初めてで……。黒川くん、よければ手伝ってくれると助かります」
突然のお願いに戸惑いつつも、黒川は内心ほっとしていた。
実は彼も、因幡に手作りのケーキを渡したいと考えていたのだ。だが、どう作ればいいのかわからず、
買って済ませるか…と思っていた矢先だった。
「……いいよ。俺もちょうど、因幡先生に渡したくて」
互いの“想い人”のため、ちょっと不器用な男子ふたりは、
連れ立って近所のスーパーへと向かった。
買い出し中、黒川が生クリームの種類で悩んでいると、
律がさらりと「こっちのほうが滑らかに仕上がるみたいですよ」とアドバイス。
チョコのカカオ率に悩む律には、黒川が「ビターとスイート混ぜてみたら?」と提案。
ふたりして、バレンタインの真剣さがズレた方向に出て、
「苺も乗せたほうが見栄えいいですかね?」
「いや、粉糖ふったほうがそれっぽくね?」
などと、まるでケーキ職人のようなノリに。
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夕方、ふたりは食材を抱えて柚瑠宅へ戻り、キッチンへ。
高守家の広くて清潔なキッチンが、なんだか特別な“戦場”に思えてくる。
エプロン姿の律が、チョコを刻む横で、黒川はボウルの中で卵を泡立てる。
なぜかふたりとも、やけに真剣。
「……ケーキ作るのって、体力使うな」
「普段、霊相手にしてる方が楽って思うの、ちょっと悔しいですよね」
途中、泡立てすぎてメレンゲが分離しかけたり、
型に入れる前にオーブンの余熱を忘れたりと、ハプニング続出。
それでも、ケーキの甘い香りが部屋に広がる頃には、ふたりの表情もやわらかくなっていた。
焼き上がったケーキを冷ましながら、
律がぽつりと呟く。
「……なんか、こういうのいいですね。誰かのために何か作るって、久しぶりで」
「うん、わかる。うまくいけばいいけどな、俺の分も」
見つめ合って照れるような空気ではない。
けれどどこか、不器用ながらも優しさに包まれた夜だった。
完成したチョコケーキは、それぞれラッピングされて冷蔵庫へ。
明日、渡す瞬間を思い浮かべながら──ふたりは静かに片付けを始めた。




